第53話
王城、陥落――。
その報告をミレーヌから聞いた瞬間、アヤトは一瞬にして思考を切り替え、その場にいた面々に鋭く指示を出した。
「ルナ、貴族方面に緊急の指示だ。用件は――」
「魔族の件は伏せます。即応できるように指示を辺境伯、公爵たちに」
ルナリアはすぐに意図を汲んでいた。アヤトは頷くと、次にミレーヌに視線を向ける。
「動けるか」
「すぐにでも」
「第七軍に鳥を出せ。王城、魔族の手に陥落。それだけで伝わる」
「了解!」
汗も引かず息も整いきっていない。だが、すぐにミレーヌは動いてくれた。アヤトはすぐに振り返り、ギリアスを見て告げる。
「ギリアスはマーロック家と連携して防備を固めるように」
「了解じゃ。どこまで言って良いものかの」
「ゲオルグ殿には全て。それ以外には最低限の情報のみだ」
「うむ――これは急がんとな」
ギリアスも珍しく真剣な顔つきを見せ、執務室に向かって足を速める。アヤトは残った使用人たちを見渡し、床に寝るクラリッサを示した。
「女性だけで、この方を部屋に。絶対に丁重に扱うように――いいな?」
「は、はい――みんな、手を貸して」
使用人たちは力を合わせ、クラリッサを丁重に、慎重に運んでいく。それを見届けて一息つくと、アヤトはぐっと奥歯を噛みしめた。
(王城が魔族の手に渡ったとは――にわかに信じられないが)
結界に包まれた王城はこの王都で一番、守備が固いといっても過言ではない。本来、魔族の侵入を許すこと自体あり得ないのだ。
だが、ミレーヌの言葉を疑うつもりはない――それは真実なのだ。
ならば今は何故を考えるよりも、これからの動きを考えなければならない。
(考えろ、考えろ――魔族が王城を掌握したのは確定事項として)
次は魔族がどういう手を打ってくるか。
恐らくすでに王城が陥落していた、ということは、魔族が潜伏したのは恐らく昨日今日の話ではない。少なくとも第七軍が動き始めた頃――。
(近衛の兵が減ったタイミングか)
アヤトは舌打ちをこぼしてしまう。恐らく近衛が一気に去ったために結界を維持する者もいなくなり、綻びが生じたのだろう。だが、まさかそこまで防備が手薄になるとは。
魔族はそこから王城を秘密裏に掌握していく。クラリッサはどうにかして支配から逃れていたが、今日ついに囚われそうになり、そこにミレーヌが駆けつけた、と考えられる。つまり、今日この時点を以て、魔族は王城の全てを掌握せしめた。
王も、近衛も、全て魔族の掌中にあり、事実上の敵対。
そして――この情報が勇者に知られた、ということも、魔族は把握している。
であれば、魔族はもう躊躇わず、先手を取るために動いてくるはず――。
「た、隊長――っ!」
直後、玄関ホールにクルスが駆けてきた。息を切らしながら彼は外の方を指さし、慌てた声で上げる。
「王都内に魔力と煙の臭いが――魔族の臭いも!」
「始めたか。くそっ、やっぱり動きが速い……!」
攻められる前に攻めるのは、戦闘の常套手段だ。それにこちらの陣営はまだ魔族が侵入したこと、王城が陥落したことも知らない。
恐らく――近衛たちが洗脳され、敵に回っていることも。
「――この状況だと憲兵は使い物にならないか」
憲兵は近衛直轄の部隊だ。近衛が動いているのを見たら、その指示を仰ぐはず――その無防備な憲兵を殺すのはたやすいはず。最悪の場合、洗脳されて敵に寝返るのがオチだ。
「クルス、臭いの箇所は?」
「わ、分かりません、少なくとも一か所や二か所ではなく、多数――至る所で悲鳴も聞こえ始めました。このままだと、王都全体が――」
クルスの切羽詰まった声にアヤトは焦りを押し殺す。
(敵は近衛の大半、憲兵は使い物にならない。辺境伯たちも最小限の兵しか手元に持っていないだろう。そうなれば――)
戦えるのは第七軍の留守居部隊と――アヤトたち勇者部隊だけ。
そう判断した瞬間、思考が一瞬にして再び切り替わっていく。前線に立つ者として、戦人としての思考へと。
「――クルス、戦闘準備だ」
低い声で告げた瞬間、クルスの顔つきも切り替わっていく。動揺、戸惑い、焦り――全てが消え去り、一人の戦士として鋭い顔つきを見せた。
「了解しました。すぐに支度します」
駆け去っていくクルスを見届けてから、アヤトは大きく息を吸い込んでから吼える。
「マーク!」
その声が玄関ホール内に響き渡り、残響が消え――しばらくして豪快な足音を立て、巨漢が荒々しく玄関ホールに姿を現した。
(さすがだな――マーク。どこにいても呼べば来てくれる)
聴覚に関しては実はマークの方が鋭い一面がある。戦場の乱戦の最中でも、彼の名を一声呼べば飛んできてくれるのだ。
彼はアヤトを見ると、膝をついて軽く頷いた。
「アヤト、呼んだ」
「ああ、戦いになる」
「分かった――俺も、戦う」
「頼りにしている」
マークと言葉を交わしていると、ルナリア、ミレーヌも次々と玄関ホールに戻って来た。アヤトとマークが揃って立っているのを見て、二人は目を細める。
「戦うのね。隊長」
「そうなるでしょうね――久々ですね、この部隊で戦うのも」
「ああ、まぁ、ギリアスはいつも通りお留守番になるだろうが」
「お待たせしました!」
クルスが最後に玄関ホールに飛び込む。その胸当てや籠手、額当てなどをつけた完全防備体勢だ。担いできたマークの鎧を下ろすと、マークは素早くそれを装着し始める。
その面々を見渡し、アヤトは声を張り上げる。
「知っての通り、王城は魔族の手に落ち、今、魔族は洗脳した近衛たちを使い、王都に攻撃をし始めたと考えられる。場所は複数、同時多発の市街地ゲリラ戦だ。これに対し、憲兵の治安維持は期待できない。寝返る可能性もある」
アヤトは簡潔に状況をまとめ、故に、と言葉を続けて命を下す。
「我々だけで、王都全ての敵を撃滅――壊滅させる」
アヤトは言いながら内心で苦笑する。
今、ここにいるのは五人。あとでニムエが合流するにしても六人――それに対して敵は恐らく五百以上、かつ、複数地点で暴れている。
王都の面積も広い。人口も多い。駆け回るだけでも困難――。
ましてや完全に撃滅するなど、不可能に近い所業だろう。
通常の、部隊なら。
「ま、それしかないですよね」
「大返しや陽動作戦に比べれば、楽勝よ」
「俺、頑張る」
「命令ならば最善を尽くします」
その難行を前に、勇者部隊の面々は気負いもなく、あっさりと頷いてみせる。第七軍宿舎が襲われたとき、焦っていたというクルスでさえ、平然としながらマークの鎧の装着を淀みなく手伝っているのだ。
その頼もしさには思わず笑ってしまうしかない。
(ま、確かにいろんな作戦よりは楽だな)
市街地よりも大変な戦場を、アヤトたちは駆け抜けてきたのだ。ルナリアもにこりと微笑み、不敵な瞳の眼光で告げる。
「例え火の中、水の中、草の中、森の中、山の中――いろんなところも駆けてきましたからね。ギリアスさん曰く、あと行っていないのは雲の中と、あの子のスカートの中とか」
「ああ、そんなくだらないことを言っていたな」
軽口を叩き合いながら、アヤトは思考を軽く巡らせて告げる。
「まずは第七軍の宿舎に寄って、ニムエを拾ってから行動開始――」
「それは不要です。隊長さん」
その言葉と同時に、ひらりと一人の少女が玄関ホールに入り込んできた。すっかり戦闘装備を整えたニムエの姿に全員が苦笑をこぼす。
「用意が良いな。ニムエ」
「戦闘の臭いを感じた時点で、合流を急いだ方がいいと思いまして。独断だったことは謝罪いたしますが」
「いいや、ナイスタイミングだ――そうだよな、マーク」
「ん、ばっちりだ」
鎧の装着を終えたマークが立ち上がる。鎧を身に纏った巨漢はさすがに威圧感がある。頼もしい姿を見てアヤトは頷きながら告げる。
「それじゃあ――始めようか。みんな」
気負いもなく、ただ自然体で不敵に笑う。
「仕事の時間だ」




