第1話 頭のネジが外れている少女と出会った
俺は今日、ダンジョンで死ぬと思った。
だが――あのイカれた少女と出会ったせいで、俺の運命は狂い始めたのかもしれない。
二〇二五年一二月六日土曜日。俺は世間がクリスマスムードを漂わせてきゃっきゃっうふふしている中、近所で出現したダンジョンに潜っていた。
世界各地でダンジョンが出現してから六〇年の時が経つ。ダンジョンを潜る人々は探索者と呼ばれ金銀財宝や名誉を求めて、魔物達と戦っていた。そして、インターネットの発達によりダンジョンを潜る様子を配信することで生計を立てる人が現れた。探索者の中でダンジョンで配信する人をダンジョンストリーマーと呼び、今やダンジョンの配信を生業とした会社がいくつも設立されており、多くのダンジョンストリーマーは会社が運営しているダンジョン配信事務所に所属している。
ダンジョンは覚醒者と呼ばれる魔力に目覚めた者が同行していないと非覚醒者は入れない決まりになっているが俺は別に覚醒者でもなんでもない。そう、お金欲しさにダンジョンに潜っていた。
俺は今年の春に東京の大学を卒業した男だ。外見は黒髪黒眼で中背のどこにでもいそうな感じなのだが多くの人と違う点が一つある。
無いんだ、内定が。今は絶賛、無職だ! 大学まで行ったのに就職活動失敗しちゃったよ!
そういえばもう一つ違う点があった。下の名前が俗に言うキラキラネームだ。天裂 蒼という名前だ。二二年もこの名前で生きてるから名乗ったときに周りが驚く様子にはもう慣れている。
とにかく俺は生活費を稼ぐためにたまたま家の近くに出現したダンジョンに潜った。装備として黒い皮鎧を着て、骨董品であるダガーナイフを腰に二本携えた。
モンスターの中で最弱と呼ばれるコボルトぐらいなら倒せると思ったのだが死にかけた。舐めてたわ。というかほとんど死んでたと思う。辺り一面血だらけになったし血が全部なくなったと感じたほどだが下の階層からあがってきた人に助けられた。そして何故か、助けてくれた人のせいでコボルトと再戦することになった。
「よっしゃああああ! 勝ったぁぁぁあ!」
俺の声が土造りの部屋に響き渡る。
辺りにはコボルトの死体が三体転がっていた。三体とも俺が殴り倒してダガーナイフで止めを刺している。また、前方には下の階層に繋がる階段がある。
「お兄さん……弱すぎぃ~」
俺を嘲る少女が横にいた。少女は絹のような紫色の髪を肩の辺りで切り揃え、同色の瞳は丸くて綺麗だった。背は低く頭のてっぺんが俺の肩に届くぐらいだ。金色の刺繍が入った黒いローブを着ており、頭に三日月が配置されたお洒落な杖を持っていた。いかにも魔法を使いますよ〜という格好をしている。ちなみに昔は黒髪黒目が日本人の標準的な容姿らしいのだがダンジョンが出現して魔法が使える人が増えると同時に目と髪色が変わる突然異変が起こりやすくなったらしい。
学校にいたら一番可愛いと思うぐらいに愛らしい見た目をしているし、性格も見た目も天使かと思っていた。
口を開くまでは。
彼女はコボルトに殺されかけた俺を治癒魔法で助けてくれたのだが「え、凄い、回復させたらなんか身体能力上がってるんですけど、おもしろそ! コボルトもう何体か呼んでくるから戦って」という鬼畜発言を有言実行しやがって俺はコボルトと戦うはめになっていた。
そして死に物狂いでコボルトを倒したのに弱すぎとか抜かしやがった。
「おいおい何言ってくれてんだこのお子様は、俺覚醒者じゃないんだぞ!」
「へぇ……じゃあなんでコボルト倒せてるの? コボルトとは言えピストルを使っても死なない程度の生き物だよ」
彼女の言葉を聞いて俺は目を丸くした。
「それもそうだ……じゃあ俺は……天才!?」
真実に気付いた俺は両手をわなわなと震わせていた。
「そんなわけないでしょ馬鹿なの?」
平然とした顔を向けてきた少女は首を傾げていた。
「年上に対する口癖がなってないぜお嬢さん」
「ダンジョンに年上も年下もないよ、強いか弱いかでしょうが」
「価値観が弱肉強食すぎない?」
吐く言葉に毒がある人だが、まず俺は言わなければならないことがある。
「とりあえず、助けてくれてサンキュー!」
「どういたしまして」
俺が軽く会釈すると、彼女も応じてくれた。
「でも下の階層からコボルト呼んでくるなよ、何故か勝てたからいいけど」
「本当はお兄さん助けたらさっさとダンジョンの外に出ようとしたんだけど急にお兄さんが強くなったからね、面白いと思って戦わせちゃった!」
少女は悪びれた様子もなく舌をぺろっと出す。
ふざけやがって同年代の男ならぶっ飛ばしてたとこだったぜ!
「あと俺が強くなったってどういうこと?」
今度は怒りで震える拳を抑えながら気になることを聞いた。
「ふふん、よくぞ聞きました。教えてやろうではないか若人よ」
得意げに鼻を鳴らしやがって。
「若人はお前な」
「人に対してお前言う人とか無理ー」
「いいから早く話の続きをしてくれ」
「お前言う人無理ー」
視線を斜め上に移して同じことを言ってきた。
「分かった、俺が悪かった、君の話を聞きたい。だから聞かせてください」
「大人ちょろ!」
今日一番の笑顔を見せてきやがった。
俺がなんて言い返そうかなと考えてる間に彼女は言葉を続ける。
「私は君を癒したヒールって魔法以外にサーチって魔法も使えるの。サーチは対象者の身体能力を数値化してくれたり使用する魔法の属性を教えてくれる優れものよ。それでお兄さんの数値がコボルトに負けるような雑魚からコボルトを一人で相手に倒せる強さになったことが分かりました! はい! 話は終わりー! 話してあげたからなんかちょうだい」
「なんでだよ!」
両手を差し出されてしまったので突っ込んだ。
「つーか誰が雑魚だ誰が……ていうか凄いな、治癒属性の魔法を使えるだけで珍しいのにサーチもつかえるなんて……あれは確か補助属性に該当する魔法だろ」
覚醒の兆しがある人は日本にあるダンジョンを管理する日本ダンジョン協会で身体検査を受けることができる。ダンジョン協会は世界各国にあり、そこで皆、どういう属性の魔法が使えるか判明するらしい。二つの属性を使えるのは全世界で五〇〇万人いる探索者の中で三〇〇〇人しかいないので彼女は稀有な存在と言える。
「詳しいわね、そう私天才です」
少女は眼鏡をかけてないのに眼鏡クイクイッって持ち上げる仕草をする。どの世代の子も眼鏡イコール頭良いみたいな風潮あるな。
ちなみに俺が色々と詳しいのは無職だったおかげだ。暇で色んなことを学べる。泣けてくるぜ。
「ちなみに俺の数値どれくらいあがったの?」
「うーん、パラメーターは色々あるんだけどお兄さんがコボルトに負ける前の力の数値は六〇だったかな」
「ほう、中々ありそうだな、なにげに体が訛らないように自重トレーニングだけはしてたからな」
自重トレーニングできてたのも俺が無職だからだ。笑うしかないぜ。
「なんで泣きそうな顔で笑ってるの?」
「いや色々と思うところがあってな」
無職の日々を思い返したせいで表情が可笑しくなったのか怪訝そうな目をされた。
「ちなみにコボルトの数値は一八〇」
「俺の三倍じゃねぇか! 通りでコボルトのパンチ数発でノックアウトしちまったわけだ……あれちょっと待てよ、つまり今の力は二〇〇ぐらい?」
「三五〇でした~」
「は……? どういうこと」
俺はコボルトに負けた。しかし再戦したらなんとか倒せた。普通に考えてパワーアップしすぎじゃないか?
「ね、不思議でしょ?」
「不思議だ……ちょっと待てよ」
俺は後方に軽く跳んでみた。
「………三メートル以上跳んでるな」
非覚醒者の立ち幅跳びの世界記録に届きそうだな。
俺は元の位置へと戻りながら自分の体の変化に動揺していたが、あることを思いついた。
「つまり俺は覚醒者になったってことか! うおおおお!」
「全く魔力が感じないから、なっていません~」
「ちっ」
少女が腕でバツを作り俺の期待を打ち砕いたので舌打ちをした。
「余計になんでこんな強くなったのか分からなくなった」
「心当たりある?」
「やはり生まれながらの天才」
「ある意味そういうことになるかもね……」
「…………え?」
俺は冗談のつもりで天才とか抜かしたが思わぬ返事が返ってきた。
少女は、俺の方をじっと見つめた。
「お兄さん――普通じゃないよ」
俺の体に一体何が起きたというんだ。




