第56話
オーロラ視点
(混乱が想像以上に広がっていない――っ)
玉座の間にて、オーロラは表情に苛立ちを浮かべていた。
それは奇しくも前まで玉座にあったシグバードが常に勇者に対して抱いていた感情と同じ――想定を一瞬で超えてくることに対する畏れが含んでいる。
彼女の視界の中では、捕えきれないほどの速さで駆けまわる勇者たちの姿があった。
(すでに第五区、第六区、第七区は鎮圧――彼らは他の制圧にも乗り出している)
その動きはあまりに迅速であり、破壊活動や混乱は進んでいない。妨害しようにも彼らの動きが速いために補足するのも困難だ。
唯一、動きが遅い女兵士と巨漢に兵力を集めて攻撃したが、巨漢があまりにも手強くて全て撃退されてしまった。今や手持ちの軍勢は半分まで減っている。
(将軍のためにも少しでも被害を出さねばならないのに――)
オーロラは焦りを押し殺し、視界を切り替えていく。
勇者たちは止まる気配はなく、猛然と鎮圧を続けている。それに加勢するように第七軍や一部の貴族の兵を出し、鎮圧に協力している。
余計なことを、と思いながらオーロラは睨み――ふと目を見開く。
(待って。ということはつまり――)
視界を切り替える。映ったのは第七軍の宿舎だ。そこを見ると守りを固めていた兵が明らかに少なくなっている。それを確認して彼女はほくそ笑んだ。
(バカね。調子に乗って手薄にするからよ)
オーロラは魔術を行使し、第一区から第四区で暴れている一部の近衛に意図を伝える。意図を受けた彼らはすぐに動き始めた。
わずかな兵だけを残し、彼らは物陰に姿を隠した。そして彼らは地下へと潜る。
そこは王都に張り巡らされている地下回廊だ。王都の地下には下水道や上水道の他に、整備用、そして王城から緊急脱出用の地下道が張り巡らされている。
これの管轄は王城――つまり、近衛はこの存在を熟知している。
各地でいきなり出現し、混乱を撒くことができたのは、これのおかげであるのだ。そこへ近衛たちが入り込み、静かに移動していく。
目指す先は第七区――手薄になった第七軍の宿舎付近だ。
(ここで背後を衝けば、混乱は必定ね)
さすがに勇者たちは落ち着いて対応するだろう。だが、今、彼らに加勢している者たちはそうもいかないはず。焦って足並みを乱すはずだ。
そうすれば、付け入る隙も生まれるはず。
オーロラは慎重に視界を巡らせ、勇者たちの動きを見据える。
勇者たちは第四区の制圧に動いており、第七区に注意を払っている様子はない。アヤト、ルナリア、マーク、クルス、ニムエ、ミレーヌ――。
それぞれが戦い続けているのを見て、オーロラは胸を撫でおろす。
(動きを気取られていない――いえ、まだ油断はできないわ)
オーロラは油断しそうになる気を引き締め、視界を切り替えて勇者部隊の動きに注視していく。この策をひっくり返せるとすれば、この勇者部隊だ。
もし彼らが感づいて動こうものなら、すぐに阻止する手を打たねばならない。
彼女はシグバードと違い、すでに彼らの異常な即応能力に気づいていた。
だが――それでも彼女には見落としがあった。
勇者部隊は六人だけじゃない。
もう一人、油断のならない男がいることを。
「――え」
そして、勇者たちの動きを注視していたオーロラはそれに気づくのに遅れた。
地下道を進んでいた彼女の手駒の存在感が、急に消え始めたことに。慌ててオーロラは視界を巡らせていき、地下道の様子を探り――。
思わず、絶句する。
その視界に入ったのは、地下道で崩れるように倒れ伏している近衛兵たちだ。
(う、そ、でしょ……一瞬で、この量の兵を気絶させられるなんて)
無理だ。不可能だ。例え勇者であってもできない芸当だ。
オーロラが目を離した十数秒の間に、百人規模の近衛兵の意識を奪うなんて。
それこそ――毒でも、使わない限り。
戦慄するオーロラは反射的に勇者部隊の姿を探していた。彼らは王都内を駆け回り、すでに第四区の制圧を終えようとしている。
その視界の中でふとルナリアが足を止めて視界を上げ――。
オーロラと、目が合った。
それにぎょっとした瞬間、彼女は呆れたような表情で声を発した。
『バカですね。貴方が見ていることに、私たちが気づいていないとでも?』
背筋が凍り付く――ようやく、オーロラは自覚していた。
オーロラの会心の策は読まれていた。その上で罠に掛けられていたのだと。
◆
『ルナリアちゃん、やってきた愚か者共は全部、失神させてやったわい』
王都内の暴徒鎮圧を続けていたルナリアはその言葉にひっそりと吐息をこぼした。そして、隣を駆けるアヤトに対して親指を立てて見せる。
アヤトは不敵に笑いながら頷き、前に向かって駆けた。正面で店舗を打ち壊していた近衛の後頭部を蹴って気絶させ、次の敵に向かっていく。
それを視線で追いかけながら、ルナリアはギリアスに念話を飛ばす。
『――規模はどれくらいですか?』
『ルナリアちゃんの読み通り、百ちょいというところかの。しかし、よく地下から来ると読んだのぅ。外していたら大変じゃったぞ?』
『そうなるように、手を打っただけですけどね』
ルナリアがやったことは簡単――後方を手薄にする、それだけだ。
暴動が前触れもなく、各地で同時多発的に起きたことやルナリアを的確に狙ったことから、彼らが地下道を使っていることや全体を見て指揮している者がいることは理解していた。それに見せつけるように、第七軍には兵を動かしてもらった。
そしてその人の動きに紛れるように、ギリアスを動かして第七軍の宿舎近くの地下道で待ち伏せさせたのだ。
(狭い地下道なら、毒や罠は避けられません。ギリアス翁の独壇場になるとは思いましたが)
果たしてその通りか、ものの数秒であっさりとギリアスは敵を制圧してしまった。その手腕から恐らく、毒か何かを使ったのだろうが――。
『確認ですけど、変な毒は使っていないですよね? 万が一、上水道に毒が交じったとしたら大変ですから』
『もちろんだわい。使った毒は意識を奪う程度のもので、気化しやすいものじゃ。気化した後、大気に触れれば活性はすぐに失われる調合での。まぁ、あと少ししたら地下道も安全になるわい』
『また便利な毒を使いましたね。さすが猛毒翁』
『ふふ、久々に毒を撒き散らせて満足じゃ』
ご満悦そうなギリアスの声にルナリアは引きつった笑みをこぼす――正直、勇者部隊に所属する者は大なり小なりおかしいところがあるが、ギリアスはずば抜けている気がする。
(まぁ――第七軍の中でも最古参ですからねぇ)
アヤトから聞いたところだと、元々彼は猟師だったらしいが、魔王軍の侵攻が始まった頃に軍に加わり、さまざまな戦場を経験してきたとか。
その過程でいろいろなことがあったのは、想像に難くない。
もしかしたら――大事な戦友を奪われ続けたかもしれない。
(私もアヤトさんを失ったら、もしかしたら――)
ずきり、と胸が痛む。それをごまかすように視線を空へ向けた。
さすがにもう分かっている。どこに『目』があるかは。
そこに向かってルナリアはため息をこぼしながら告げた。
「バカですね。貴方が見ていることに、私たちが気づいていないとでも?」
瞬間、中空にあった魔力の気配が乱れる。ルナリアは目を細めると、手を伸ばして魔力を放つ。その『目』に魔力を浸透させ、魔術式のコントロールを制圧。
(他愛もない――これでもう何も見えませんね)
ルナリアは魔力を捻るように動かし、魔術式を破壊する。
それだけで至る所で何かが壊れる魔力波が伝わってくる――全ての『目』を潰せたのだ。アヤトもそれに気づいたのか、駆け戻ってきて告げる。
「終わったか」
「はい、見ていた『目』は潰しました。これ以上、情報をくれてやる道理はありません」
ルナリアは吐息をこぼすと、視線を王都郊外の方に向けて目を細めた。
目に入ったのは、立ち上る一本の狼煙。それを見てルナリアは告げる。
「そろそろ――幕引きと行きましょう。アヤトさん」




