第52話
(――やっぱり、もうすでに王城内は……)
ミレーヌは廊下を駆けながら、向かってきた兵士に向かって弓を構えた。素早く矢をつがえて矢を放つ――真っ直ぐ駆けた矢は兵士の足を貫いた。
だが、その兵士は悲鳴一つあげず、その場で膝を折るだけ。
それどころか、その足を引きずりようにミレーヌに向かってくる。それをひらりとすり抜けるようにミレーヌは駆け抜けながら舌打ちをこぼす。
(厄介ね――催眠で痛覚が鈍っているのね)
ミレーヌが隠密を捨てて駆け出してから、すぐに兵士たちが向かってきた。最初はそれを殴って気絶させようとしていたが、あまりにタフなので方針を変換。
通りかかった武器庫にあった弓矢を使い、足止めする形を取っていた。
(さすがに殺すわけにもいかないし――)
声を掛け合うこともせず、兵士たちが廊下の向こうから駆けてくる。その顔は全員虚ろであり、無表情――まるで亡者の群れのように不気味だ。
以前、この手の戦い方をしてくる魔族と前線で戦ったことがある。
いつの間にか後方の拠点に浸透し、兵たちを洗脳して後ろから襲わせるのだ。最初の頃は対策方法がなく、前線はずるずる後退を余儀なくされた。
今は魔力による抵抗手段が見つかり、また対魔族の結界などで対策されている。王城などは本来ならガチガチに固めてあるはずなのだが――。
(そもそも、なんで魔族が一体、王城に……っ!)
魔王軍との戦闘は本来ならすでにもう起こるはずがないというのに。
ミレーヌは頭の片隅で激しく思考を巡らせながらも、身体は的確に動いている。物陰から物陰に身体を隠すように移動しながら弓矢を放ち、一人、また一人と足を射抜く。
矢は兵士の足に突き刺さるだけでなく、貫通して背後にある壁や柱に突き刺さり、兵士たちをその場に縫い付けて身動きを封じる。だが、次々と兵が現れてきてキリがない。
(――仕方ないわね、あまり得意じゃないけど――)
視線を走らせ、一室に飛び込む。すぐに内鍵をつけると、すぐさま扉が乱暴に殴られる音が響き渡る。ミレーヌが一息つく間にも、悲鳴は響き渡り続けている。
だが、裏を返せば、それはまだ無事だということ。
声の方向はここから上階部だ。扉に重たいものがぶつかる音が響き渡る中、ミレーヌは冷静に部屋の窓を開き、身を乗り出して外を見る。
城の外壁はレンガ造り。取っ掛かりが少ないので、這い上るのは大変そうだが。
(私には頼もしい味方がいる――)
視線を頭上に向ければ、数匹の鳥が外壁の飾りにロープを運んでいるところだった。嘴や爪で括りつけているところだった。すぐに垂れてきたロープをミレーヌは掴み、それで一気に外壁を這い上っていく。
数瞬後、真下で扉が破られる音が響き渡るが、その頃にはすでにミレーヌは充分な距離を登っていた。そうしながら鳥たちに案内され、悲鳴が聞こえる女性の部屋を目指す。
悲鳴が近づき、大きくなってくる。だが、ミレーヌは焦らずに確実に登る。
(焦らないでいい。確実に助けることが大事、慎重に――)
励ますように周囲の鳥たちが鳴いてくれる。それに励まされ、ミレーヌは一気にロープを登って一つの窓の横に取り付いた。そこから慎重に部屋を覗き込み、中を見る。
部屋は瀟洒な造りになっていた。天蓋つきのベッドや絵画など見るからに高貴な誰かが暮らしているのが分かる――だが、その部屋は風変りしていた。
扉の前には棚や箪笥が置かれ、侵入者を阻むように乱雑に積み重ねられている。その扉は何度も重たいものがぶつかる音が響き渡り、今にも破られそうだ。
そして――その部屋の主は、部屋の隅に縮こまり、耳を塞いで震えていた。ドレスに身を包み、頭をかき乱したのか、綺麗な金髪は乱れてしまっている。ミレーヌは目を細めると、窓を軽く叩いて合図を送る。
びくりとその少女は身を震わせて顔を上げ、顔面を蒼白にする。だが、ミレーヌが軽く手を振って見せれば、息を呑んで立ち上がって駆けてくる。
窓を開けた彼女に、ミレーヌは早口に訊ねる。
「襲われているのよね?」
「え、ええ――」
「なら、助ける。入るわよ」
ミレーヌはそう言い放ちながら、少女を押しのけて中に入った。短刀を抜いてロープを切り、手早く部屋の中へ巻き取っていく。
その様子に少女はまごつきながら、視線を彷徨わせている。
「えっと、貴方は一体――」
「私はミレーヌ。勇者の部下、と言って分かるかしら」
そう言ってから、しまった、とミレーヌは軽く口を噤んだ。
勇者は救世主の代名詞――だが、この王城にいる者からすれば、王を狙っている簒奪者と捉えかねない。果たして、少女は息を呑んで固まってしまう。
だが、小さく吐息をこぼしながら苦笑を滲ませた。
「――私はあの方に手ひどいことをしたというのに、未だに手を差し伸べてくださるのですね」
(――え?)
その言葉に引っかかりを覚える。改めて振り返ればその金髪は見事であり、澄んだ碧眼もまた美しい――その特徴は王家のものだと気づかされる。
「貴方は、もしかして――」
そう言いかけた瞬間、扉が大きな音を立てて揺れた。視線を向ければ、扉が外から外され、兵士が乗り込もうと障害物を退かし始めている。
もう一刻の猶予もならない。一瞬で判断すると、ミレーヌは手に取ったロープを少女の胴に回し、それから彼女に背を向けて鋭く叫んだ。
「負ぶるから、私の背中に寄りかかって!」
「え、ええ!」
すぐに彼女はミレーヌの背に身体を預ける。ミレーヌはロープを手早く動かし、自分の身体と少女の身体を密着するように結ぶ。
背負い結び。傷病者を運ぶときに重宝した結び方だ。
それから彼女は腰のポーチから布の塊を出しつつ、窓枠に足を掛けて外に身を乗り出す。
「え、まさか、外に――っ」
「その、まさか」
風向き、方角を素早く確認。その間に少女が悲鳴染みた声を滲ませる。
「正気の沙汰じゃないですっ、他の手段は――」
「四の五の言わない――アヤト隊長はこれくらい笑ってやってのけた。そうじゃないと、あの戦場では生き延びられなかったのだから」
ぴしゃりと言い放つと、少女はぐっと押し黙った。その彼女の背を腿を軽く叩くと、ミレーヌは励ますように告げる。
「つらいなら目を瞑る。でも叫ばないでよ、手元が狂うから――行くわよ」
そして、ミレーヌは地を蹴って宙を舞った。直後、背後で物が崩れる音が響き渡るが、それはすぐに風を切る音でかき消された。
瞬時に彼女は手に持っていた布の塊――その紐を引っ張って開放する。
大きな布が風を孕んで開いた。その紐を両手で掴みながら角度を調整。大きく落下速度を弱めながら、少女を背負ったミレーヌは滑空する。
「~~~~っ!」
少女が悲鳴を押し殺す気配を感じながら、前を睨んだミレーヌはぐっと奥歯を噛みしめる。着地はできる――だけど、飛距離が足りない。
重すぎるのだ。このままだと、城壁を超えられない――。
彼女、一人だけでは。
「――みんなっ!」
ミレーヌは鋭く叫んだ瞬間、背後から羽ばたきが一斉に近づいてきた。鳥の群れが一斉にミレーヌの落下傘の周りに群がり、爪で掴んで助けてくれる。
落下が弱まり、前方へと推進力が増す。その鳥に囲まれるようにして、ミレーヌは城壁を掠めるように飛び越える。王都の住民の注目を集める中、ミレーヌは滑るように地面に着地すると、素早く落下傘を切り離した。
素早く口笛を吹いてから、ミレーヌは少女に声を掛ける。
「大丈夫――?」
反応はない。だが、呼吸はある。どうやら気絶してしまったらしい。
(本当ならすぐに確かめたかったけど――)
だが、ミレーヌの直感が告げていた。この背負っている彼女は恐らくやんごとなき身分――十中八九、クラリッサ王女殿下である、と。
そうであれば、自分の隊長を悲しませ、苦しめてきた人物になる。
複雑な心中を抱えながら、口笛に応じて駆けてきた軍馬を招き寄せ、少女を担いだままひらりと馬に跨り、鞭を打って駆け出す。
もはや、ここまで来れば迷うわけにはいかなかった。
(王女殿下のことは別にしても――もう、私の手に負えないわ)
何せ、王城が魔族の手に陥落しているのだから。




