第9話
ふと欠伸がこぼれたのは、雑談が長く続いたある瞬間だった。
思わずアヤトは噛み殺すと、話していたルナリアは言葉を止め、柔らかい眼差しを向けてくる。布団の上に座る彼女はアヤトのベッドに腕を載せていた。
雑談相手のアヤトもベッドに寝転がり、気楽な姿勢だ。体勢を変え、ルナリアの方に顔を向けながら軽く謝る。
「――悪い、欠伸が」
「いえいえ、もう時間も遅いですよ。大分お喋りましたし」
ルナリアは腕の上に顎を載せ、視線をベッド脇に置かれた蠟燭に視線を向ける。すでにその蝋燭は短くなっている――それだけ長い時間話していたということだ。
(本当に、昔みたいだな)
野営していたときも、こんな風に眠くなるまでずっと話していたものだ。とはいえ、ここまで長く雑談が続いたことはそうそうなかったが。
ルナリアはアヤトの顔をじっと見ていたが、やがて目を細めて口を開いた。
「少し顔色もよくなりましたね」
「――顔色、悪かったか?」
「はい、入ってきたとき、少し沈んでいたように感じましたが」
そのルナリアの指摘に、敵わないな、とアヤトは軽く苦笑をこぼす。
「昨日のことをまたいろいろ考え込んでしまってな――もう過ぎたことだから、くよくよ考えるべきではないと、頭では分かっているんだが」
「そうでしたか。やはり」
「ルナはお見通しだな――こうして話してくれるおかげで大分気が楽になった」
アヤトが笑うと、ルナリアは表情を緩めて頷いた。
「それなら良かったです。お邪魔になるかも、と思っていましたけど」
「まさか。あれだけ野営で一緒にいたのに」
「ふふ、今更ですよね。本当に」
ルナリアの笑い声を聞きながら、込み上げてきた欠伸を一つこぼした。もう頭が回らず、眠気がだんだんと身体を支配してきていた。
それを見てルナリアは優しい眼差しを向けていたが、ふと何か思いついたようにベッドに手をつき、よいしょ、とベッドに這い上がってくる。
何をする気だろうか。アヤトは眠たい目でその動きを追いかけていると、ルナリアはベッドの端に腰を下ろして彼を振り返った。
「アヤトさん、こっちに寝返り打ってください」
「なんで……?」
「いいから」
笑いながら手招きされる。アヤトは促されるまま、ごろりと転がってルナリアの方――ベッドの端まで移動する。
ルナリアはそのアヤトの頭の方に寄ると、彼の頭に手を添えて持ち上げた。
軽い浮遊感。だけど、すぐにその頭が下ろされ、柔らかく温かい何かに包まれる。そして視線を上げれば目に入るのは、見下ろしてくるルナリアの顔――。
気づけば、アヤトはルナリアに膝枕をされていた。
「これ、手を出したことにはなりませんよね?」
「……まぁ、な。でも、なんでこんなことを……?」
「その、昔、私が怖い夢を見て眠れなかったとき、母がこうしてくれたんです。そうしたら心地よくていつも寝てしまったな、って」
(……確かに、これは悪くないな……)
ルナリアの膝は肉付きが良く、程よい弾力があって寝心地が良い。それに温かさが膝からじんわりと伝わってきて、何だか安心する。
視線を上に向ければ、慈愛の満ちた眼差しでルナリアが頭を撫でてくれる。
「どう、ですかね……? ゆっくりできそうですか?」
「ああ……ただ、これだとルナが寝れないような……」
「私のことはお気になさらず。ほら、このまま横になれば寝れますし」
彼女は後ろのベッドを振り返ってそう笑うと、掌をアヤトの目にそっと乗せた。小さく温かい掌の感触が目元に伝わり、眠気が一気に広がってくる。
(ああ、もう、眠い――)
膝枕の柔らかさ、温かさ、彼女の香りに包まれて一気に思考が闇に呑まれそうだ。
「悪い、ルナ――もう……」
「はい、おやすみなさい。アヤトさん」
優しい声に誘われ、アヤトは辛うじて保っていた意識を手放す。
もう夢を見ずにゆっくりと寝られそうだった。




