第55話
アヤトたちは乱れる王都内を疾駆していた。
至る所で煙の匂いが立ち込め、悲鳴が木霊する。王都の人たちは想定すらしていなかった騒動に逃げ惑うしかない。その混乱の中を駆けるのは困難。
どこに暴徒がいるかも特定するのは至難の業だ。
――普通の、兵士であるならば。
『アヤトさん、次の通りを右に!』
念話が頭に響き渡る。その声に従い、アヤトは逃げ惑う民衆を飛び越え、民家の壁を蹴って路地裏に入る。そこに目に入ったのは家屋を打ち壊す二人の近衛兵の姿。
アヤトは馳せ違いざま、回し蹴りを一人の腹部に叩き込み、もう一人の首筋に容赦なく手刀を振り下ろした。完全に意識を刈り取ったのを確認し、再び駆け出す。
『アヤトさんはそのまま直進――クルス、そこを左です。ニムエ、挟み込んで!』
矢継ぎ早のルナリアの指示を聞きながら、アヤトは疾駆。慌てる住民の傍をすり抜け、壁を蹴り、勢いを殺さずに駆け続け。
目の前に現れた近衛兵を見るや、勢いを載せた拳で殴り、昏倒させる。
『アヤトさん、そのまま左の建物を飛び越えてその横の通りに! 要救助者三名が、燃えた建物内に孤立しています!』
(了解――!)
地を蹴って目の前の近衛兵の頭を踏み台にし、蹴り飛ばして跳躍。左の建物にひらりと登り、その隣の通りに視線を向ける。
目に入ったのは、煙と炎が上がっている一軒の建物。アヤトは瞬時にそこへ駆けつけながら、腰に佩いた剣に手を掛ける。
「誰が! 中に妻と子供がいるんだ――!」
男が玄関口で叫んでいる横を駆け抜け、アヤトは炎の中に飛び込む。魔力を全身から放ちながら炎を防御し、神経を研ぎ澄ませて生存者の気配を探る。
(――いたっ!)
建物奥に女性と二人の子がいる。倒れた柱に足を押しつぶされた女性を、子供たちが懸命に救い出そうとしているのだ。アヤトはそこに駆け込むと、一瞬で剣を抜いた。
居合一閃。倒れていた柱に白閃が迸り、ばらばらに砕け散る。
その直後には女性を担ぎ、子供を小脇に抱えてアヤトは駆け出していた。抜いた剣を再び一閃して壁をぶち抜き、外へと飛び出す。
「り、リンダ――大丈夫か!」
「え、あ――あんた、一体――」
建物に飛び込んだと思えば、一瞬にして妻子を担ぎ出してきたアヤト。その姿に男たちは瞠目する中、アヤトは女性と子供を引き渡すと、素早くルナリアに念話を飛ばした。
(次だ、ルナ――!)
『すぐに北上してください! 第七区は立て直した第七軍に任せます!』
(了解!)
その声に迷いなく従い、アヤトは地を蹴って猛然と駆け出す。その勢いは風を巻き起こし、逃げ惑う人もその視界に捉えられないほど。
一瞬にしてアヤトは次の区画――第六区に侵入。商店が広がる区画は近衛が多く侵入、それに生じた暴徒も暴れているようだ。
どこから手を付ければいいかわからない有様――だが。
『ニムエ、そのまま直進して先にいる暴漢を排除。クルスは区画境を迂回し、劇場通りから進んでください! 劇場前に近衛たちが暴れています! アヤトさんは目抜き通りに! 片っ端からぶちのめしてください!』
(了解――っ!)
ルナリアの指示は淀みがない。
彼女は全力で探知魔術を行使し、敵と要救助者を探知。それを素早く頭の中で整理して、的確に指示を飛ばしているのだ。
その指示を受けるのは、六人の中で機動力が優れたアヤト、クルス、ニムエ。彼らは目にも留まらぬ速度で駆け、目の前の敵を排除し続けていく――。
◆
(さすがアヤトさんたち、凄まじい速度で片付けていきますね――)
少し離れた位置で王都内を疾駆するルナリアは、探知魔術を全開で周囲に放ちながら舌を巻く。すでに第七区の暴徒は鎮圧、次の第六区の鎮圧に乗り出していた。
一番の速度を持つ最高戦力、アヤトは一番暴徒が暴れている目抜き通りへ。
嗅覚や聴覚で機敏に立ち回れるクルスは逃げ惑う人が多い劇場通りに。彼の器用さなら的確に敵を無力化できるはずだ。
そして、アヤトと同等の機動力を持つニムエは遊撃に専念。こまめに指示を出して敵を一つ一つ潰していく。同時にルナリアは要救助者も割り出し、後方に指示を出す。
『第七軍、応援願います。劇場通りに負傷者数名、対応をお願いします』
『了解した。こちらは余裕がある。援護に回れるが』
『ありがたいです。できれば、制圧した賊たちを回収していただけると』
敵は全て現状、気絶させた後は放置している。住民たちに捕縛を任せているが、万が一ということもあり得る。支援を要請しながら、ふと周りの反応が変わったことを感じる。
(これは――こちらに向かって、かなりの数が向かっていますね)
アヤトたちの動きを止めるべく、妨害の手を送り込んできたようだ。
ここでルナリアの方を狙うのは、敵ながら見事。それはすなわち、ルナリアがアヤトたちの動きを指揮していると看破したからだろう。
(まぁ、止められそうなところを止めに来た、という線もあり得ますが)
ルナリアはちら、と後ろを振り返って立ち止まり、声を掛ける。
「出番ですよ。マーク――敵さんが向かってきています」
その声に応じ、背後で足音を鳴らしながら駆けてきた巨漢――マークが目を爛々に輝かせた。ルナリアがその後ろに隠れると、マークが唸り声を上げる。
「ん、分かった。俺、お嬢、守る……!」
その声と共に、敵の魔力の反応が近づく。その数は――三十。
(かなりの数を割いたようですが――侮られたものですね)
ルナリアは苦笑いを浮かべながら探知に専念――迎撃には思考を割かない。
何故なら、三十人程度、彼の敵ではないのだから。
「おおおおおおおおおお!」
通りの前方から駆けてきた近衛兵たち。それを見てマークは咆吼を轟かせて丸太のような腕を振るった。それだけで無造作に吹き飛ばされる敵。
だが、数人の敵は瞬時に二手に分かれ、両脇からマークに飛び掛かり。
それを一閃された拳が瞬時に弾き飛ばした。マークはそのまま返す拳で別の敵も弾き飛ばす。その目は次の敵を見据え、唸り声を上げている。
そこへ敵が四方から一気に迫り、刃を突き立てようとする。彼の拳が瞬時に二人を打ち倒すが、さすがに捌き切れずに刃が突き立ち――。
直後、その刃が弾かれたように火花を散らした。
それに体勢を崩す敵。瞬間、マークの回し蹴りが直撃し、小石のように軽々と敵兵の身体が宙を舞った。マークは拳を下ろして、ふん、と鼻を鳴らす。
「弱い、な」
「まぁ――マークが強すぎますからねぇ」
ルナリアは苦笑し、急ぎましょう、とマークの腰を叩く。マークは頷いて豪快に再び駆け出す。その身体は刃が突き立ったはずなのに、掠り傷すらない。
それは、彼の強靭な身体であるためだ。
彼は魔族と人間の間に生まれたハーフであり、それ故に人間離れした巨躯を持っていた。その見た目から幼い頃から村人から迫害を受けてきたという。そのため、同じく村で爪弾きにされた仲間と山で暮らしていた。
だが、その仲間とのささやかな暮らしも魔王軍の侵攻で壊されてしまう。マークは一人で焼けた山を彷徨い、お腹を空かせ――。
そして、まだ少年兵だったアヤトと出会ったらしい。
「俺、アヤトの親友――だから、全力で戦う……!」
二人の間でどんな風なやり取りがあり、軍に所属することになったのかは、詳しく聞いたことがない。だが、吼えるマークの戦いぶりからはアヤトへの想いが溢れている。
(アヤトさんは、人の見た目で見下したりしませんからね――)
どんな相手でも言葉を交わし、理解しようとする真っ直ぐさ。
それがアヤトの魅力の一つなのだから――。
「おおおおおおおおおおお!」
立ちはだかる敵をマークは拳で弾き飛ばし、足で蹴り飛ばす。その動きは荒々しく隙だらけ――だが、巨躯から放たれる一撃、一撃は猛威であり。
その頑丈な身体は生半可な攻撃を受けつけない。当然だ、魔王軍の攻撃を受け止めてきたタンク役の戦士なのである。洗脳された兵士程度では相手にならない。
おかげで、ルナリアは意識を集中させ、指揮に専念できる。
『劇場通り、制圧完了です!』
『クルス、そのまま西の通りに向かってください。そちらに新手がいます!』
『こちらニムエ、こちらも制圧完了。急に暴徒の数が減ったように感じるのだけど』
『お疲れ様です。こちらの方に流れて来たようですね――マークがまとめて相手しているので、ニムエはクルスと合流して一気に西側をクリアにしてください』
『目抜き通りも抑えた! ルナ、次は――!』
『私たちと合流してください! マークだけでも大丈夫ですが、早く片付けたいので!』
念話が飛び交い、探知魔術に引っかかる敵性反応が消えていく。それを感じ取っていると、ひらりと傍に一人の女性――ミレーヌが着地して並走する
「偵察が終わったわ。ルナリア」
「ありがとうございます。どうでしたか?」
ミレーヌにはより広範囲の偵察をお願いしていた。多数の鳥を使役できるミレーヌならば、広範囲かつ上空からの情報を得ることができる。
はたして彼女は真剣な表情で言葉を続ける。
「敵の動きは規則性があったわ。住宅区はゲリラ的に無作為に襲っているけど、商業区や工業区は主要な施設を襲っている。それも警備が手薄な場所を狙って」
「なるほど、やりますね」
ルナリアは目を細める――その情報は値千金だった。
(相手はそれなりに知恵が回りますね。そして、リアルタイムで王都内の情報を的確に得ており、洗脳した兵士たちを操れるということ)
ルナリアやマークに兵力を集中させることができたのが、何よりの証左だ。恐らく、この魔族は何らかの術式でルナリアやアヤトの動きを見て、手下に指示を出しているのだ。
であれば、それを逆手に取ることは難しくない。
それを伝えようとした瞬間、マークが一層唸り声を上げて足を止めた。ルナリアとミレーヌも足を止めると、目の前の光景に気づく。
進路を阻むようにずらりと並んだ兵たち。その兵たちは杖を手にし、純白のマントをなびかせている――近衛の魔術師部隊だ。
マークは物理に強い反面、魔術には弱い。咄嗟にルナリアが前に進み出て結界を張ろうとし――。
瞬間、白い閃光が迸った。
それと同時に崩れ倒れていく魔術師たち――その中で立っていたのは、一人の青年だった。鞘に納めた剣を担ぎながら、不敵な顔で笑っている。
「お疲れ、マーク。手助けは不要だったか?」
「いや。助かった。アヤト」
アヤトとマークは手を挙げてハイタッチを交わす。それにルナリアはほっと吐息をこぼしてから、表情を引き締めて告げる。
「丁度良かったです。アヤトさんに皆さん――策があります」




