第58話
王都に足を踏み入れた第七軍の展開速度は恐るべきものだった。
一瞬にして区画ごとを制圧、暴徒がいた場合は鎮圧していく。かと思えば、わずかな手勢を残してすぐさま別の区画へ。
最前線では時に敵地を占領することもあった。そのノウハウを活かすことで、彼らは迷いなく全てを占領していく。地下に繋がる場所は見つけ次第、封鎖。不安がる王都の民衆には努めて冷静に声掛けをする。
彼らは一瞬にして王都を掌握――そして、瞬く間に王城を包囲していた。
「さすがテオドール将軍、鮮やかなお手並みです」
「賞賛には及ばん。この程度の制圧、容易すぎる」
王城前。アヤトとルナリアはテオドールの一隊と合流していた。
テオドールは何でもなさそうに肩を竦め、腕組みしながら王城を睨む。
「しかし、王城が魔族の手に落ちていたとは、信じられん話だな」
「ミレーヌの素早い判断のおかげで、気づくことができました」
「うむ。こちらでも感じるわ。魔族の匂いがな――洗脳しているようであるな」
「ええ、近衛のほとんどと憲兵の一部が。ただまぁ、戦力的にはそこまでではなかったので、どついて回っていますが」
「アヤトの動きの速さと、第七軍の行動は恐らく想定外だったであろう。気配から見るに、もはや籠城を決め込んでいるようだ」
「援軍のない籠城ほど、無意味なものはないですが――」
アヤトは吐息をこぼすと、テオドールは一つ頷きながら親指で背後を示す。
「無論、警戒は怠っていない。王都の各所は第七軍の兵で固めた」
「地下道も封鎖しています――だよな? ルナ」
「はい、マーク、ミレーヌ、クルス、ニムエにそれぞれ一隊を指揮させて地下道を進ませています。順調に包囲を進めていますので、蟻の穴一匹出る隙間がないかと」
「で、あるか――ならば、もはや是非もないな」
テオドールは吐息をこぼしながら手を挙げる。それを合図に、各隊の隊長が彼の前に集結した。将軍は全員を見渡して低い声を発する。
「現時刻より、魔族に支配された王城の解放作戦を実行する。現状、城内にいる者は全て魔族の洗脳下にあると判断し、発見次第、速やかに拘束せよ。また、魔族を発見した場合は速やかに距離を取り、居場所を報告するように」
はっ、と声を発した隊長たちを見渡し、テオドールは鋭く指示を出していく。
「第一、第二、第三は正面から突入、露払いだ。第四、第五、第六が後詰として進軍。突入部隊が無力化した者たちを拘束、後方輸送せよ。他の部隊は包囲を緩めるな。そして――」
視線がアヤトとルナリアに向く。二人が同時に頷けば、テオドールは不敵に笑う。
「アヤト――思いっきりやってこい。ただし、こんな雑魚相手に怪我するんじゃないぞ」
「大丈夫ですよ。将軍。今日はルナがいてくれます」
「アヤトさんの背中は、任せておいてください」
「ああ、頼んだ――さて」
テオドールは隊長たちに背を向け、王城に向き直る。
その王城をよくよく見れば、周りにうっすらと淡い光の壁が張られているのが分かる。普段は魔族の侵入を防ぐための結界――それが魔族を守るために働いている。
だが、テオドールは眉一つ動かさずに、すらりと腰から剣を抜いた。
「この程度で我らの攻撃を防げると思うたなら――笑止千万」
その剣が紫電を帯び、じりじりと音を立て始める。それを顔の横に構えた彼は鋭く声を告げる。
「全員、持ち場につけ――初撃は受け持つ。結界を破り次第、総員、突入せよ!」
「了解!」
声を揃えて動き出す各隊の隊長たち。その一方でアヤトとルナリアはテオドールの背後についたまま、装備を整える。
その間にもテオドール将軍は剣に魔力を込めていく。濃縮された魔力は背後に立っているアヤトやルナリアにもびりびりと伝わってくるほど。一歩間違えれば、魔力が暴発して辺りが吹き飛ばされそうな出力だ。
だが、将軍は乱れることなく、さらに魔力を注いでくる。
(さすが、長年に渡って第七軍を支えてきた武人――)
アヤトたちが軍に加わったのは、十年前のこと。
彼らが活躍するまで、魔王軍と互角に渡り合ってきたのは、テオドール将軍を始めとした将校たちなのだ。
「今でこそアヤトたちには負けるが、これでも魔族と渡り合ってきた者だ――」
兵たちが将軍の背に集まり、突入の構えを取る。その中でテオドール将軍は不敵に笑いながら魔力の込めた剣を握りしめ、じり、と爪先に重心を寄せる。
そして、臨界点間際で彼は全身の力を込めて吼える。
「初撃くらいは、見栄を張らせてもらおうかッ!」
彼の剣が振り抜かれると同時に、激しい閃光が視界を焼く。迸った電撃の奔流が轟音と共に王城の結界に激突――それが一瞬、拮抗。
直後、ガラスが砕けるような音が響き渡り、砕けた光が舞い散った。
澄んだ残響が響き渡る中、光の残滓が風に乗って宙に舞う――その中で残心を見せて居ていたテオドールは肚の声から響かせる。
「行け! お前たち!」
「応!」
瞬間、アヤトとルナリアは弾かれたように疾駆していた。
すでにテオドールの一撃は王城の門扉までも破壊している。躊躇うことなくアヤトは先頭を切って突入し、ルナリアはその後ろをぴったりついて駆ける。
その二人めがけ、中空から何かが降り注ぐ――無数の矢。
だが、それらは全て迸った光に弾かれた。
「見え見えの出待ち――防げないはずが、ないでしょう――っ!」
ルナリアによる結界だ。それに口角を吊り上げながら、アヤトは剣を抜き放ちながら構える。見据える目の前には槍衾を敷く近衛の兵士たち。
そこにアヤトは全力で駆けながら、剣を担ぐように構えて吼える。
「ぃぃいいぁぁぁああああああああっ!」
甲高い残響を伴いながらアヤトは踏み込むと同時に、剣を袈裟懸けに振り下ろした。
瞬間、魔力を帯びた斬撃が烈風の如く吹き荒れ、一瞬にして目の前の近衛をずたずたにしながら吹き飛ばす。その槍衾が崩れたのを見るや、アヤトとルナリアはその近衛兵の中心に飛び込み、斬り崩しにかかっていった。
◇
アヤトとルナリアが近衛相手に斬り込み、陣形を崩していく。
そこに第七軍が雪崩れ込み、畳みかけていく光景を見ながら、テオドールは大きく肩で息をした。全身からは汗が滲み出てきて、胸の奥はきりきり痛む。魔力が流れた腕は焼けるように筋肉が熱を持っていた。
(――全く、歳には勝てんな)
思わず苦笑いがこぼれる――十年前は大技を何発も連発できたというのに、今やこの一発で身体が悲鳴を上げている。
一方でアヤトは駆けながら平然と魔力を練り、敵を弾き飛ばしていた。
(随分と、調子がいいな――少し前とは大違いだ)
テオドールとアヤトはもう十年以上の付き合いだ。彼が少年兵の頃から指導し、時に従者として傍に置いてきた。まるで息子のような相手である。
だからこそ、その調子は見ているだけでよく分かる。今のアヤトはここ一年の中で一番好調だ。その理由は恐らく、傍に戦うルナリアの存在だろう。
(クルスも、ニムエも、少し役不足だからな)
ルナリアが軍を退いてから、アヤトの相棒を務めたのは主にその二人だった。
二人とも優秀だ。だが、クルスは慎重すぎるところがあり、ニムエは突出し過ぎる傾向がある。それ故にアヤトとは少し噛み合わず、思う存分実力を発揮できなかった。
だが、再びルナリアが共に戦ってみれば、彼は実力を思う存分発揮できている。
アヤトが無防備に突っ込めば、ルナリアは素早くフォローし。
ルナリアが攻撃に移れば、アヤトが踏み止まって注意を引き。
お互いがお互いの動きを意識し、息を合わせながら全力を引き出し合っている。その戦いぶりは見ているだけで心地が良いものだ。
「――前々から思っていましたが、お二人はお似合いですな」
いつの間にか横に並んだ副官がそう称するのを聞き、テオドールは苦笑をこぼした。
「全くだ。お嬢はもちろんのこと、アヤトも活き活きしている――いや、前よりもキレが良くなっているのか?」
「そう、ですね。でも、前よりどこか戦い方に余裕があるような」
二人の視線の先では、いつの間にかアヤトとルナリアが背中合わせで戦っていた。互いに正面の敵に集中し、剣技と魔術が吹き荒れる。
それに手が付けられずにいると、すぐさま他の第七軍の兵たちが畳みかけていき、一人、また一人と捕縛されていく――。
(――というか、あれだけの乱戦で手加減できているのか)
拘束する――つまり、殺すな、という指示を出したのは、テオドールだ。それは普通に戦うよりもはるかに難しい所業だ。
だが、彼らは激しく戦いながらも、致命傷は与えていない。
それどころか、二人は戦いの合間にアイコンタクトを交わし合い、笑い合う余裕さえ見せているのだ――まるで、二人の心の底で通じ合っているかのように。
(アヤトとしても、心境の変化があったのだろうな)
そして、恐らくルナリアにもまた。
テオドールは目を細めながらその光景を見ていたが、やがて彼らが王城内に突入するのを見て息を整える。
「二人ばかりに任せてはいられん。我々も後詰として進もう」
「了解しました――もうひと踏ん張り、ですね」
「うむ、であるな」
テオドール将軍と副官は頷き合うと、一隊を引き連れて王城内へと進んでいく。魔族に支配された王城を解放するために。




