第46話
その突然の言葉にアヤトは動揺しなかった。ルナリアも平然とした表情で頷いている。でしょうね、と言わんばかりに。
それに公爵は苦笑をこぼし、軽く首を傾げる。
「想定内でしたかな」
「ええ――ここにいるルナリアが、その可能性を予見していました」
視線をルナリアに向ければ、彼女は頷いて静かに告げる。
「クラリッサ殿下は公爵家の血を引いています。彼女を王座に据えれば、外戚として実権を握ることもできるでしょう。暴君を廃し、実験を握る。一石二鳥の策です」
「現状、それが穏便に済む選択肢である。王弟殿下を呼び寄せるにも時間がかかる」
「それは他の公爵家に実権を渡したくないという思惑もあるのでは?」
「それも否定はせん。故に勇者殿には選ぶ権利がある――誰を王位に据えるかを」
「――自分が選ぶ、ですか」
アヤトが口を開くと、公爵は深く頷いてみせた。
「勇者殿は国を救った英雄であり、現状の王家よりも支持を得ています。勇者殿が支持を表明すれば、公爵家と同等の後ろ盾となるでしょう」
「つまり――自分と公爵家が協力して、クラリッサ殿下を女王にすれば体制変化による動揺は少なく済む、ということですね」
「ご明察です。勇者殿」
なるほど、とアヤトは頷きながら、ちら、とルナリアを見る。ルナリアの表情は芳しくない――それも無理はない。
彼女はこの可能性を示唆すると同時に、その先を読んでいた。
『仮に公爵家がクラリッサを女王として擁立しようとすれば、是が非でもアヤトさんのことを取り込みたいと思うはずです。とすれば、やることはたった一つ』
彼女の言葉を思い出しながら、公爵家の言葉をアヤトは予見した。
「そして――勇者殿には、クラリッサの王配として王家に入っていただきたい」
(――やはり、か)
王配、つまりは女王の伴侶を意味する。
つまり、公爵は一度、婚約破棄されたことを忘れ、クラリッサと結婚して欲しい、と言っているのだ。その可能性を聞いていたとはいえ、アヤトは閉口してしまう。
そのアヤトの心中を代弁するように、ルナリアは口を開いた。
「正気ですか。アヤトさんはクラリッサ殿下から婚約破棄されたというのに」
「だが、まだ正式な発表はされていない。である以上は、まだこの婚約は生きていると考えることができる」
「クラリッサ殿下がこれを受け入れるとは思えませんが」
「受け入れるとも。政略結婚は王家の常だ」
「百歩譲ってその通りだとして――アヤトさんのお気持ちは、どうなりますか」
公爵の堂々たる言葉にルナリアは一歩も退かず、アヤトのために抗弁する。その様子にメリッサが申し訳なさそうにしているのを見て、アヤトは小さく吐息をこぼした。
(利害があるのは分かるし、それを明け透けに言ってくれるのは助かるが)
改めて実感する――勇者という称号の重みを。
これはただの英雄としての称号ではない、国の今後も左右する重みがあるのだ。だからこそ、公爵はその責務を果たせと暗に言っているのだろう。
だが、ルナリアも凛とした声で反論する。
「アヤトさんは原則的に一兵卒に過ぎません。それでも国を救うために戦い続けてきた方です。この方にさらに重荷を背負わせようというのですか」
「それについては心苦しく思う。故に望む褒賞を与える予定だ。無論、これにはマーロック子爵家も対象だ。大幅な加増、爵位の向上は確約する」
「――っ、それに関して、私からは何も申し上げられません。当主は兄です故に」
「それは失礼した。では今、其方はどういう立場でここにおられるのかな?」
公爵の指摘にルナリアは黙り込む。その沈黙に付け入るように、公爵は目を光らせると淡々とした声で告げる。
「貴方は勇者殿の戦友という立場でしかなく、今は副官しかない。それは勇者殿の厚意に甘んじておられるのではないかな?」
その言葉にルナリアの瞳が微かに揺れ、ぐっと唇を噛みしめる。その表情を見た瞬間、アヤトの思考が一瞬にして凍てついた。
自然と身体から気迫がこぼれ出す。それに公爵が気づいて口を噤んだ。
アヤトはその公爵に言葉を投げかけようとして――直後、乾いた音が響き渡った。
それに我に返る。視界に入ったのは、メリッサが公爵の頬を叩いた姿だった。公爵自身も孫娘の暴挙に呆然とする中、彼女は声を荒げる。
「お祖父さまのばかっ、お二人のことを知らずになんてことを……っ!」
それからメリッサはすぐにアヤトとルナリアに向き直ると、勢いよく頭を垂れた。
「申し訳ありません、勇者様、ルナリア様……っ、祖父が失礼なことを――」
「――いえ、それは……」
ルナリアも面食らい、対応に困ったように視線を彷徨わせている。アヤトは深呼吸を一つし、気迫を鎮めながら穏やかに告げる。
「メリッサ嬢、ありがとうございます。お気持ちは大変ありがたい。そして、公爵閣下」
視線を公爵に向ければ、公爵は深呼吸して向き直る。一瞬にして動揺が覆い隠されているが、まだ冷や汗は滲んでいるようだ。
その目を見て淡々と言葉をかけた。
「公爵閣下のお考えは理解できました。貴族様らしいご立派で崇高なお考えだと感じます。我々には、到底理解が及ばないくらいに」
その言葉に皮肉が滲んでいることに気づき、公爵は顔を強張らせる。
(――公爵閣下、貴方はメリッサ嬢から何も聞いていなかったのか)
貴族や王族であれば、その考えは正しいことだろう。だが、ここにいるのは勇者である以前に、一人の兵士なのだ。隣にいる大切な人を守るために戦い続けた。
つまり、利益、恩賞、責務――それらには何ひとつ心が動かされない。
望むのはただ自分と仲間たちの平穏、ただそれだけだというのに。
ルナリアの様子を見る。勇者であるアヤトではなく、一個人としてのアヤトのことを想い、ひたすらに公爵相手に弁舌を振るったルナリア。
その彼女の揺れる瞳を見て、心に決める。
(――手切れだ)
その結論を発しようとした直前、メリッサが口を開いた。
「勇者様、申し訳ありません、国を想うあまりに祖父も冷静ではなかったと感じられます。こちらで一度、持ち帰って検討のお時間をいただいてもよろしいですか」
その言葉に機先を制され、アヤトは思わず口ごもる。それに対して横からルナリアが賛同の声を上げる。
「そうですね。我々も考えをまとめる時間が必要そうです――ここは一旦、お開きといたしましょう。アヤトさん」
「――そう、だな。悪い、ルナ」
「いえ、お気になさらず。私はお二人をお見送りしますので」
「お祖父さま、行きましょう。ここは頭を冷やすべきです」
「う、うむ――すまない、メリッサ」
公爵はメリッサに支えられるようにしてよろよろと立ち上がる。その顔つきはいつの間にか老け込んだように感じられた。




