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婚約破棄された勇者、戦友の令嬢から溺愛される  作者: アレセイア
第二章

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第10話

ルナリア視点

 膝の上で寝息を立てるアヤト――それを見つめながらルナリアは瞳を潤ませていた。今更顔が熱くなり、胸の奥が高鳴ってくる。


(ああ――本当に大好きです。アヤトさん)


 無防備な寝顔は愛おしさが込み上げる。ルナリアはその気持ちを噛みしめながら、アヤトの頭を撫でる――その感触や膝に掛かる頭の重みがまた愛おしい。

 その寝顔が穏やかであることを確かめると、ルナリアは小さく吐息をこぼす。


(しかし、まさかこんな形でアヤトさんを屋敷に招くことになるなんて)


 その事実は言い知れない喜びがある。だが、彼の心中や境遇を思いやると、何とも複雑な心境だ――彼とは本来、結ばれる運命にはなかった。

 何故なら、アヤトにはクラリッサ殿下という婚約者がいたのだから。


 ルナリアが彼と出会ったのは五年前――彼が婚約する一年前のことだった。

 彼女は父が使用人に手を出した結果、生まれた子であり、歓迎されざる娘だった。辛うじてマーロック家の娘として認知はされたが、それでも妹弟、挙句は父からも冷遇されてきた。一人だけ離れで押し込められて育てられてきた。

 唯一、味方だったのは兄のゲオルグと、彼の息が掛かった使用人だけ。彼らのおかげで、いびられながらも彼女は何とか懸命に生きていくことができた。

 そんな彼女に適性があったのは、魔術だった。検査の結果、潜在的な魔力の保有量が多いことが分かると、父はすぐさまルナリアを士官学院に送り込んだ。そして、そこで訓練を積んだ彼女は卒業後、前線へと送り込まれ。


 そこでアヤト・カンザキと出会ったのである。


『教官から話は聞いている。頼りにしているぞ。マーロック嬢』


 アヤトは軍人らしかぬ礼儀正しさを持ち合わせ、ルナリアに丁寧に接してくれた。だが、家柄を意識しているというわけではなく、あくまで自然体。

 どんな人に対しても彼はきちんと丁寧に接していた。

 一方で戦場に出れば、アヤトは凄まじい気迫を放って戦った。


『行くぞ! 俺が斬り拓く! マーロック嬢、火力を叩き込め!』

『――ッ! 了解……!』


 彼の戦いぶりは苛烈で、無茶苦茶だった。己の命を燃やすようにし、全力で敵に向かっていく。それがどんな敵であろうと臆することはない。

 だがそれは同時に、危なっかしさを秘めていた。


『隊長だけを突っ込ませるな――! 俺たちも行くぞ!』

『ここで踏ん張らねえで、いつ踏ん張るんだ――!』


 それに触発された仲間たちもまた命を燃やすように戦う。一人一人が死力を尽くすことで、魔王軍と互角――いや、それ以上に戦い始める。

 何故、そこまで懸命に戦い抜けるのか、そう不思議に思うくらいに。


 だが、その謎はすぐに解けた。


 ある日、戦いが終わった後、何気なく宿舎の裏に回ってみれば、そこでアヤトは月を眺めながら酒を口にしていた。その近くにはいくつかの盃があった。


(誰かと飲んでいるのかな――?)


 不思議に思いながら少し近づき――それに気づく。

 盃の近くのは数枚の鉄札が置かれていることに。


(――認識票)


 軍人は誰しも認識票を二枚、首から提げている。そして仮にその軍人が戦死した際は、近くにいた戦友がその一枚を切り取り、持ち帰るのだ。

 だからこそ分かる――今日の戦いで、彼の戦友が死んだのだと。


『――ああ、マーロック嬢か』


 気づけばルナリアはアヤトの近くまで歩み寄っていた。彼は振り返ると軽く苦笑いを浮かべ、盃を置いた。その苦笑を見ながらルナリアは訊ねる。


『――亡くなられたのは、親しい方だったのですか?』

『どうだろうな。親しいと言えるほどかは分からないけど。でもまぁ、いい奴だったよ。面倒見が良くて、肉が大好きで、一昨日も串焼きを食っていたか。一緒にバカ騒ぎしたことをすぐに思い出せるよ』


 そう笑った彼は手元の認識票を見やり、切なげに瞳を揺らして吐息をこぼした。その姿にルナリアは気づかされる――彼の真っ直ぐさに。


(この人はどんな相手でも真っ直ぐに向き合い、真剣に接しているんだ)


 だからこそ、親しいとは言えない相手のことも語り、死を悼むことができる。今までに会ったことがないほどに、真っ直ぐな人物だ。

 それに気づいた瞬間、ルナリアの胸がきゅっと締め付けられた。


(きっとこの人や想いや意思もきっと背負い込んでしまう。真っ直ぐだからこそ)


 彼は貴族や騎士でもない。ただの平民出身の兵士だ。それなのにその生き様は気高く眩しく――そして危うい。放っておけなくなってしまいそうだ。

 気づけばルナリアは距離を詰め、その正面に腰を下ろしていた。


『――お付き合いします。アヤト・カンナギ隊長』

『……いいのか?』

『はい――これからもっと長い付き合いになりそうな気がしますし』


 支えたい。一緒にいたい。そう自然とルナリアは思っていた。

 それと同時に――もし、自分が死んだらこの人に悼んでもらいたい、とも思える。こんな風に静かな夜で悼んでくれるなら、死ぬのも悪くないと思ってしまうのだ。


(もしかしたら、貴方もそういう気持ちだったのかもしれませんね)


 視線を認識票に向け、酒が注がれた盃を軽く掲げる。アヤトも盃を掲げると酒を口に運ぶ。それからルナリアを見て笑った。


『なら、覚悟しておけ。これからも過酷な戦場は続く。そう簡単に死なせるつもりはないからな。マーロック嬢』

『望むところです――それと、マーロック嬢は止めてください』


 この人には家の名で呼んでほしくない。呼ばれるのなら――。


『ルナ、で結構ですよ。アヤト隊長』


 亡き母が愛を込めて呼んでくれた愛称がいい。ルナリアがそう思いながら口にすると、分かった、とアヤトは軽く笑い、頷いてみせた。


『これからよろしく頼む。ルナ』


 前線での日々は、苛烈だった。

 訓練とは比にならないほど激しい戦いが繰り広げられ、毎日のように苦しい思いをする。だけど、折れるわけにはいかなかった。

 アヤトは怪我を物ともせず、全力で戦い続けている。

 彼を支えるためにも、ルナリアは全力でそれに食らいついていく。その毎日は苦しくて辛くて――だけど、今までにないくらい充足感があった。


 もちろん満たされることばかりではない。ここは戦場なのだ。


 親しい人たちが悲鳴や断末魔の声を上げた。ルナリア自身も攻撃を受け、ひどい火傷を負ったこともあった――戦友を亡くすこともあった。

 だけど、傍にはアヤトがいてくれた。仲間がいた。

 一人で離れに押し込められていたときとは違う。辛くても苦しくても支え合うことができる。同じ苦しみを共有できる。励まし合うことができる。

 特にアヤトはルナリアの機微も察し、辛いときは常に傍にいてくれて――。

 気づかないうちに、ルナリアはアヤトに惹かれつつあった。


 そんな中、魔王軍と戦い続ける第七軍にて一大作戦が実行されようとしていた。


 当時、第七軍は魔王軍の精強さを前に、防戦を余儀なくされていた。だが、アヤトとルナリアが属する部隊は数々の戦いを経て実力を伸ばし、魔王軍相手にも互角に渡り合える戦力となりつつあった。

 その戦力を見て第七軍の将軍、テオドールは反転攻勢作戦を計画した。


『このまま防戦一方ではじりじりと押し込まれ続ける。魔王軍の侵攻を防ぐためには、逆に我々から攻めることが必要不可欠だ』

『戦線が拮抗している今が好機だ――アヤト、お前たちの力で魔王軍を叩くぞ』


 将軍はそう宣言すると綿密に練られた作戦に従って行動を開始。

 そして、一気に前線を整然と後退させ始めた。

 手薄になった前線に魔王軍は好機と判断し、退いた前線部隊に向けて追撃を仕掛ける。敵主力が一気に王国領に引き込まれ、後方が手薄になる。


 その隙に、アヤトたちを見逃さずに動いた。


 潜伏していた彼らは一瞬で後方に突撃。その突撃力によって後方部隊を一気に突破したのだ。その突破口を見逃さずに第七軍は軍を集中、逆に敵の支配地に浸透したのだ。

 突出した魔王軍はその報に慌てて軍を返すが、彼らを食い止めていた王国軍の前線部隊はそれを逃さない。今度は王国軍が追撃を仕掛ける番だった。

 さらに引き返した敵主力に向かい、間髪入れずにアヤトたちの部隊は反転していた。正面からのアヤトたち、後方からの追撃によって挟撃された魔王軍は壊滅。

 後に『ブリッツ谷の戦い』と呼ばれるこの戦いをきっかけに、王国軍は魔王軍に対して反撃を開始し、支配地域を奪還し始めることになる。


 その立役者のアヤトは王都に呼び出されて表彰されることになり――。

 その日、アヤトとクラリッサの婚約が発表された。

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