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悪役令嬢、胃袋を掴む  作者: 文庫 妖


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4/4

4. 悪役令嬢、ヒロインと義姉妹エンド

 そして結論から言えば。

 密かに調べた結果、ロイネの後見人であるヴァーランペラ伯爵の不正が明らかになった。

 敢えて二人が調べなければ、この先も気付く者はいなかったかもしれない。領民に重税が課されていたわけでもなく、伯爵家の暮らしぶりも特別贅沢になったということはない。伯爵自身に堅実という印象が付いていたからなおさらだ。

 けれども蓋を開けてみれば、粉飾決算に公金の横領、他人に成りすまして押し売り紛いの宝飾品の売却、そして、被後見人の就職妨害に財産の使い込み、などなど、「ちょっと面倒なところもあるけど、基本無害で平凡なオッサン」という仮面を隠れ蓑にしてやらかした内容が悪質過ぎた。


 最初はほんの少し魔が差しただけだったと彼は言った。分かりにくいところから少しずつ金を抜き取るうちに止め時を見失い、あちらこちらに手を広げてずるずる続けてしまったと。


 かつてほどの栄華はなくとも、堅実な生活を守り続けていると思われていた伯爵。

 しかし、実際のところは公金に手を出すほど資金繰りに困っていた。実の娘二人に持たせる持参金を捻出するために、資産のほとんどを失っていたからだ。

 聖魔力持ちだと発覚したロイネを引き取り、政略の駒にしようと企んだのはそのためだ。


 底をつきかけていた資産の補填のために公金に手を付け、妻の個人資産だけでは飽き足らず、後見人の立場を悪用して養い子の財産まで使い込んだ。

 それでも埋まらない穴は、支度金を充てるつもりだったと伯爵は白状した。ロイネを通して婚家からの継続的な金銭的支援の要求や、資産の横流し――つまりは窃盗の教唆だ――をするつもりだった、とも。

 実子にそんなことはさせられない。家名にも実子の未来にも傷がつく。けれども平民の孤児なら、万が一のときには罪を押し付けて切り捨てられる。

 そんな理由でロイネの就職口を奪い、嫁ぎ先(金蔓)探しのために身の丈に合わない名門校に入学させた。あろうことか、高額な入学金と学費は、彼女に無断でその資産から支払っていたという。

 そのうえ、騎士団へは入団辞退届を提出していた。ご丁寧に「贅沢を覚えたらもう働く気は失せたようでね。仕方がないから、学院を卒業したらどこかに嫁がせることにしたよ」と、ロイネの印象が悪くなるような言葉を添えてだ。亡き父の伝手で唯一の引受先となっていたこの場所に、彼女が逃げ込めないようにするためだ。

 決して悪人ではなかっただろうに、堕ちるところまで堕ちた男は、少女を囲い込むために最後の逃げ場さえも取り上げた。

 何も知らない少女の財産と未来を奪い、責任の一端をその少女自身に負わせてしまった伯爵の罪は重い。

 その後彼は爵位を剥奪され、十数年に及ぶ拘禁刑が課せられている。

 無関係とされた嫡子は、父との絶縁を条件に爵位を継ぐことになった。

 同じく夫人も無関係とされたが、伯爵は夫人の個人資産からの援助を無心することがたびたびあったと言い、資金繰りに苦労していることに薄々気付いていながら、数字に疎いことを理由に見て見ぬふりをしていたことを心から悔いていた。捜査には積極的に協力し、夫の刑が確定した後は自らの個人資産を返済と賠償金の支払いに充てている。


「ふざけるなよクソが」

 それが、全ての罪が明らかになったときのクラウスの第一声だ。

 ロイネ自身に罪はない。けれども、両親が残してくれた遺産は伯爵の使い込みでほとんど底をついていて、残りの学費は着服した公金で支払われていたために、これ以上学院に籍を置いておくことができなくなった。

 これではあまりに彼女が憐れだ。気の毒に思ったアマリアの父から彼女の学費を立て替えるという案も出たが、それで通い続けたとて、事情が事情なだけに健全な人間関係を築くことは難しいだろう。

 学院の教師も学生たちも、ロイネに非がないことは理解している。それでも彼女が負わされた醜聞は、名誉を重んじる貴族が距離を置くには十分なものだ。

 彼女を気遣う者もいなかったわけではない。しかし腫れもの扱いでは、いずれ互いに気まずくなるだろうことは必至だ。

 それはロイネも理解していて、自ら退学を申し出ている。

「――奥様が謝罪してくださって。オッサンに盗られた遺産は、奥様がご自分の資産から支払ってくださるそうです。でも不動産を売却するまでに時間がかかるみたいで、それでお詫びにもならないけどって、最低限残してたっていうドレスや宝石を売って作ったお金を持たせてくれたんです。これで当面凌ぎながら、住む場所と仕事を探すつもりです」

 学院を去る最後の日、挨拶に来てそう言った彼女の泣き腫らした顔を見た瞬間、アマリアは決断した。


 父の許可は得ている。

 クラウスを通じて王家からの打診もあった。

 だから迷うことはなかった。


「それなら私の義妹にならない? 両親もクラウスもいいって言ってくれているし。学校生活に憧れがあるなら、騎士団付属の訓練校に通えばいいわ。あそこは実力主義だから、身分や家柄を見る人はそれほど多くないらしいの。それに学院よりずっと専門的なことが学べるから悪くはないと思うのだけれど、どうかしら」

「え、でも……たくさんお世話になったのに、これ以上は悪いですよ」

 ロイネの瞳が、不安と罪悪感に揺れる。

「いいのよ。父もね、これは未来への投資だから気にするなって」

陛下(親父)も一人の馬鹿のために貴重な人材をみすみす潰したくはないっつってるしな」

 ロイネはなんとか笑顔を作ろうとして失敗し、しゃくり上げてそのまま泣き出した。

「うわぁあああああん!!」

 ずっと不安だったのだろう。ある日突然家族を亡くして独りぼっちになり、半ば強引に伯爵家に連れてこられたときからきっと、天真爛漫な笑顔の下に不安を押し込めて、ずっとなんでもないように振舞っていたのだ。

「全部……全部なくなっちゃった。父さんも母さんも兄さんも、残してくれたお金も、お友達も全部、なくなっちゃった……!」

「うん――うん。辛かったね」

「もう……大丈夫だからな」

 気が良くて親切な友人で、そして近い将来に家族となるだろう二人に抱き締められ、頭を撫でられながら、ロイネはしばらくの間泣き止むことはなかった。



「――怒涛のような半年でした……」

 すべてに片が付き、新たな生活を始めて、そしてようやく落ち着いてきたある日のこと。

 パルハニミエ邸の庭園――鍋パをしたあの庭園だ――の東屋でお茶とみたらし団子を楽しんでいたロイネは、しみじみとそう言った。

 学校から帰宅してまっすぐこの庭園にやってきた彼女は、医官候補生の制服に身を包んでいる。最初こそ服に着られてる感が強かったものの、今ではすっかり制服姿が板についた。

「君を見てると、ここまでたったの半年だなんて信じられない気がするよ。なんかもう立派な一人前って感じでさ」

「そうねぇ。在るべきところに戻ったって感じだわ。まるで最初から医官だったみたいにしっくりくるもの」

「いやぁ、まだまだ見習いとも呼べないヒヨッコですよ。でも、それもこれも全部アマリアとクラウス様のお陰です」

 さすがに王族のクラウスから敬称を取るわけにもいかなかったが、義理の姉妹となった同い年のアマリアからは、敬称が取れている。

 姉妹という立場を受け入れてくれたことが嬉しい。

 書類上はパルハニミエ公爵の養女で、僅かに生まれが早いアマリアの義妹という扱いだ。

 平民出身の彼女は貴族法で定められたとおり貴族扱いにはならないけれど、書類上は家族で間違いはない。

 休日にはアマリアや友人と一緒にお茶を楽しんだり、買い物やピクニックに出かけたりして、年頃の娘らしい生活を満喫している。

 ロイネは今ようやく望んだ「青春」を楽しんでいるのだ。

 あの世で見守っている両親と兄のためにも、充実した人生を精一杯に楽しむのだと、そう言って笑った

「――それでですね、実は、なんだけど……」

 内緒話をするようにぽそりと声を低めたロイネにつられて、アマリアとクラウスは耳を寄せた。

「――えっ! 告白された!?」

「まじかよ、どんな奴?」

「はい。演習で同じ班になったのを切っ掛けに仲良くなって、それで」

 相手は子爵家の三男坊。ユカライネンとは別の学院を卒業してから入校したために、学年は同じながら幾つか年上だそうだ。真面目で爽やかな好青年で、あの家の子息なら安心だとクラウスも太鼓判を押した。

「それじゃあそのうちに恋バナも聞かせてもらえるのかしら」

「はい! 女磨きも頑張るって目標もできました! つきましては義姉上様にご指南賜りたいと!」

「勿論よ! 任せて。ぴっかぴかに磨いてあげる!」

「わーい、ありがとうアマリア!」

「うーん、青春だなぁー」


 パルハニミエ邸の庭園は、いつも通りに平和で、明るく賑やかだ。


 ――そして、小説とはかけ離れていながら、全てが収まるところに収まった物語は、これから先もずっと穏やかに続いていくのだろう。

「……小説の世界に転生って言っても、やっぱり結局ほとんど関係なかったわね」

「白薔薇と赤薔薇ってより、白味噌と赤味噌でしたよね」

「ブッ……フフフッ……!!」

「アマリアめっちゃ笑うじゃん」

「ちょ……待って、その発想はなかったわ、フフッ……!」

「まぁ、数ある可能性の一つだったってことでいいんじゃないですか。現実なんてゲーム以上に分岐ルートいっぱいなんですし」

「貴女ってそういうところ、ほんとに冷静な考え方するわよね。大人だわぁ」

「ありがとー。でもアマリアだって包容力ある大人じゃないですか。大らかでどーんと構えてて、一緒にいると安心します。何度慰められたことか」

「そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいわ」


 きゃっきゃうふふ。

 楽しそうに、そして幸せそうに笑い合う少女たちを眺めて、クラウスもまた微笑んだ。

 かつて身体を張って己の命を救ってくれた少女が、王家に嫁ぐという重責を負ってもなお、その魅力を失わないまま朗らかに笑っていてくれるのなら、いつだって全力で協力してやりたいと、そう思う。

 護り、護られ。

 そんな関係を築ける少女との出会いの奇跡に感謝しながら、クラウスは甘味噌をたっぷり塗った五平餅をぱくりと頬張った。

五平餅を頬張る高貴な美少年というのもオツなものです_(:3 」∠)_

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