3. 悪役令嬢、ヒーローとともに決意する
その翌週、パルハニミエ邸の庭園にて、クラウスとロイネを招いた鍋パーティが開催された。王族も訪れる公爵家の私的な場所に平民の少女を招き入れるくらいには、二人はロイネとすっかり仲良くなっていた。
そんな彼女と三人で、鍋料理を囲んでいるというわけだ。
残念ながらクラウスはポン酢の酸味が口に合わなかったようだが、コンソメスープで煮込んだミルフィーユ鍋はお気に召したようだった。アマリアとロイネの会話に耳を傾けながら、食べることに専念している。
「これはいかん、無限にキャベツ食える気がする。肉少なくても美味い。むしろ肉は添え物」
「気に入ってもらえて良かったわ。お代わりもあるわよ」
「やったー!」
「美味しい……美味しいです……! キャベツに浸み込んだ豚肉の旨み……! ああやっぱり我が故郷はここに在った……!」
「あらまぁ。ほら、これで涙拭いて……それでロイネ、じゃあやっぱり男子に声かけてたのって、伯爵の指示だったのね」
「むぐむぐ……はい、そうなんですよ。と言っても、はっきりそう言われたわけじゃないのが嫌らしいとこなんですけどね。いい機会だから色んな方々と交流しておいでって言われて、私も最初は人脈を作ってこいって意味だと思ってたんです。友達はできたかって訊かれたんで仲良くなった子の名前挙げたら、女の子ばかりだったのが不満そうで『え?』ってなったんですよ。けっこういいとこのお嬢様ともお友達になれたのに」
「まぁ……それで?」
「できる限り頑張ってみるから、もし仲良くしてほしい人がいるなら具体的に教えてって伯爵様に言ってみたんです。そしたら、どれもこれも有力貴族やお金持ちのお坊ちゃんばかりで、そういうことかーって」
「それなりに選んで声かけてたのはそういうわけだったのね」
「そうなんですよ。でも、常識的に考えて無理でしょって。しかも後から聞いたら、仲良くしてほしい子リストの中に婚約者がいる人もいたんですよ。高貴なご身分のくせに人のオトコ寝取ってこいみたいなこと言うんで、『お前は何を言ってるんだ』ってなりましたよ」
「んっふ!」
分かる人にしか分からないところをロイネは強調して言い、前世のネットミーム的な例の画像を思い出してしまったアマリアは、うっかり噴き出してしまった。
「ちょ……待って……んっふふふふっ……!」
「アマリア様めっちゃ笑うじゃん」
「そりゃ笑うわよ……久しぶりに聞いたわそれ! でも、どうするつもりなの? 伯爵様のお望み通りにするとなると、貴女の立場だって悪くなるでしょう。伯爵様はそこのところはどうお考えなのかしら」
「うーん……ぶっちゃけ、失敗したら切り捨てるつもりなんじゃないですかね。あの人って表向き養父ってことにはなってますけど、ほんとはただの後見人なんですよ。だから私、伯爵家の籍には入ってないんです。家名は便宜上都合がいいからこっちを名乗るように言われてるだけで、書類上は平民の孤児のままなんですよ。だから切り捨ててもあんまりデメリットにはならないんじゃないかなって。とりあえず手元に置いといて、失敗したら『やっぱ育ちの悪い平民はダメだったわー』で、ポイっと。上手いこといい男ゲットして嫁に出せたら、便乗して甘い汁吸わせてもらおう的な」
「うわ」
「うわぁ……」
「これでも貴重な属性持ちなんで、高望みしなければ一応そこそこいいとこの子からはアプローチされてるんですよ。伯爵様はやっぱりまだご不満みたいですけど。あの感じだと、単に家柄だけじゃなくて、裕福で政界や財界とかに顔が利くところがお望みっぽいですね」
「うわ……うわぁ……」
「殿下さっきからずっとうわうわ言ってる」
「いや、だってそりゃさぁ……うわ……ってなるよ……」
「お父様にお願いして良縁を探していただくこともできるけど、そこで伯爵様の得になるのは物凄く癪だわね」
「やっぱそこがネックになりますよね。でも、ほんとは結婚するより今はお仕事とか青春したいんですよね。騎士団に採用決まって嬉しかったのに、伯爵様がまず学院でしっかり学んでからの方が待遇もよくなるから、平民出身ならそのほうが有利になるって言うから、そこまで言うならって入団待ってもらってる状態なんです。でも蓋開けてみたらなんかやたら婚活させたがるし、ちょっとまずいんじゃないかって焦ってるんです」
「あら……やっぱり噂ってあてにならないわね。その口ぶりだと伯爵様が入隊に待ったをかけたってことよね」
「噂なら知ってますよ。就職よりも貴族のお嬢様になるのを選んだ、みたいなやつですよね。全然違います。あのときほんとは衛生部隊の偉い人が後見人になってくれるって、もうほとんど話が纏まってたんです。私も小さい頃からの夢がやっと叶うって、もう入隊する気満々だったのに、そこに伯爵様が強引に割り込んできたんですよ」
「小さい頃の夢?」
「割り込んできた?」
「はい。私、小さい頃はちょっと身体が弱くて、お医者様のお世話になること多かったんです。かっこいい女医さんで、すごく憧れてて。でも医大ってお高いじゃないですか。さすがにその学費払うほどの余裕はうちにもなかったんで、それなら騎士団の衛生部隊ならどうかって父さんが勧めてくれたんです。知り合いの伝手で、採用試験受けるってところまではもう話が付いてたんですよ。だから、私が独りになっちゃったときに、試験担当の人から『受験できる年になるまで、騎士団で下働きしないか』って声かけてもらって……それでようやくってときに伯爵様が来て、自分のとこの領民だから、自分が面倒見る義務があるってごり押ししたんですよ」
「なるほど。領民の保護義務を持ち出せば、優先的に引き取る理由にはなるな」
「……それで渋々従ったら、話が違ったということなのね」
「……はい」
「最近思い詰めてる様子なのはそのせいもあった?」
「あー……まぁ、そうですね。伯爵様もはっきりとは言わないけど、騎士団に入るよりもできるだけ立派なおうちの人と結婚してほしいのは間違いないみたいなので。でも、私の身分考えたら、ここよりも騎士団でお相手探した方がいい人見つかると思うんですよね。伯爵様の思惑はどうあれ、騎士団だって立派に名誉ある仕事じゃないですか。私だって普通に仕事して、恋愛もして、人並みの充実した人生送ってみたいんです」
「伯爵にそこんとこ話してみたりはしたのか? 君の立場的に難しそうではあるが」
「一応は……話聞いてはくれますよ。でも、のらりくらりでいつの間にかいい人見つけて結婚みたいな話になっちゃって。それで……実はその、この間もクラウス様とアマリア様と仲良くなったって報告したんですよ。お友達としては最上級じゃないですか。だからそれで手を打ってもらえたらなって期待したんですけど、そしたらあのオッサンなんて言ったと思います?」
「オッサン」
「もはや容赦なし」
「遠回しにアマリア様の不利になりそうなことはないかって、すっごいしつこく訊いてくるんですよ。ちょっとしたことでもいいから、なんとか探し出してこいって。お二人のおうちに売り込んで来いっていうならともかく、アマリア様を引きずり降ろして殿下を寝取れみたいなこと言うんですよ。娘達には無理だったが君ならできるって、酷くないです? 私を何だと思ってるんだっていう」
「待て待て、君、それ余所では言ってないよな!?」
「勿論です、こんなこと余所でなんて言えないですよ。伯爵様だって露骨には言わないんですよ。言い逃れできるような言い方なんで、うっかりしたら私の首が飛びそうですもん。っていうか、あれ、今ここで言っちゃいましたけど、もしかして私終了フラグ立っちゃいましたコレ!? 今日おうち帰れます!?」
「落ち着いて。余所で聞かれたら大問題だけど、ここではとりあえず大丈夫だから」
「なんなら伯爵に終了フラグぶっ刺さったぞ」
「まず後見人が言うべきことではないわね。貴女が持つ聖魔力だって立派な財産だわ。それを伯爵家の利益のために利用しようとしているってことでしょ。人脈作りさせるだけならともかく、婚姻にまで口を出しているとなると問題だわ。養女ならまだしもよ」
「……あの。その財産なんですけど。孤児って言っても無一文じゃなくて、一応父さんたちの遺産があるんですよ。弁護士さんと従業員さんたちが廃業手続きと土地建物の売却まで手伝ってくれて、経費と退職金を引いても私の手元にちゃんとお金が残るようにしてくれたんです。平民からしたら結構な金額だし、一応未成年ってことで、後見人の伯爵様が管理してくださってるんです。でも、今いくらくらい残ってるのか聞いても『心配は要らないよ。お金のことは子供が気にするものではないよ』ってはぐらかされちゃってて。衣食住は伯爵家のお世話になってるんで生活費で引かれるってのは分かるんです。でも出納帳も見せてくれないし、本当のところはどうなってるんだろうって……というか、そもそも私のお金なんで、気にするのって当たり前だと思いません?」
「……にわかに胡散臭くなってきたわね」
「君の財産に手を付けてるかもしれないってことか」
「そうなのかなって……」
「はー……というか、就職決まってるところに強引に割り込んで面倒見るって言いだしたのは伯爵なんだろ。それなら生活費くらい面倒見りゃいいのに。だって、学院の学費は奴さんが出してくれたんだろ? なんかそこんとこ釈然としないよな」
「そうなんですよ。それに、父さんの店の品を伯爵様のところに納めてたこともあって、もともと全く知らない相手じゃなかったんです。事故のあと廃業することお知らせしたんで、私が孤児になって町を出ることも知ってたはずなのに、聖魔力持ちだって分かるまでほとんど無関心だったんですよ。十か月近く知らんぷりだったのに、今更調子いいなって思ったこと覚えてます」
「あら、じゃあご家族が亡くなってから伯爵家に引き取られるまでにタイムラグがあるってこと?」
だからなのかとアマリアは思った。
家族全員を亡くしたばかりにしては、ロイネに悲壮感はあまりなかった。けれども実際のところは、落ち着きを取り戻せるだけの時間が経っていたわけだ。
しかし、それにしてもだ。
「聞いてた話とは少し違うわね。ご家族を亡くされてすぐ引き取られたみたいな噂だったけれど。聖魔力を保有していることを伯爵様に見出されてって、そういう話だったわ」
「うーん、そこがモヤモヤするところなんですよね。なんだか美談風味になっちゃってて。聖魔力持ちだってことが分かったのは採用試験のときだったんで、別に伯爵様は関係ないんですよ。あの人否定しなかったんで、噂が事実みたいになっちゃってますけど」
「なるほどなぁ。経緯が曖昧にしか知られてないのをいいことに、うまいこと乗っかって自分の評判上げてるってわけか」
「はい。あの人はそれでいいかもしれない。でも、私の将来の夢を聞いて、後押ししてくれるみたいな口ぶりだったのに、なんか……政略の駒みたいに思われてる気がして、ちょっと……」
「……後悔してるってことか」
言いかけて口を噤むロイネに、クラウスは促すような視線を向けた。
ほんのわずかに逡巡した彼女は、やがて小さく頷いた。
「このままだと何が何でも誰かと結婚させられて、騎士団のことはなかったことにされそうで……」
「後見人の立場で本人の意思を無視した結婚の強要に、遺産の使い込み疑惑。そのうえ王家の婚約への妨害教唆とも取れる発言……ね。これが全部事実とするなら、なかなかの野心家だわ」
「だな。よし、ロイネ、ここでの話は余所では絶対にするなよ。それで君は今まで通りにしていろ。ただし、預けてある遺産の件はなるべく触れないようにしとけ。ヴァーランペラ伯爵については、なんか疚しいことしてないか俺の方で探ってみる。叩いたら何か埃が出るかもしれん」
ここまでずっと興奮気味だったロイネは、それを聞いて不安げな顔をした。
「……埃、出そうです?」
その少し期待するような物言いからは、伯爵の存在が彼女の負担になっていることが窺えた。
「正直確信はない。今まで実害と言えるほどのものはなかったし、それこそ可も不可もない家だったからな。が、君の言うことが真実なら、黙ってるわけにはいかないさ。大事な恋人と友達、いや、国の財産たる大切な民を、個人の都合で道具扱いするような奴なんざ絶対見過ごしちゃならない」
「……さすが王子様、すっごい頼りになるぅ……」
ロイネは泣き笑いの表情で言った。
「こういうときこそ俺の出番だろ」
「大船に乗ったつもりでいてとは言わないけれど、頼れるところは頼ってもいいと思うわ」
「ありがとうございます……!」
「――で、結局彼女のことは信じるの?」
気が楽になったのか、出された料理をきっちり完食してロイネは笑顔で帰っていった。それを見送った後、静かになった庭園で食後のお茶を楽しみながらアマリアは訊いた。
うーん、とクラウスは首を傾げる。
「どうかな。でもあんなこと聞かされて見過ごすわけにゃいかんだろ。君こそどうなんだよ。『同郷』ってだけで簡単に懐に入れちまって」
「そうねぇ。飾らなくて凄く気持ちの良い子だと思うわ。権力や地位にだってあまり興味なさそうだし。ちゃんと勉強も青春もしたいっていう彼女の願い、叶えてあげたいって思うくらいには彼女のこと気に入ってるかも」
彼女の話ぶりからして、前世は中学生で人生を終えている。青春真っ盛りの年頃で生涯を閉じることになった彼女の気持ちを思えば、決して政治の道具などではない望むままの道を歩ませてやりたいと、そう思う。
それに、政治の道具は王侯貴族の役目だ。護るべき民に負わせるべきではない。
「アマリアって、そういうとこすごく大人だよな。弱い者は全力で護ろうっていう意思がさ、君はほかの誰よりも強いんだ。妃教育受けてる君に言うことじゃないだろうけどさ」
「うーん……少なくともロイネに対しては、子供や年の離れた兄弟姉妹を見る目線になってることはあるかもしれない。前世の自分が結構表に出てきてるような気がするの。あのときの自分は未婚で子供はいなかったけれど、三十は過ぎてたし、ちょうど彼女くらいの年頃の甥っ子と姪っ子がいたから、なんとなく重ねて見てしまってるんだと思う」
「……そっか。正真正銘の大人だったんだな。てか、三十代って言ったらまだまだ十分若いだろ。君もやっぱり、その若さで――」
「……うん。事故でね」
「そうかぁ……」
不意に伸ばされた手が、アマリアのストロベリーブロンドを優しく撫でていく。その優しい手の温もりに、うっかり涙が零れそうになった。
「長生きしてくれよ」
「うん」
「一緒に長生きしよう。それで、人生目いっぱい楽しもうぜ。負わなきゃならないものがたくさんある王族だって、人生楽しむ権利はあるんだからな」
「……うん」
「勿論、あいつにもな」
「そうね……」
アマリアもクラウスも、身分は高くそれなりの権力を有するとはいえ、まだ子供と言って差し支えのない年齢だ。だからできることは限られるだろう。
でも、それでも、友人のために最善を尽くすくらいのことはできるはずだ。
そう信じて、二人は動き出した。
子供を食い物にする大人はDANZAI一択ですよ_(:3 」∠)_




