第43話
「えげつねぇ――」
アヤトはルナリアと共にマーロック家の裏庭に足を踏み入れると、思わず表情を引きつらせた。そこは確か元々、拓けた芝生が広がっていたはずだ。
だが、今はそこかしこに人が倒れていたり、地面に突き刺さっていたり――至る所から呻き声や泣き喚く声が聞こえている。全員共通しているのは、罠に引っかかっていること。無論、そんなことができるのはたった一人しかいない。
その様子にルナリアは頭痛を堪えるように額を押さえる。
「人の家の庭をよくもまぁ、こんな好き放題、罠を仕掛けてくれましたね。ギリアスさん」
「ほほっ、好きにして良いと聞いていたからの。ルナリアちゃん」
物陰から悪戯っ子のような笑みを見せ、ひょっこりと顔を見せたのはギリアスだ。その傍ではマークがゆっくりと動き、敵兵を一人一人拘束している。
巨漢がちかづいてくると、ひっ、と落とし穴に下半身が埋まった男は悲鳴を上げる。
「や、やめろっ、俺を誰だと思っているんだ、近づくな――っ!」
その抗議の声を気にせず、マークはむんずと男の肩を掴むと、まるで野菜を収穫するかのように荒々しく引っこ抜き、ぐるぐるとロープで縛っていく。
その仕事を眺めつつ、ギリアスは清々しい笑みを見せて告げる。
「いやはや、ここまで気持ちよく罠にかかってくれると、罠の仕掛け甲斐があったわい。庭を穴だらけにしたのは申し訳なかったがの」
「本当ですよ――まぁ、でも屋敷の方に被害が出なかったので、良しとしましょう」
ちら、とルナリアは背後の屋敷と中央の庭園を見る。そこは侵入者の姿形も、気配すらない。全員がここに集中してくれたおかげだ。
(まぁ、だだっ広い芝生なら、罠なんてないと思って油断するよな)
だが、それこそギリアスの思う壺だ。
王国一の罠師を侮ってはいけない。巧妙に隠された落とし穴、夜闇の芝に隠密させたロープ、死角に設置した痺れ毒の針、空中から飛んでくる投石――。
何もないと思った場所から、怒涛の如く押し寄せるのだ。
「ちなみに、まだまだ罠は仕掛けてあるぞい。マーク以外は入らんようにな」
ギリアスがそう言いながらマークの方を見る。マークは敵兵の回収を進めていたが、不意にその身体が沈み込む――落とし穴を踏み抜いたらしい。
だが、彼は無造作に足を引っこ抜くと、のそのそと歩き回る。
その様子にギリアスはやれやれと肩を竦める。
「マークは落とし穴やロープ罠も、痺れ毒すら効かん。罠師泣かせじゃわい」
「本当にタフだよな。マークは」
今回は表立った活躍はしていないものの、マークも歴戦の兵士の一人だ。
その恵まれた巨体を活かした戦い方も脅威だが、何よりもそのタフネスさには何度も助けられてきた。それに彼の姿はどこにいても分かりやすい。
ともすれば、それは陽動や囮にも使え、アヤトの暗躍を助けてくれていた。
「本当に頼りになる。無論、ギリアスもだけど」
「ほほっ、褒めていただけるとはありがたいのぅ」
アヤトとギリアス、ルナリアが眺める中、縛り上げた敵兵は次第に積み上げられていく。その顔を眺めていくと、ふと何かが引っ掛かって眉を寄せる。
ルナリアも何か気づいたのか、怪訝な顔つきをして一人一人の顔を見ている。
「――ルナ、もしかして見覚えが?」
「はい、アヤトさんも?」
アヤトとルナリアが顔を見合わせていると、ギリアスはしげしげと男たちの顔を見据えていく。その一人が屈辱に歪んでいるのを見て、ふむ、と彼は何かに気づく。
「こやつら、大分生まれが良さそうじゃの」
「生まれ?」
「うむ、身なりや動き、統率は軍人っぽかった。ただ、どうも顔立ちがお坊ちゃま臭い。ほれ、第七軍にも時々来ていた軍監――あれっぽい感じじゃ」
確かに、とアヤトはギリアスの言葉に納得した。
時々、前線には中央から派遣されてきた軍人が軍監に来て、偉そうにふんぞり返っていた。もれなく全員、最前線で剣を執らせると、失禁していたものだが。
大体、そいつらの所属は第一軍――つまり、近衛。
(言われてみれば、こいつらは王城で見下した連中に似ている気がするが……)
アヤトとルナリアは再び顔を見合わせる。その表情は互いに引きつっている。
暗殺者を雇うのと、近衛を使って襲わせるのは、当然ながら訳が違う。身元はすぐに割れる上に、発覚すれば大問題だ。
「この屋敷を襲撃させる時点で、底抜けの阿呆だと思ったが――」
「ですね。ただ、裏を返せば、絶好の切り札がここにごろごろあることになります」
「……まぁ、確かに」
近衛を動員した貴族襲撃――その事件が知れ渡れば、王家の権威は失墜。もはや王家を支持する者たちはいなくなるだろう。
ただ、それだけのこの近衛たちは口を閉ざし、自白することはないだろう。
「尋問するのは、骨が折れそうだ」
思わずため息をこぼしたアヤトにふとギリアスが振り返り、にやりと笑う。
「であれば、儂に任せて欲しいぞぃ」
「……ギリアスに?」
「なに、悪いようにはせんわい。マーク、頼みがあるんじゃが――」
止める間もなく、ギリアスはマークに声を掛け、数人の男を選んで運んでいく。ルナリアはその様子に目を通し、ちら、とアヤトを振り返る。
「――任せて大丈夫ですかね?」
「まぁ、大丈夫だろう……多分」
そう言いながらも、さすがに嫌な予感がする。
何せ、ギリアスは猛毒翁と呼ばれる罠師なのだ。彼に毒や罠を持たせたら何をしでかすか分からない印象がある。だが、他に尋問できる適任者がいるわけではない。
アヤトとルナリアは不安を抱えながらも、嬉々として動くギリアスを見守るしかなかった。




