第2話 少女に従うがままにゴブリンと戦ってみた
「お兄さん――普通じゃないよ」
その言葉の意味を、俺はすぐに理解できなかった。
「……どういうことだ?」
「だから、普通じゃないの。魔力もないのに、その強さはありえない」
少女の雰囲気は先程と打って変わって真剣に物事を考えている様子だった。
「特異体質かもね」
「特異体質?」
聞いたことがある専門用語だ。
「簡単に言うとね、魔力を持たずに魔物と対抗できる力を持つ人間のこと」
「聞いたことあると思ったらそれだ! すげえよな! 魔力無しで魔物と戦えるなんて!」
「お兄さんがその特異体質だって言ってんの」
少女は呆れ気味に言葉を返す。
「ああそうか、俺がその特異体質なのか。他にもそういう人いるの? 昔はいたらしいけど」
俺は少女に説明を求める。
「今は特異体質の探索者は一人もいないわ。ただ六〇年前にダンジョンが出現したばっかりの時代――いわゆる黎明期と言われる時代には何人かいたらしいわよ。体質は人それぞれかな? 体から発する生体電気を増幅して放出する人や脳のリミッターを外して筋力の出力を限界以上に引き上げる人とか色々いたらしいよ」
「俺は筋肉の出力とか上げれないぞ」
「魔力は使えないけど才能のある覚醒者みたいに戦えば戦うほど強くなるただの人間かもね」
「ただの人間とか言うな。でもさっきまたコボルトと戦ったからさらに強くなったってこと?」
俺の疑問を聞いた少女は両腕を組み訝し気な顔で天井を見上げて何かを考えている様子だった。
「それがさっきと比べて大して強くなっていない、何か条件があるのかな~、ちょっと待ってて」
少女はダンジョンの奥へと駆け出しながら俺に手のひらを向ける。暗にこっちにくるなと言っている。
行きたくても行けない。非覚醒者の俺はこれ以上先には進めない。ダンジョンの性質上、奥へと進めば進むほど出てくるモンスターが強くなる。
そもそも、ここは入り口から近い部屋だからモンスターが出る方が珍しい。
俺はズボンのポケットに入っているスマホを取り出し、コボルトの解体方法を検索することにした。
「――マジかよ……コボルトって食べれるのか」
色々調べていると衝撃の事実を知ってしまった。
気分的に二足歩行の生き物は食べたくないな……誰だよ一番最初に食べだした人。
「でもお腹空いたらなんでも食べるかもな……」
足音が聞こえてきたのでダンジョンの奥に続く通路に目を向ける。
さっきのメスガキが帰ってきたらしい。
「早かったじゃないか……って、おまおま! 何、引き連れてきてんだよ!」
「何ってゴブリンとゴブリンメイジですけど?」
何か文句ありますか? という顔を向けてきた少女は俺の横を通り過ぎる。そして、俺の目の前に緑色の肌を持つ二足歩行のモンスターが二体いた。なんてこった。
一体はよれよれの毛皮を腰に巻いて棍棒を持ち、もう一体は薄汚れた茶色のローブを着て短い杖を持っていた。
「こ、殺される!」
後ろを振り返って少女に助けを求めた。
「さぁ! 私に成長した姿を見せなさい」
「何様だよ!? なんで師匠ポジにおるねん!」
「キシャァァァァ!」
「うわこっちきた!」
訳の分からないやり取りをしていると棍棒を持ったゴブリンが走ってきた。
「ゴブリンはコボルトより強いが初心者向けのモンスターと聞く! こうなったら! もうやってやるぜ!」
と言いつつ俺は前を向いたまま後ろに向かって走った。ちなみに少女は横手の壁際であくびをしていた。呑気なもんだぜ!
「口だけかよ戦えよ」
少女はゴブリンから距離をとる俺を見て注意していた。
「別に逃げてはないだろ! まあ見とけよ体力を消耗させたところを俺のパンチで倒してやるよ!」
ゴブリンは俺を必死に追いかけていた。俺も必死に距離をとった。
「ほらこいよこいよ! カモンカモン!」
俺は手のひらを上に向けて手招きをしてゴブリンを煽った。その間に少女が「こいつの戦いうるさい」と言ったのを聞き逃さなかった。彼女は壁に沿って俺と並走するように移動していた。
「ん?」
ゴブリンの後方にいるゴブリンメイジが口を開いたので気になってしまった。
「キーーシャーシャー!」
ゴブリンメイジは発声したあと、前に突き出した杖から火の弾が飛び出してきた。
しかし、俺と目の前にいるゴブリンはゴブリンメイジの延長線上にいる。炎はこのままだと目の前にいるゴブリンの背中に当たるのでは?
「なっ!」
俺は口を思わず空けてしまった。
炎が急に加速してきたかと思えば前にいたゴブリンが迫る炎を避けるようにうつ伏せに倒れやがった。
モンスターってのはこんなに連携が取れるのか!
「くそ!」
俺は迫りくる炎を避けるために横に跳ぶ。
なんとか避けれたと思ったその瞬間、
「炎が分裂した!?」
炎は数十の塊に分かれて、俺の方向へと向かった。
追尾してきた! 避けきれない!
「ぐあぁぁぁあ!」
俺は両腕を交差させて身を守る。小さい炎の弾を幾つかまともにくらうと思いの外吹っ飛んでしまった。
「かはっ!」
背中に壁を打ち付けた俺は地面に倒れ込むが起き上がろうとする。
ところどころ火傷しちまった。 ヒリヒリする! とにかく熱い痛い!
心臓の鼓動も自分に聞こえるぐらい速い。生と死を感じる。脳が危険を感じているのか全ての感覚が研ぎ澄まされている気がする。
「ダンジョンの中はモンスターの生態系が形成されてるからこのくらいのコンビネーションはしてくるわ。人間が頭を使うように相手も頭を使うの」
俺の横には少女が壁に背を預けて立っていた。
「説教のつもりかよ……」
俺はなんとか立ち上がってこちらの様子を窺っている棍棒を持つゴブリンを見据える。
「うん説教!」
少女の方を向いてないが笑顔で生意気なことを言ってるのが分かる。
「説教ついでに教えてくれ、今の魔法はフレイムボールだろ。炎属性の魔法の中で最も初歩的な魔法なはずだけど、途中で加速できたっけ? 分裂したっけ? いててて……首元と左腕が火傷してるな……息が辛いぜ!」
「これだから実戦を知らないお子様は、どんな魔法も使用者によって熟練されるの。思ったよりあのゴブリンメイジはやり手だったってこと」
お子様はどっちだよ。つーかなんて奴連れてきてんだ。
「回復してあげよっか?」
「舐めんな、俺一人の力で倒す」
俺はゴブリンに注意を向けたまま、少女に言葉を返す。
この子がニヤニヤしてそうだから強がったのもあるが、人の力を借りずに倒してみたい矜持もある。
俺が強くなったのなら俺は俺を試したい。
「強情ね、でも意地っぱりの方が探索者向きの性格してると思う」
「そりゃどーも! いくぞ! ゴブリン!」
俺は会話を切り上げてゴブリンに向かって駆け出した。
腰に携えているダガーナイフを一本取り出して右手に持つ。相対するゴブリンは棍棒を振るってくる。
次にダガーナイフを逆手に持ち替えて振るってきた棍棒に突き刺して攻撃を止める。
「おらっ!」
空いている左手でゴブリンの顔面に殴りかかる。すると相手も同じことをしてきた。
「ぐふっ!」「キシャ!」
互いに相手の顔面を殴って思わず声をあげてしまう。
俺はひるまず、矢継ぎ早にゴブリンのお腹を蹴りながら棍棒から得物を引き抜く。ゴブリンは蹴られたことで地面に転がりながらも棍棒を手放さずに立ち上がる。
「やばいなハイになってきたわ、闘争本能が刺激されてるぜ!」
俺は高揚感に身を任せながらゴブリンが振るってきた棍棒をダガーナイフで弾き続ける。その間に少女が「戦い方やかまし」と呟いたのを聞き逃さなかった。
ゴブリンが虚を突きたいのか回し蹴りをしてきたが俺はわざとダガーナイフを地面に落として足を両手で掴んで蹴りを防ぐ。
「ギャッ!?」
「離さないぜ! うおおおおおおおお!」
俺はゴブリンの足を掴んだままゴブリンメイジのところへと突っ込む。
ゴブリンメイジの弱点を突いてやる!




