勇者エクレはなぜ眠る。
___幸せ、だから、こう、なってるんだ。
それは、一体どういうことなのですか?エクレ。
「エクレっ!エクレっ、返事をしてください!」
声をかければ、エクレはこちらを見る。
けれど、その瞳は蕩けていて、まるでこちらの声を理解しているように見えない。
にこり、エクレが笑う。
それは、旅の途中一切見ることのなかった、優しい顔で。安らいだ顔で。
幸せなのですか?今が。本当に?
「どうして、あんなことを……」
アーカードさんが強く拳を握りしめています。
許せないのです。
エクレの「殺していい」という発言が。
そのような発言をさせてしまうほど、信じられていない。いや、頼られていない自分のことが。
私も同じです。
ようやく、あの子と本当の仲間になれたと思ったのに。
ようやく……。
エクレとは、あと少しでやっと3年の付き合いになります。
しかしながら、ササン、イネス、セレウコス、そして、今は療養中のシンリアとは、それぞれ少なくとも5年を超えた付き合いが続いています。
勇者と共に旅に出る聖女、賢者、魔術師、戦士候補として共に力を磨いてきたのです。
既に関係が出来上がっている中に、一人参加する勇者。
そんな存在だったエクレはパーティに全く、馴染みませんでした。
メンバーには唐突に酷い言葉を投げかけ、作戦行動を無視して、魔物討伐の最後の一撃を横取りし、かと思えば、強大な異生物と対峙したときに、いきなり姿を消す。
「僕が手を出すまでもない相手だろう?僕は疲れていたんだよっ!」
怖かった。彼女と旅を続けることがどうしようもなく不安で、でも、勇者として間違いなく強者であったエクレの力は、魔王討伐に絶対必要で。
酷い人だと、思っていたんです。
その印象が変わったのは、魔王討伐の戦いの最中のことでした。
「まてっ!」
あのとき、魔王が禍々しい液体を出して、姿を変えた瞬間、エクレはその魔王の体につっこんでいきました。
ササンが、叫びました。しかし、エクレは止まらず、私たちはそれをただ、見ていることしかできませんでした。
「あなたに勇者の紋章をあげよう!」
エクレはそう言いました。
そして、禍々しい液体にエクレはその体のほとんどを浸からせて、聖剣で自らの心臓を貫いたのです。
私は思わず悲鳴を上げました。
なんで、どうして、自ら命を絶つなんて!!
呆然としていたそのとき、液体から光が溢れ出し、そして、魔王の体が2つに分かたれたのです。
分かれ、現れた魔王の一部。いや、後に話を伺ったところ、どうやらそれは、魔王の本質の部分だったようなのですが。
分かたれて、形をなしたその人間はその身に金と青の色彩を持ち、そして、エクレの、勇者の紋章を受け継いでいました。
そうやって現れた彼__アーカードさんと私たちは協力して魔王を倒して……
「まず、エクレを城に連れ戻しましょう。私とセレウコスは龍の処理を手伝わなくてはいけないし、ササンは兵に指示を出さなきゃいけない。
パール、アーカード。頼んでいいかしら?」
「ええ、わかりました。」
アーカードさんと、イネスの指示に頷く。
「……エクレ。行きますよ。」
私は子供とするようにエクレと手を繋いで、共に転移をしました。
手を握ったまま、エクレの部屋へ向かって、王宮の廊下を歩きながら考える。
エクレ。エクレはまだ__
6歳にも、なっていなかったんですね。
旅立ちの時なんて、1、2歳で。
魔王を倒した後、エクレをアーカードさんが蘇生させているとき、全てを聞きました。
エクレは勇者の紋章を奪い取った魔王が、アーカードさんが、その力を利用するために作った人造人間。
旅の途中で私たちが訪れた遺跡にいた、人造人間たちと、同じだったんですね。
「お前たちには不相応」?
ええ、その通りです。あなたの仲間である人造人間を殺して、勇者の紋章を手に入れた私たちを、あなたは、よく、思えなくて、当然です。
たくさんの酷い言葉も、作戦行動ができないのも、嫌な見た目の異生物から逃げるのも、あなたは、まだ、幼すぎたのだから仕方がないのです。
こてり、
ふと気づくとエクレの頭がかくり、かくりと揺れていました。
「眠そうだな。私が抱き上げて運んでもいいかい?」
「ええ、お願いします。」
アーカードさんはとても柔らかくエクレに触れて、しっかりと抱き抱えました。
エクレを見る顔はとても優しく、正しく、親の顔でした。
エクレは、知っていたのですね。魔王の本質を。魔に飲まれているだけで、本当は心の優しい人だと。
だから、助けたかったのですね。
だから、自分の命を投げ出して、勇者の紋章を彼に与えて、魔を打ち破る手伝いをしたのですね。
エクレが魔王討伐後に、アーカードさんの必死にの治療によって蘇生され、そして、
意識を取り戻したとき。
アーカードさんは泣いて、これから父親として君を守り、育てると誓って、そしてエクレは、
変わり始めた。
育ち始めた。
我儘が減り、人を罵ることがなくなり、災害への対処も上手に行えるようになって。
過去のことを謝ってくれたりもしました。
それでもいまだに、私たちパーティの4人とは、過去の行いの気まずさか、上手く話せないようだったけれど、でも、王宮の人たちとはよく、話せるようになって、周りからも慕われ始めて、そして、
いつか、私たちにも、笑って話しかけてくれるようになったらって、思っていたのです。
「エクレが意識を失った!」
あの日、ササンがすっかり力の抜けたエクレを抱えて連れて帰ってくるまで。
「ひとまず私は回復魔法をかけます!どなたか、アーカードさんを!」
「俺が行く!アーカードは、今日も実験室か!?」
「一体、何があったのよ!」
「すまない、分からない!大猪討伐後、急に倒れたんだ!」
「んぅ……」
「っ!エクレ!!」
「大丈夫ですか!エクレ!」
騒がしい部屋の中、エクレの呻き声を聞いて、皆が一斉に声をかけました。
エクレは、声のするほうを向いて、ただ、
にこり、とだけ笑いました。
そして、そのあと、どんなに声をかけても、エクレはまともにこちらに反応を示さなくなってしまったのです。
何日も、何ヶ月も、
__それが、今日は違っていた。
龍災の対処が終わった3人とアーカードさんと、5人で今日のことを話し合う。
「自分の足でたって、外に出て、龍災に対処していました。」
「だが、それが良かったとも、言い難いな。」
「この子、戦闘のときだけ起きるのかしら?」
「そりゃあ、ちょっと、良くねぇんじゃねえか。」
「ああ、そうだな……。」
ササンが頷き、そして、チラリと私と、アーカードさんの方を見ました。
「……パールとアーカードは、聞いていたと思うが、エクレの言葉に少し、気になるところがあった。」
ええ、私もそうです。
エクレは意識を失いながら言った言葉__
「「……幸せ、だから」」
「ああ、そこだ。」
「ちょっと、どういうこと?」
「エクレが、そういったのか?」
イネスとセレウコスは怪訝な顔をして問い返しました。
「意識を失う前にな。
謝りながら、幸せだからこうなっているのだと、言ったんだ。」
2人は顔を見合せています。
「はぁ?意識を失う原因は、幸せェ?」
そんなの、なにかの、呪いか?と言うセレウコス。
「随分、自罰的な考えじゃない。」
イネスは眉を寄せています。
「私の見る限りだと、呪いには、かかっていないのですが……。アーカードさんはどう思われますか?」
「…………。」
「アーカードさん?」
「っああ、すまない。
私も、呪いではないと思うよ。」
アーカードさんが何度か頷きながらそう言いました。
「だが、うん、そうだな……」
「なにか、言いたいことがあるならはっきりいった方がいいわよ。」
イネスがピシャリと指摘します。
「なにか、気になることがあるのか?」
ササンの問いかけに、アーカードさんは目を閉じて、
「ああ、もし、できるなら……
コトパリケの遺跡を。エクレが生まれた場所を訪れられたら、なにか分かるのではと思って。」
そう、静かに答えました。
コトパリケの遺跡。数多くの人造人間と戦った場所。私たち4人が、勇者の紋章を得た場所。
いまは、危険なため、また、誰かが勇者の紋章を私的な目的のために、手に入れることを防ぐため、国によって封鎖され、何人も立ち入りを禁じられている遺跡。
「父上に__国王に。
お伺いを立ててこよう。王子の権力とはこういうときに使うものだ。」
「……ありがとう。賢者殿」
アーカードにむかって頷いて見せたあと、
ササンはすっくと立ち上がり、王の執務室に向かって、歩き出しました。




