第57話
「――ぁああああぁっ!」
オーロラは目を手で押さえながら苦悶の声を響かせていた。
目の奥――頭の芯がずきずきと痛む。魔術式を強引にねじ切られた影響による、ダメージのフィードバックがオーロラを襲ったのだ。
あまりに重い衝撃に吐き気が込み上げる。それを堪えながらオーロラは必死に乱れた自身の魔力の流れを取り戻す――そうしながら込み上げてくるのは身震いだ。
(一瞬で、私の魔術を破壊した……?)
頭の芯の痛みを堪えながら、オーロラは目を閉じて魔力を集中させる。だが、反応する魔術式はない――完全に魔術式が破壊されてしまっている。
そのことを再確認すると、その身に戦慄が込み上げてくる。
(うそ、でしょ……? 本当に、全部……?)
遠隔視する魔術自体は、難しいものではない。ただ遠ければ遠いほど、また数が多ければ多いほど、その術式の維持が難しくなる。
そのため、オーロラはその補助のためにこの王都の至る所に中継地点を仕込んでいた。そこから術式を行使することで負担を軽減しているのだ。
無論、その術式を仕込むのは容易ではない。気づかれないように慎重にこつこつと、一年間かけて用意した。悟られないように欺瞞の術式も含めて。そうして、苦労して作り上げたオーロラの『目』――。
それをあの女は一瞬にして、全てを破壊してしまったのだ。
(どれだけの魔力、いえ、技量があればそんなこと――)
恐らく補足した『目』を起点に、中継地点を割り出したのだろうが、それを一瞬でやってのける実力に戦慄する。
オーロラは身震いを押し殺しながら魔力を練り直し、遠隔視の術式を展開する。
中継地点を破壊されてしまった以上、もはや精度は期待できないが、今は少しでも情報が欲しい――特に勇者たちの位置を知らねば。
(このまま王城に突っ込まれたらひとたまりもない――)
実際にその戦いぶりを見て実感した。彼らは一人一人が一騎当千の兵だ。魔王軍が敗れてきた理由がようやく身に染みて伝わってくる。
そんな彼らが真っ直ぐにこの王城に突っ込んできたとしたら――?
その可能性に気づいた瞬間、恐怖で身震いが止まらなくなる。それを必死に留めようとしていると、脇に立ち続けていた王が不意に口を開いた。
「オーロラ、異常事態が発生したようだ」
「え、ぇえ? な、なによ」
「耳を澄ませてみよ。鐘の音が響いている」
その言葉にオーロラは耳を澄ませる――確かに遠くから響いてくるのは鐘の音だ。
「これは王都の外に敵が迫っていることを知らせるものだ」
「敵? 敵ならもうすでに王都の中に――」
そう言いかけ、オーロラは思考が止まる――まさか。
彼女は玉座から腰を上げ、神経を研ぎ澄ませて魔力を練り、別方向に遠隔視を発動させる。その場所は王城から離れており、術式を維持するのが難しい。
それでも集中力を保ち続け、汗を滴らせながら魔力を保ち――。
瞬間、城壁の外の光景が目に入った。
猛然と馬を駆り、接近してくる多くの騎馬隊の姿。
その先頭の兵が掲げているのは――第七軍の軍旗。
それを見た瞬間、息が詰まって集中力が乱れ、視界が掻き消える。
息が荒くなり、汗が滴り落ちる。血の気が引いて、気づけばオーロラは玉座に座り込んでしまっていた。
(な、なんで――第七軍がもう、ここに……?)
いつの間にか、遠くで鳴り響いていた鐘の音は静まり返っていた
◆
「念のため、急いだ甲斐がありましたな! 将軍!」
「うむ! まぁ、この程度の行軍は朝飯前であるが!」
王都に続く街道――それを猛然と駆け進む騎馬隊。
その中央にいるテオドール将軍は副官と言葉を交わしながら、馬を駆けさせ続けていた。馬蹄鳴り響き、馬上は激しく揺れる中、彼らは半ば怒鳴るように言葉を交わす。
その二人の視線の先にあるのは、王都の城壁。
その内側から所々で黒煙が立ち上っており、異変を感じさせる。
(本来ならば、日で駆け抜いて国王陛下の度肝を抜かせる作戦であったのだが――まさか、それが王都を救うために繋がるとは)
皮肉なものだ、とテオドールは苦笑をこぼす。
普通の軍隊ならば、最前線から王都へ移動するのにどんなに急いでも七日はかかるだろう。食事や休憩の時間が必要だし、馬も休ませる必要があるからだ。
だが――第七軍は普通ではない。魔王軍との戦いを経た精鋭部隊なのだ。兵はもちろんのこと、馬たちも尋常離れした体力を持っている。
その上で、テオドールはさらに迅速に行動するために工夫を凝らした。
本軍が出立する前に馬を引き連れた先遣隊を放ち、道中に替え馬を用意したのである。これによって兵たちは元気な馬たちに次々と乗り換え、高速移動を可能にした。
これが三日で最前線から王都へ大返しできた理由である。
「勇者殿についていくには、これくらいの荒業はできませんとな!」
「で、あるな!」
テオドールと副官は豪快に笑いを交わし合う。
そう――忘れてはいけない。魔王軍と戦い合ってきたのは勇者一人ではなく、第七軍全体なのだ。無論、勇者たちの戦果がずば抜けていたのは事実だ。
だが、その実力を充分に引き出せたのは、第七軍もまた精鋭であり。
彼らの動きについていけるだけの機動力を、軍全体が有していなければならなかったのだ。
「しかし、まさか王城がすでに魔族の手に陥落していたとは!」
「恐らく、一部の過激派の行動でありましょうが……!」
二人が言葉を交わす間にも王都の城壁は近づいている。激しい馬蹄の音の中でも、王都から響き渡る鐘の音が聞こえ始めていた。
テオドールは素早く手を振り、傍らの副官に笛を吹かせる。その音が鳴り響いた瞬間、先頭を駆ける一部の騎馬隊が一気に加速し、先陣を切り始める。
それを見据えながら、テオドールは左右に声を放った。
「隊を三つに分ける! 第二部隊は西門から、第三部隊は東門から突入せよ! 本体はこのまま南門から突入する! 突入後は散会し、各自、王城を目指せ!」
「了解!」
その声と共に、第七軍は三つに分かれて行動を始める。
テオドールはそのまま先頭に躍り出ると、本体を率いて真っ直ぐに南門へ駆ける。南門の巨大な門扉はゆっくりと閉ざされようとしている。
だが、テオドールは停止の命令を出さない。視線を走らせ、先遣隊の動きを確認。
先遣隊はすでに城壁付近に到達していた。その位置から彼らは一瞬で手からワイヤーを飛ばし、城壁へと引っかける。そして馬から跳躍すると、素早くワイヤーを巻き取って城壁を垂直に駆け上り始めた。
瞬く間に彼らは城壁の上に到達すると、瞬時にそこを制圧して城壁内に姿を晦ませる。
(首尾は上々――!)
テオドールが心の中で称賛していると、門扉の動きがぴたりと止まった。それから逆に門扉が開け放たれていく。
先遣隊が扉の開閉装置を掌握したのだ。
南門は大きく放たれ、あまりにも無防備。城壁からは矢一本も降ってこない。まるで無防備な城壁を見て、テオドールは咆吼を上げて馬を疾駆させ――。
次の瞬間、第七軍は無血で王都内に侵入を果たしていた。




