私の神様
マップメーカー、道を切り開く者、ギルドの憲章にはそう書いてある。
道なきところに道をつくる、誰も踏んだことのない場所に足跡を刻み、自然と人を敬い、神と自然を正しく恐れ正しく崇める。
ダンテはそうだった、その背中を追って私もそうありたいと願い、その轍をたどってきた。
愛せる相手がいて愛する気持ちがある、魔人にだって愛はある、愛は神様の専売特許じゃない。
「この世界に神がいると思うか? ビビ」
―― ダンテの横顔が好き、綺麗だ、なんて美しいのだろう。
「ビビ、聞いているか?」
「あっ、ごめん、神様がどうかしたの」
―― 見とれていた、言葉が入ってこない。
「神様だよ、聖教会に聖女が降臨したんだってよ、本物かね?」
「聖女? 私は魔女だって聞いたよ」
「魔女が聖女になったんだよ」
―― なにものにも臆さない太陽のような視線が私を見る、眩しくて俯いてしまう。
「聖女様は何をするの?」
「それがな、魔術を使って人を助けるから聖女なんだと、それなら魔人の力で人を助けたなら俺たちも聖人と呼ばれるかな、どうだ、おもしろいだろ!」
「なにそれ、魔術を使うなら魔女のままじゃない、聖女なら魔術じゃなくて……なにか神様の術を使うんじゃないの」
―― 私の神様はダンテ、あなただよ。
「どうでもいいよ、どうせ私には関係ないし」
「わからんぞ、人生の道はどこで誰と交錯するのか誰も知らない、いいかビビ、俺たちは半魔人かもしれん、でも半分は人間だ、人を怨むな、憎むな、人を避けるなよ、関われ、傷つけられても悲しみを優しさに育てて生きるんだ」
「惨めで悔しいのが優しいことに変わるわけないよ、きっといつか爆発しちゃう、弾けて死ぬの」
「ビビは死なないさ、マップメーカーを目指すなら自分の命を軽くするな、自分が死ねば客も死ぬ、背負う命はひとつじゃない」
―― なれなくてもいいんだよ、背中を見ていたいだけだから。
「わかった、がんばる」
―― 口先だけ、本気でマップメーカーになれるなんて思ってはいないよ。
「よし、それじゃ、可愛い妹に兄貴からプレゼントだ」
金色の小瓶が目の前にあった。
「わぁ、凄く綺麗! なに、香水?」
―― ダンテからのプレゼント、これを受け取ったらもう引き返せない、でもやっぱり嬉しい。
「綺麗だろ、ビビの眼の色とそっくりだ、初めて見たときから思っていた、これはエリクサー、幻の神薬だ」
「えっ!? エリクサー、本物なの?」
「たぶんな!」
―― 子供もみたいに笑う、どうしたらそんなふうに笑えるの。
「うちの爺さんが持っていたものらしい、病気でも怪我でも何でも治せる奇跡の薬だ、記念にやるよ」
「そんな大事なもの貰えないよ、ダンテが持っていたほうがいい、アマレットや誰か他の人のために使って」
「いいんだ、それはビビのものだ、エリクサーには型があるんだそうだ、これは魔人用、毒にはならないが人間が飲んでも効果は半分らしい、箱にそう書いてあった」
「でも……」
「まあ、お守りだよ、それを使う状況にならないことが大事なんだ、勇気と無茶は違う、メスナー師匠は温厚だが厳しいぞ、くじけるなよ」
―― 弟子をとらないメスナー師匠に私の面倒を頼んでくれたのもダンテだ、私が無様を晒せばダンテに恥をかかせる、そのことの方が怖い。
「だからな、もう起きろよ、アマレットとディーノを頼む、ビビ、俺のかわりに……」
「!!」
「はっ! 夢? 私、寝ていた……」
魔素を使った無茶な全力疾走のツケだ、疲労と緊張で身体が労使交渉なしにストライキを起こしていた。
窓の外は……まだ木枯らしが吹いている、神様は風邪をこじらせたかも。
「ビビ姉さん……」
最初に目覚めたのはディーノだ、症状は軽い、エリクサーの効果に間違いない。
それでも、もしもの不安が鉄砲水のようにあふれ出す。
「ディーノ! 気が付いた!? どこかおかしい所はないか? 手足は動くか? 目は見えるか? 腹はいたくないか? 頭痛はないか? 耳は聞こえるか? 口は、鼻は……」
「姉さん、どうしたんだ? なんともないと……思うけど」
むくりとベッドから起き上がる。
「ああっ、神様!」
思わず抱きしめる、ディーノが無事だ。
「僕はどうして……確か庭仕事をしていて、それから……」
「竜脈爆発があった、魔素の雨がふったんだ、ディーノは急性魔素中毒で意識を失って倒れたんだよ、それに気づいた母さんが引きずって家の中まで運んでくれたんだ」
「母さんが……母さん!」
アマレットは意識を戻していない、ベッドから飛び降りて母親の元へ駆けよる。
顔色は良くなってきていた、魔人用のエリクサーでも効果は十分にあった。
「大丈夫だよ、私がきた時アマレットは瀕死の状態だったけれど、今は快方にむかっていると思う、ダンテの、お前の父さんから預かっていた薬をつかったんだ、神薬エリクサーをね」
「エリクサー!? 親父がもっていたの?」
「ああ、バーデミリオン家代々のものだと言っていた、ダンテが助けてくれた、やっぱりお前の父さんは大した男だ」
「始めて聞いた、うちにエリクサーがあったなんて……」
「まだ瓶に三分の一残っている、アマレットが目を覚ましたら飲ませてやっておくれ」
「どこかにいくの?」
ディーノの声は不安そうだ、大人びたとはいえまだ十二歳、できるなら一緒にいてやりたい。
「もう一度ギルドに行かなくちゃ、街は昏倒した人であふれていた、きっと聖女記念病院はえらいことになっていると思う」
「竜脈爆発なんてなぜ? 何十年も起きていないと聞いていたのに」
「分からない、ギルドに領主様からの情報があるだろう、よく聞いてくるよ」
「姉さんに危険はないの?」
「私は半魔人だからね、魔素は毒にはならない、ディーノが先に目覚めてくれてよかった、アマレットが目覚める前にいくよ、私がきた事は黙っておいて、気にするかもしれないから」
「そんなことできないよ、ちゃんと母さんにも話しておかないとだめだよ」
「いいんだ、アマレットの負担になることはしたくない、いいかい、エリクサーはディーノがダンテから預かっていた、先に気が付いたから二階に運んで飲ませた、そういうことにしておくれ」
「いやだ、嘘はつけないよ」
「ごめんね、今回だけは……」
深く頭を下げた、ディーノがまた泣きそうな顔をしている。
「わかった……」
「かりがふたつになったね、その分奢るから許して、じゃあ、いくね」
「その代わり約束して、何があっても無茶しないと、約束だよ!」
「わかった、約束する」
―― 街の被害状況をみれば約束は守れそうにない、きっと薬が枯渇する、取りに行く手段は限られる。
今日ディーノの視線に見送られるのは二回目だ、いい日だと思うのは不謹慎だろう、私が死んだら泣いてくれる、祈ってくれる、こう思うたびに(ふざけるな)とダンテの声が聞こえる。
自分の命は軽くて誰かの命は重いと考えるのはエゴだ、目の前で死なれるのが嫌なだけ、見たくないだけだ、結局自分のためでしかない、ダンテなら誰かにそんな思いをさせるなと言うだろう。
自分の死を誰かにみせない、誰かを助け、誰かを看取り、自分の事は最後だ。
「それがマップメーカーなんだぜ」
ダンテの声が聞こえる。
―― 私は貴方ほど優秀じゃない……けど頑張るよ。
走ろう! 冷えた身体を温めて向かい風に負けないように、金眼は夜にこそ開く、星が近い。
この目があれば、ダンテ、どこにいても必ず見つける。
―― 私はダンテ・フォン・バーデミリオンを探している。




