第42話
第七軍視点
マーロック家の屋敷に侵入者があった、同じ頃――。
第七軍の王都駐屯用宿舎では唐突に爆音が響き渡っていた。
執務室にいたテオドールは仕事の手を止め、立ち上がりながら神経を研ぎ澄ませる。部屋にいても分かる、魔力の波動――。
「侵入者、であるか」
「随分と乱暴な客人ね」
テオドールの独り言に応じたのは、部屋のソファーで欠伸をこぼしていたミレーヌだった。その隣にはいるクルスは焦りを顔に浮かべ、ソファーから腰を上げていた。
だが、テオドールとミレーヌは落ち着いたものだ。ミレーヌはクルスの腕に手を添えると、優しく手を引いて自分の膝の上に座らせる。
「落ち着いて。お茶のお代わりはどう?」
「え、えっと、ミレーヌ姉さん、大丈夫なんですか……? 襲撃ですよ……?」
「そうね、大丈夫じゃないでしょうね――敵の方が」
「ああ、全くであるな」
テオドールは厳めしい顔で頷きつつ、数刻前のルナリアの言葉を思い出す。
『陛下の乳兄弟であるドリウスを勇者暗殺未遂事件の容疑者として捕えたことは、現在、至る所で情報を流しています。辺境伯たちを招いたのも、その策の一環です――そうすれば、恐らく敵は何かしらのリアクションをするでしょう』
『で、あるな』
『いろいろなリアクションが考えられますが――相手が底抜けの阿呆だったら、間違いなくここを襲い掛かってくると思います。目的はドリウスの奪還ですね』
『まさか――そんな阿呆ではないと思うが』
そのときのテオドールは、まさか、と思っていた。
ここは軍が駐屯する場所。仮にここが攻められれば、第七軍は誰であれ、抵抗する。つまりその選択肢を取るということは、内戦の引き金を引くと同義なのだ。
(その愚行をまさかやってしまうとは――)
そして繰り返そう――ここは、第七軍の駐屯地なのである。
魔王軍と最前線で渡り合っている、あの第七軍の。
「――我々を相手に、無事で済むはずがなかろうに」
テオドールがぼそりと呟いた瞬間、扉の外から怒号が響き渡った。
「ウチにカチ込むたぁいい度胸じゃああああ!」
「ええ度胸や、アヤトに代わって落とし前つけさせたらぁっ!」
「隊列張れぇっ! 射撃準備――撃ぇえええ!」
警備兵が瞬時に対応し、撃退に走り回る気配がある。その様子にミレーヌは顔を顰め、クルスは苦笑をこぼした。
「――相変わらずですね、ここの軍の人たちは血気盛んというか」
「相変わらず騒々しい――ねぇ、将軍、お茶のお代わりは?」
「今は皆忙しいから、少し待て。ミレーヌ」
「将軍は暇そうよ」
「まさか、私が茶を煎れろと?」
「別にいいでしょ。将軍も私も出る幕はない」
ミレーヌは素っ気なく言いながら、膝の上に載せたクルスの頭を撫で、髪の毛を弄り始めている。後ろから抱きすくめられたクルスは視線を泳がせながら訊ねる。
「で、でも、さすがに相手もそれなりの戦力を投入しているのでは? だとすれば、突破されている可能性も――ひゃぅっ」
ミレーヌが突然、クルスも耳を唇で食み、その拍子にクルスが悲鳴を上げる。彼女はその耳から唇を離すと、テオドールを見ながら目を細める。
「突破されても――あの子を突破することは不可能よ。ね、将軍」
「まぁ、な。侵入者のことを思うと、ここで立ち止まった方が本当は身のためなのだが」
テオドールはため息をつきながら、茶を用意するべく椅子から立ち上がった。
――同刻、その地下では。
「本当に、愚か」
すでに決着がついていた。
地下牢に入る扉の前で二本の曲刀をぶら下げた一人の少女が吐き捨てるように告げる。その足元に転がっているのは黒ずくめの男が三人だ。
びく、びくと痙攣する男たちの身体からはとめどなく血が溢れ出しており、それをひたすら無関心に少女は見下している。
そこへ第七軍の兵士たちが慌てた様子で駆けつけ、おお、と声を上げる。
「さすがニムエの嬢ちゃんだ。もう仕留めていたか」
「てか、殺していないか?」
「さすがに殺していません。我慢しましたから」
でも、と言葉を続け、ニムエは軽く曲刀を振りながら素っ気なく言う。
「足と手の腱は斬り、足の骨は砕きました。しばらくはまともな生活はできないでしょう――本来なら、全部の肉を削ぎ落したかったのですが」
「お、おお……相変わらずこえぇな、ニムエの嬢ちゃん」
ニムエの言葉に兵士たちは表情を引きつらせながら、黒ずくめの男たちを運ぼうと近づき――ふとニムエが声を低くする。
「下がってください。来ます」
「む――」
ニムエの言葉に兵士たちが弾かれたように振り返る。その視線の先には黒ずくめの男がまた三人駆けてくるところだった。
兵士たちは槍を構え、それを迎撃しようと踏み出し――。
「邪魔です」
その兵士の頭を跳躍したニムエが踏みしめ、前に飛び出していた。ぐぇ、と悲鳴を上げる兵士を尻目に高く跳んだ彼女は空中で反転し、天井に着地するように足をつける。
直後、天井を蹴り飛ばし、急転直下。三人の敵に一気に降り注ぐ。
斜め上方からの奇襲に敵たちは面食らい、足を止める。瞬間、彼女は両手にした曲刀を閃かせながら馳せ違い、火花が飛び散る。
気づけば、一瞬にして敵兵の手から武器が弾き飛ばされていた。
それに呆然とさせる暇も与えず、ニムエは着地――両足だけでなく両手をついて地面を這うように身体を低くし、地をさらに蹴り飛ばし。
敵兵たちの足元をニムエは一瞬で駆け抜けた。
閃いた刃が的確に敵の足首を引き裂く。ニムエがするりと立ち上がったときには、敵兵たちは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちていた。
その一瞬の出来事に、第七軍の兵士たちは目を白黒させるしかない。その中のベテランの兵士は我に返ると、引きつった笑みをこぼした。
「さすが、刃嵐のニムエ、だな」
「じゃあ、これが魔王軍さえ翻弄したという絶技――?」
「ああ、ニムエの嬢ちゃんは並外れた体幹とバランス能力を持っていて、どんな体勢からでも斬撃を繰り出すことができる。その素早い動きで敵を翻弄しながら、刃の嵐で切り刻むんだ」
真上から斬り掛かって来たかと思えば、気づけば真後ろに回り込まれ。
振り返れば、真下に沈み込んで視界から逃れ、死角から足元に斬撃を食らう。
かと思えば瞬時に離脱して姿を晦まし、どこから攻撃されるか分からない。
まさに変幻自在というべき剣技で、ニムエは魔王軍と渡り合ってきたのだ。
頭を踏まれた兵士も含め、畏怖と感嘆の視線をニムエに向けるが、彼女は軽く鼻を鳴らして軽く肩を竦めた。
「こんな動き、ただの子供だましでしかないです。むしろ、この動きにすらついていけないとは――よくこんな実力で奪還作戦を実行しましたね」
ニムエは呆れたように言い、足元に転がる敵兵に容赦なく蹴りを入れる。さらに悲鳴をこぼす敵兵に対し、彼女はため息をこぼす。
「この程度で済んで感謝してください――隊長さんは私よりもえぐいですから」
「……てか、隊長は大丈夫なんかな」
兵士の一人がぽつりと言い、その言葉に兵士たちは顔を見合わせた。
そう、ここが襲われたということは恐らく、マーロック家の屋敷も襲撃されているはずだ。アヤトのことだから遅れは取らないだろうが――。
「ああ、大丈夫です。ルナリアさんが備えていないはずがないですし」
その不安をニムエは軽い口調で一蹴した。それに、とつまらなさそうに言う。
「向こうには、私よりもえげつない連中がいますから」




