シェルパ・ギルド
この街のメインストリートは数百メートル、その端にシェルパ・ギルドがある。
ギルドに所属するマップ・メーカーは客の要望に応えて旅程計画、馬車の調達、随行する場合は荷運びに護衛、天候予想、通過する街の情報や行政の手続き、多岐にわたる仕事を請け負う。
経験と知識、そして時には野党やマフィアを相手に剣を抜く腕が必要となる、いわば武装したツアー・コンダクター、ここまでがギルドでランクされた最下級のC級から上級のA級までの仕事になる。
A級の上位、未踏破の道を開拓するのがS級、今シェルパ・ギルドのリストにあるS級はダンテと私の師匠であるメスナーの二人だけだ、けれどダンテは行方不明、メスナー師匠は引退している、実質S級はいない。
樹海の道には多数の魔獣と魔素溜まりが存在する。
魔獣も危険だが、より恐ろしいのは魔素だ、この世界の八割の人には耐性がない、微量であっても長時間晒されれば魔素中毒を起こす、高濃度な魔素を吸えば即死もありえるのだ、色も匂いもない魔素を検知することは通常の人間には難しい。
だが魔人の血をひく者の中には魔素を酸素と同じように利用できる者がいる、私もそうだ、魔素の多い場所では体力が向上するのが分かる、理由は知らない。
その半魔人の中でも魔素を見ることができるのは知る限り私だけ、このことは秘密にしている、知られれば便利に使い潰されるか、反魔人・人間優性主義を唱えるキリオス正教に殺されるか、いずれにしろ不幸な将来しかみえない。
ギルドの前には配車された馬車が並んで客の乗車を待っている。
本格的な冬を前に、ラライ山脈の樹海を行くのは今シーズン最後になるだろう。
マップ・メーカーに女性は少ない、そのせいか金眼の私でも、それなりに需要はある。
女性の依頼者はごつくて、むさい男性のマップメメーカーを嫌う、不吉な金眼でも男よりはマシだと思う人は多い。
開け放たれているギルドの扉を潜る、左は依頼者用のカウンター、右に仕事を待つマップ・メーカーがたむろしてガヤガヤとやかましい、その喧騒が私をみつけるとシンと静まり返る
ギロリと睨みつけてくる視線を無視して真っすぐカウンターに向かう、始めたころはこの視線だけで泣きそうだった、五年が過ぎた今、このくらいで心が揺れることはなくなってしまった。
「やあ、ソフィア」
「ハイ、ビビ、お久しぶりですね、元気にしていましたか?」
落ち着いた貫禄あるベテランの受付嬢ソフィア・ローレン、特別優しい訳ではないが私を差別しない数少ないひとり。
「まあね、ホドホドだよ、フィッシュレイク近辺の情報を一式貰えるかな、もちろん客はとっていない、私的な旅行用にほしいんだ」
規定の料金をトレイに乗せる。
ギルドを通さずに客をとるのはご法度だ、バレたなら即刻除名される、除名されてしまえば、各地にあるギルド支部の情報も買えなくなる、いくら美味い話があっても手を出してはいけない。
「今年もいくの? フィッシュレイクだと聖樹アスペンね、もう何回目かしら?」
「四回目、フィッシュレイクの聖樹はアスペンのパンド(大群生)全部を指すからね、まだ探していない所は多いの」
「あきらめられないのね、ダンテのこと」
少し溜息、呆れているのを伏せた目と抑揚のない声に感じた。
―― もちろん、あきらめない、遺体を探しに行くわけじゃない、どこにいるのか、なにがあったのか、そのヒントを探しに行く。
―― ダンテは必ず生きている。
ソフィアが出してくれた地図と紙の束を黙って受け取り、踵をかえそうとしたとき。
「ヴァレンティーナ・バンドール! まだ無駄な事をしているなんてバカな女ですわね」
少し掠れたハスキーボイス、嫌な奴がいた、暗い茶色のダークブロンド、エキゾチックな女性マップ・メーカー、私より一回り大きい美人だ。
青いラピスラズリで染めたシルク素材に、金糸で刺繡が施されたロングジャケット、白い立襟のブラウスに白いタイツとロングブーツ、腰には細身の剣レイピアが吊られている、ザ・貴族、本当にこの格好で仕事をしているのかと疑ってしまう。
「……シェリー・ローズ」
彼女はローズ子爵家の令嬢、境遇は似ているけれど彼女にとってマップ・メーカーは趣味でしかない、男勝りで勝ち気な自信家、なぜ必要もない危険に身を晒すのか、私には理解出ない。
「つい先日、ワタクシはB級に昇格いたしましてよ、後輩に追い越されたご気分はどぅかしら? ねぇ、ヴァレンティーナ・バンドール、答えてくださらない」
ウェーブの効いたロングヘアをかき上げる。
―― ? 何をいっているのか分からない。
「よかったわね、B級昇格おめでとう」
「うふふん、これでこの国の女性マップ・メーカーのエースは、ワタクシということでよろしくて!」
どういう訳か私をライバル視している、確かにランクが上がれば受注できる依頼の難易度があがり、得られる報償も大きくなる、でも、子爵令嬢がお金に困っているはずはない、AだろうがCだろうが関係ないはずだ、価値観の違い、そうとしか思えない。
―― ただでさえ悪目立ちするのに、迷惑なやつ。
「ふふふ、見ていなさい、すぐにA級、さらには国内初の女性S級マップ・メーカーへ上りつめてみせましてよ」
その上昇志向はどこからくるのだろう。
―― 見習おうとは一ミリも思わないけど。
言うだけ言うとクルリと背を向けてカツカツと踵を鳴らして立ち去っていく、通路に誰がいてもよけるなんて事はしない、人波の方が彼女を避けて道を作っていく。
―― ああ、なるほど、彼女は天性のマップ・メーカーなのかもしれない。
少し感心して視線をソフィアに戻すと、彼女の目は笑っていない。
「?」
もう一度シェリーを振り返る、道は塞がれていた。
「おどきなさい、レディの前を塞ぐなんてどういう育ち方をしたのかしら」
恐れを知らずに啖呵をきった、相手が悪い、どう見ても素行が良い連中じゃない、ギルドに所属したての見習いだ、到底マップ・メーカーは名乗れない、下働きの荷物持ち、どちらかと言えばチンピラに近い若者だ。
「なんだぁ? この女、俺たちにどけってよ、みんなどうする」
「そいつの言う通り俺たちは育ちが悪いからなぁ、ここのルールを良く分かってねぇ、どいてやるからお姉さん、是非教えてくれねぇかな」
相手は五人、つるんで気が大きくなっている、発火点は低い。
「ワタクシはB級のマップ・メーカー、見習いの小僧さんが簡単に口をきいていい相手じゃありませんの、お分かりかしら」
「B級!?」
B級ときいてチンピラはひるんだ、ギルドの中でもB級は上位であることに間違いない、実力も権力もそれなりにある、見習いの仕事を干すことぐらいは容易い。
ザザッ チンピラたちが避けた。
「ふんっ」 嘲るように顎を上げて堂々と中央をモデル歩きで出て行った。
―― 大した度胸だわ……けど。
チンピラたちが目くばせをする、そそくさとシェリーのあとをつける様に出ていく、チンピラは五人いた、立ち去った後にも剣呑な雰囲気が残っている。
「あの子たちのケツ持ちは誰?」
ソフィアの顔は厳しいままだ、私と同じことを心配している。
「たしか……A級のアーク・アーツ中佐だったはず」
見習いはA級の指導役につくことが義務付けられている、アークは身長二メートル、全身に筋肉の鎧をまとった大男だ。
面倒見がいいほうではない、必要以上には教える事はしない、なにかあっても自己責任だというタイプ、しかし、チンピラが何か問題をおこせばアークの責任も問われる。
下手をすると血を見るだけではすまない、放ってはおけない。
「ソフィア」
「面倒掛けてごめんなさい、出来たら大事にせず収めてもらえたら助かるわ」
「アークを見つけたら言っておいて、出来るだけの事はしてみる」
「わかったわ、無理はしないで、ビビ」
私は急いでチンピラたちの後を追った。




