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婚約破棄された勇者、戦友の令嬢から溺愛される  作者: アレセイア
第五章

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第45話

 襲撃事件の翌日、王都は大きくざわめいていた。

 何せ第七軍の宿舎が爆破され、強襲されたのである。夜中とはいえ、それは多くの市民たちの目に入り、今も崩れた壁はそのままだ。

 第七軍は賊の鎮圧を発表しているが、犯人については非公開。

 それに市民は不安を覚えながら日々を過ごす――その中の一部の人々は理解していた。

 近衛や憲兵が不自然に黙り込み、この一件を言及していないのだ。つまり、これは彼らが加担している出来事――。

 利に敏い商人たちはいち早く荷物をまとめ、王都から離れようとしていた。


「昨日の今日で、王都はこのような状況です。全く陛下には困ったものですな」


 マーロック家の応接間。そこでそう告げたのは初老の男性だった。きちんとした礼服に身を包み、白いものが混じった髪や髭も整えられている。

 まさに老紳士、という言った印象の男性――。


(――この方が現当主、キリルハイム公爵か)


 つまり、メリッサやクラリッサの祖父にあたる。彼女たちと同じ深い知性を感じさせる碧眼だ。アヤトとルナリアはその公爵を前に並んでソファーに腰を下ろしていた。

 ルナリアが公爵家にアポイントを取ったのは早朝。

 それに対し、公爵家は返事を寄越すどころか、公爵自身がメリッサを連れて現れたのである。帽子を脱ぎながら茶目っ気たっぷりに笑ってみせて。


『こちらの方が早いと思いましてな。何せ、事態は一刻も争いましょう』


 それにルナリアの兄、ゲオルグは卒倒せんばかりに驚いていたが、すぐさま我を取り戻して対応。応接間をすぐに空け、そこに丁重に通し。

 アヤトとルナリア、そして公爵、メリッサの対談が実現していた。


(ゲオルグ殿には感謝しないとな、いろいろと世話をかけているのに)


 アヤトが逗留して以来、貴族や軍の来客を捌いてくれたのは彼だ。数々の襲撃があっても、彼は平静を保ち、マーロック家当主として威厳を保ち続けている。

 おかげで、アヤトやルナリアは後顧の憂いなく動けているのだから。


(とはいえ――今は、公爵閣下のお相手か)


 アヤトはちら、とルナリアを見る。貴族の相手をするのはやはり、ルナリアが適任だ。その意を受けて一つ頷き、彼女は口を開こうとし。

 それを穏やかに公爵の手が制した。それから視線をアヤトに向ける。


「貴族らしい問答は抜きにしましょう。勇者殿――ご用件をどうぞ」

「なるほど、前置きは抜きということですか」


 苦笑を一つこぼしつつも、アヤトは尚もルナリアに視線を向ける。


(いずれにせよ、交渉事はルナリアに一任すべきだ)


 貴族とのやり取りは神経を使い、足元を掬われかねない。ルナリアは再度頷き、公爵の方に視線を向けて口を開いた。


「アヤトさんに代わり、申し上げます――よろしいでしょうか」

「うむ、であれば伺おう」


 公爵家と子爵家。言葉遣いから格の違いを感じさせる。だが、ルナリアは臆した様子もなく、堂々と言葉を紡ぐ。


「我々は王家に対して謝罪や賠償を求める予定でした。ですが、それに対して王家はお察しの通り、近衛を使って襲撃するという暴挙に出ています。事ここに至り、もはや賠償などを求められる状況ではないとアヤトさんは判断しました。ついては『その先』について公爵家と意見を擦り合わせたくお呼びした次第です」

「では、公爵家としても肚を割ってお話し致す。陛下の度重なる暴挙については我々も心を痛め、臣として再三諫言したものの、聞き入れられていない。それ故に国のために決断を下さねばならない段階に至ったと判断している」


 キリルハイム公爵も堂々とした言葉で応じる。

 その内容は明らかに王家、陛下に対する批判も含まれている。これが他の人の耳に入れば、失脚は免れないだろう。

 だが、公爵は言葉を濁す様子もない。その様子に隣にいるメリッサの方が冷や汗を流しているくらいだ。公爵とルナリアの視線が強く交錯する。


「公爵家としては、どのような決断をされるか、お伺いしてもよろしいですか」

「無論だとも。是非とも、これには勇者殿にもご協力いただきたい故に」


 公爵はそう前置きすると深呼吸し、やがてはっきりした口調で告げる。


「陛下にはご退位いただく――その決断である」


(――やはり、か)


 もはや暴君と化した王。それを止めるにはそれしかないだろう。アヤトは吐息をこぼし、ルナリアを見る。彼女が頷いたのを見て、アヤトは公爵に言葉を返した。


「自分も同じ考えです。公爵閣下。もはや、陛下のご在位はこの国にとって悪影響でしかない。いずれは民にも影響は出るでしょう」


 その言葉にルナリアも動揺はない。夜、二人でじっくりと話したからだ。それ以外の選択肢を含め、さまざまな相談をした。

 その上で、この決断が最良だと判断せざるを得なかったのだ。

 その言葉にメリッサが小さく安堵の息をこぼす。視線をそちらに向けると、彼女は慌てて背筋を伸ばし、軽く首を振る。


「メリッサや、何か気になることがあれば言うと良い」


 公爵が言葉を和らげながら孫娘に問いかける。彼女は少しだけ肩を震わせると、はい、と観念したように自身の考えを口にした。


「もしかしたら、勇者様はこの国を捨てられるのでは――と危惧していたので」


(……鋭いな)


 それは正直、アヤトとルナリアが最後まで相談していたことだった。これに対してルナリアは反対せず、ただ微笑んで頷いてくれていた。


『アヤトさんがそれを望むのなら、私はついていきます』

『――いいのか? マーロック家を捨てることになるが……』

『元々、価値のないものです。私にとっては。アヤトさんにとっての『勇者』という称号みたいなものですよ』


 そのルナリアの言葉を思い出しながら目を細め、アヤトは口を開いた。


「そんなわけない――と言いたいですが、その考えもありました」

「では、そうしなかった理由は?」

「戦友がいるからです。その戦友の家族も、この王国にはいます」


 王国から去るのは簡単だ。だが、その後に恐らく待っているのは熾烈な内戦――それから背を向けるのは、後味が悪い。

 だからこそ、王家に対する問題と向き合うことにしたのだ。

 そのアヤトの眼差しに、メリッサは微かに吐息をこぼして頭を下げる。


「――感謝します。勇者様。この国を、見捨てないでいただいて」

「まだ、分かりません。貴方がたの決断にも掛かっています」


 その言葉と共にアヤトは公爵を見据える。公爵は視線を逸らさずに勇者を見つめ返し、静かに頷いてみせた。


「承知しております。我々も民の生活を乱すことは好ましくありません故に、穏便にご退位いただこうと思っています」

「なるほど――では、その後についてお伺いしても?」


 王が退位すれば、その座は空位になる――それをどうするか。

 シグバードには一応、二人の弟と一人の息子がいるが、一人は辺境に追いやられ、もう一人は隣国に外交官として駐在している。息子はまだ幼いので、弟のどちらかを呼び寄せるか。

 あるいは、公爵自身が王座を簒奪するのか――。

 アヤトとルナリアが見守る中、公爵は腕を組みながら静かに告げた。


「――クラリッサに、王位を継承してもらうことを考えている」

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