第47話
「――阿呆ね」
「全くじゃな」
「この国の貴族は本当に救いようがありません」
キリルハイム公爵がマーロック屋敷を後にした数刻後。
屋敷に集まった勇者部隊の仲間たちは事の次第を聞くと、呆れた声をこぼしていた。マークとキリルは何も言わなかったものの、二人とも微妙な顔つきをしている。
「身勝手に婚約破棄した女とヨリを戻せ、ってことじゃろ? 政略結婚だとはいえ、常識的に考えて言えんわい。そんなこと」
「同情するわ。隊長――もうこの国、壊した方がマシになるんじゃないかしら」
「私も同感です。しかも言うに事を欠いて『戦友という立場でしかない』と抜かすとは。一度、首根っこを掴んで前線まで運んだらいいんじゃないですか」
ギリアス、ミレーヌ、ニムエは辛辣なことを容赦なく言う。その言葉の数々に思わずアヤトはどこか胸の内が軽くなる。隣にいるルナリアも小さく苦笑を見せる余裕を取り戻していた。
「皆さん、辛辣ですね――でも、ありがとうございます」
「なんの、当たり前のことを言っておるだけじゃよ。ルナリアちゃん。しかし、なんでこう無神経なことをできるかの? 王家にしても、貴族にしても」
「まぁ、価値観の違い、であるな」
そう告げたのは勇者部隊と共に屋敷に来てくれたテオドール将軍だった。彼は苦笑を浮かべながら腕を組んで告げる。
「王族、貴族は国や家の繁栄を重視し、個人の意思は二の次であることが多い。仲間を重視する我々とは相容れない部分もあるだろうな」
「当たり前ね。誰かを犠牲にして繫栄したところで、大切なその人が笑っていなければ意味ないじゃないの」
ミレーヌの言葉が全員の価値観を代弁していた。それに全員が頷き合ったところで、それで、とギリアスはアヤトに視線を向ける。
「隊長殿はどうするつもりかの? 儂たちは無論、それに従うつもりじゃが」
「その意見は、第七軍を率いる身としても聞いておきたいところだな」
ギリアスとテオドールの言葉にアヤトは一つ吐息をこぼし、全員を見渡す。
「ひとまず現王による体制を転換させる。それは決定事項だ――将軍、近衛に襲撃されたことは第四軍たちに伝わっていますよね?」
「無論。これには各将軍も怒りを隠せていない。すぐに動ける、とまで言っていただいている。この動きに内地の第二軍、第三軍は中立を標榜している」
「ありがたい限りです。ルナ、他の貴族の動向は――」
「公爵家からの情報があったように、市井で動揺が広がり、現体制派の貴族はすでに王家から距離を置きつつあるようです。対して、アヤトさんの支持を表明する貴族たちは声を上げ、その数は日に日に増しています。兄上の元にはお近づきの使者や書状が舞い込んで、てんてこ舞いのようですね」
実家のことなのに他人事のように告げるルナリア。それに苦笑を一つ返し、最後に視線をミレーヌに向けて訊ねる。
「王城の様子は? 鳥たちに探らせていると思うが」
「ん、彼らは人の動きしか理解できないけど」
彼女はそう言いながら少し不思議そうに首を傾げて言う。
「王城の人の数が、減っていっているみたい」
「人が、減っている?」
「ええ、出ていく人が圧倒的に多いみたい。軍の動きがあれば伝えるように言っているけど、そんな感じじゃないからつまり――」
「人がただ退去している……って感じか」
アヤトはそう呟きながら視線をルナリア、テオドールに向ける。二人も不可解そうな顔をしていたが、ルナリアはすぐに椅子から腰を上げて告げる。
「アヤトさん、ちょっと人を放って調べさせます」
「頼んだ。将軍、罠の可能性は――?」
「あり得る。だが、そこまで高度な戦術を取るような連中とは思えない」
確かに、とアヤトは一つ頷いた。
前線に大量の兵がいる、と見せかけて少しずつ兵を引き抜き、側面に回す戦略はアヤトたち第七軍がやった戦術だ。寡兵だからの奇策だが、斥候を放たれればバレる可能性は高い。敵とは高度な駆け引きを要求された。
それを今までお粗末な選択肢しかとらなかった王家では考えられない。
「となると可能性としてあり得るのは――」
「逃げているのであろう。恐らく」
テオドールの言葉に、ええ? と不可解そうな声をクルスは上げる。
「冗談ですよね、将軍。近衛と言えば、王国軍内のエリート。王都の盾ですよ? 易々と持ち場を離れては名折れでは――」
「クルス、甘いわ。昨日のあの醜態を見てもその言葉が言える?」
「そ、れは――」
ミレーヌの言葉にクルスは気まずそうに視線を逸らした。ギリアスはため息をこぼしながら一つ頷いて告げる。
「近衛でも骨があるのは一握り。それに多くは貴族の次男坊や三男坊――もしかしたら実家から戻るように強く言われた可能性すらあるのじゃ」
「そもそも、昨日の今日で近衛の兵は百人以上、数が減っています。隊長さんとの不和が噂されている中、そんなことになれば根性なしたちは逃げたくもなるでしょう」
ニムエの言葉も辛辣だ。多少、楽観的な見解にも思えるが、正直に言えばアヤトも同じ考えではある。
(まぁ、真偽はルナが調べてくれるとして)
アヤトは一つ呼吸を挟んで思考を切り替える。いずれにせよ、アヤトたちがやることは変わらない――仲間を傷つけた、その落とし前をつけるのだ。
「将軍、みんな、そろそろ俺たちに喧嘩を売った連中に、己の愚かさを分からせることにする。相手は今まで謝罪の気配も見せていない、ならば徹底的にやる――将軍も、よろしいでしょうか?」
「うむ、今まで王家には虚仮にされてきた。いい加減、ここで第七軍の精強さをはっきりと分からせるべきだろう」
「ありがとうございます――では」
アヤトは一呼吸置き、将軍に向かって言葉を続けた。
「第七軍――全軍を王都まで向かわせてください」




