第41話
「――メリッサ嬢、改めてお礼を申し上げます。正直、驚きました。公爵家の令嬢がここで勇者支持を表明するなど」
アヤトがメリッサに向き直って頭を下げると、彼女は眉尻を下げながら微笑んでみせる。
「お礼は不要です。勇者様。私どもにも打算あってのことですので」
「――打算、ですか」
「ええ、公爵家の利益のために、です」
メリッサは明け透けにそう言い放ちながら、眉を寄せて小さく吐息をこぼした。
「正直、今の王家には数多くの貴族が不信感を募らせています。先代と比べて不当な増税、人事刷新という名の左遷、近衛の私物化などなど、今の陛下のやり方についていけないという声も少なからずあります」
あからさまな王家批判。だが、メリッサは迷いのない口調で言葉を続ける。
「実は先日、公爵家当主のお祖父様が陛下と会談をもたれ、その際には諫言しました。ですが、それは聞き入れられませんでした。もはや、陛下の耳には都合のいい言葉しか耳に入りません。恐らく改めるとすれば――己の権威に脅威が迫ったとき」
「だからこそ、俺を支持する、と」
「はい。陛下が勇者様を排除されようとするのは、それだけ危険視している裏返しでもあります。勇者様のお力で、陛下の目を覚ましていただきたいのです」
メリッサはそう力強く告げた後に、わずかに視線を伏せさせる。
「そして――万が一、それが叶わなければその際は……」
「メリッサ様、その先は言わないでください」
ルナリアが強い口調で遮った。メリッサははっとしたように顔を上げ、軽く唇を噛む。ルナリアは彼女に諭すように静かな口調で続ける。
「私たちの目的はあくまで王家に抗議し、襲撃に対する謝罪と賠償を求めるのみです。それ以外のことまで求めるのなら――公爵家の力は不要です」
その声にメリッサは吐息をこぼすと、ゆるゆると首を振った。
「失礼しました。少し言葉が過ぎたようです」
それから彼女は咳払いをすると、背筋を伸ばしてアヤトとルナリアを見た。
「勇者様の目的と、私たちの目的は途中までは一致しています。ただ、私たち公爵家はその後を見据え、我が家と国のことを考えています」
(――その後の、こと?)
謝罪と賠償の先に、何があるのだろうか。戸惑うアヤトの一方で、ルナリアは重苦しい沈黙を保っていた。彼女は一礼してから、凛とした顔つきで告げる。
「願わくば、その先まで共に歩めることを――私個人、心から祈っています」
彼女はその言葉と共に部屋を後にする。それを見送ったルナリアは深いため息をこぼし、軽く首を振った。
「さすがは公爵家。二手、三手先も見て動かれているようです」
「どういうことだ? ルナリア――その後のこと、というのは」
アヤトの問いにルナリアは視線を伏せさせていたが、やがて決意したように頷いた。
「そう、ですね……このままだと、我々も考える必要がありそうです」
それから彼女はアヤトの手を取って歩き出した。
「詳しい話は、屋敷でしましょう――少し込み入った話になります」
◇
マーロック家の屋敷に戻った頃には、すでに日が暮れていた。
ルナリアは使用人に部屋へ食事を運ぶように指示を出すと、彼女はアヤトと共に彼女の部屋に戻った。装備を外している間に食事が運び込まれる。
それを軽く口にし、一息ついてから、ルナリアはアヤトに向き合った。
「まずは、確認です。アヤトさん」
前置きを一つつき、ルナリアは真剣な表情で訊ねる。
「私たちの目的は一貫して落とし前をつけることです。ひとまず、私たちは王家に謝罪と賠償を求めている――そうですよね。アヤトさん」
「ああ、そうだな。仲間を傷つけた以上が、それ相応の報いを取らせる。それが神であろうと、王であろうと変わらない」
「私も同意見です。私もアヤトさんを傷つけられたことに相応に怒っていましたし」
重々しく頷いたルナリアは視線を窓の外に向ける。その方向にあるのは王城だ。それを見ながら再び吐息をこぼす――深いため息だ。
「ただ――考えないようにしていましたが、現状を鑑みるとその落とし前がつけられるか、正直怪しいところなのです」
突然のルナリアの弱気の発言に、アヤトは思わず目を見開いた。
「……何か、課題があるのか?」
「いえ、実は私たちには一切ありません。どちらかというと、問題は王家でしょう」
「どういうことだ?」
「単純な話ですよ」
ルナリアは力なく小さく笑うと、諭すような口調で続ける。
「私たちは今、確固たる証拠を手にし、軍の重鎮はもちろん、公爵家すら味方につけようとしています。この状況で行けば、王家は確実に脅威を覚えるでしょう――ですが」
ここで言葉を切ると、ルナリアはアヤトを見ながら首を傾げる。
「果たして、王家――陛下は、クラリッサ殿下は素直に謝罪すると思いますか?」
その言葉にアヤトは思わず黙り込んでしまう。
状況が読める人間なら、確実に謝罪や賠償を実施するはずだ。言ってしまえば、今の王家は追い詰められている状態なのだ。
ここで命脈を繋ぐには、こちらの言い分を呑み、謝罪と賠償をするべきだ。
むしろ、頭を下げるだけで事が収まるなら、そうすべきだろう。
(だが――そんな状況を読める人なら、こんな事態になっているのか?)
王家が主導して結んだ婚約を破棄するという行為を始め、勇者を暗殺しようとする卑劣な蛮行。少なくとも、国を治める者の所業ではない。
だからこそ、公爵家ですら見放しつつあるのだから。
つまり、ルナリアが考えているのは――。
「王家が謝罪や賠償をしない場合、か」
「自分のやったことを認めず、謝罪や賠償に応じない――なら、まだマシですね。さらに証拠をまとめて追い詰めていけばいいわけですから」
そう言うルナリアは憂鬱そうな表情だ。あるいは、面倒くさそうな。
アヤトも釣られて嫌な予感を覚えながら、ルナリアに問う。
「他に最悪があるのか?」
「最悪なのは、開き直られることです。お前たちが逆らうのが悪い、とか何とか」
「うわぁ……」
直感する。一番あり得そうな回答だ。
アヤトは現在の王――シグバード陛下に詳しいわけではないが、少なからず言葉を交わしたことがある。そのときから、どこか見下したような言い方が目立ったのだ。
その彼なら言いかねない回答である。
ルナリアもそれを想定しているのか、肩を竦めて言う。
「状況判断できている人間なら、勇者を暗殺しようという考えに至らないはず。つまりはそういった状況が判断できず、主観による判断を優先しているのです」
「上官だとしたら、最悪の手合いだな」
「敵にしても、です。落としどころが見つけられませんから」
再びため息をこぼしたルナリアは、アヤトを真っ直ぐに見て眉を下げた。
「私たちはそうなった場合について考えなければなりません」
「……難しい話だな。戦場なら、楽なんだが」
腕を組みながらアヤトもため息をこぼした。
戦場で例えるなら、謝罪しない相手はいつまでたっても降伏しない敵、ということになる。であれば単純明快だ、相手を討ってしまえばいい。
だが、ここは戦場ではない。
その上、相手は自身が仕える国の元首にあたる。そんな相手を安易に討つわけにもいかない。
(――公爵家はその先も考えている、ということだが)
それを考えつつも、アヤトはルナリアを見つめ返しながら訊ねる。
「王家に、事の重大さを理解させることはできるかな」
「いくらか手を打つことはできるでしょう――ただ」
その言葉と共に、ふとルナリアは目を細めた。同時にアヤトも気づく。
屋敷内に響き渡る、からん、からん、という竹筒がぶつかるような音だ。それと同時に何かが近づいてくる気配がある。
「状況を少しでも理解できる相手なら、こんなことはしないでしょうね」
「全くだ――正直、信じられない」
アヤトとルナリアは自然と椅子から立ち上がり、近くに立てかけている剣や杖を手に取る。二人は窓の傍に寄り、慎重に外の様子を伺う。
闇夜の中、庭園で動く黒い影――その姿を見て、小さく呟いた。
「まさか――懲りずに暗殺者を送り込んでくるとはな」




