第40話
「ざっとこんなもんだわい」
第七軍、王都駐屯用の宿舎――。
そこの一室には黒ずくめの男たちが何人も転がっていた。その傍には初老の兵士――ギリアスは腰に手を当てて満足げに頷いていた。
一方で部屋に足を踏み入れたテオドール将軍は感嘆の声を上げる。
「さすがは猛毒翁、ギリアス――歴戦の罠師の腕前は衰えぬな」
「ほほっ、将軍にお誉めいただけるとは、まだまだこの罠の腕も捨てたものではありませんな」
(――よく言うよ)
この第七軍――いや、王国軍を見渡してもギリアスほど罠に秀でたものはいない。
手先が器用であり、ロープ一本あればいくらでも罠を作れる腕前。さらには毒や調薬にも優れているため、多種多彩な罠を仕掛けられる。
無論、年齢が年齢だけに体力は乏しく、運動戦には向かない兵士だ。
だが、その豊富な知識と道具の使いこなしは何度も部隊の窮地を助け、さらには戦果にも貢献していた。特に魔族によく効く毒を開発した功績は大きい。
それ故に、彼は猛毒翁と呼ばれ、味方からも恐れられているのだ。
(今回もえげつないやり方で、敵を一人一人捉えていったわけだし)
建物から垂らしたロープで敵の首を引っかけ、無力化。
足元に張り巡らせた罠で、敵を絡め取って無力化。
吹き矢を放ち、痺れ毒で無力化。
などなど、ロープや吹き矢を中心に巧みに敵を物陰、背後から奇襲して抵抗する暇もなく無力化を果たしていた。
「市街地なので少々遠慮しましたが、戦場ならもっと派手な罠をお見せできましたの」
「遠慮してくれて助かるよ。ギリアス。さすがにこの場で爆発されたら困るから」
アヤトは顔を引きつらせながら言うと、ギリアスはにやりと無言で笑った。一方でテオドールは捕えた男たちの一人一人の顔を確認して回る。
その中で一人の顔を見ると、ぴたり、と動きが止まった。
「どうかしましたか? 将軍」
「――もしかしたら、これは大手柄かもしれんぞ。ギリアス」
「ふむ? その男がどうかしましたかな?」
アヤトとギリアスが顔を見合わせていると、テオドールは少し考えてから視線を上げてアヤトを見つめる。
「お嬢は今、どこに?」
「ルナはこっちに向かっている最中です。キリルハイム公爵のご令嬢たちと一緒に」
「ふむ……? 公爵令嬢が? どういう風の吹き回しか――」
「何でも、今回の襲撃においてキリルハイム公爵家も協力を申し出ていまして」
この男たちを罠にかける計画を始める直前、キリルハイム公爵家のメリッサが訪れてきていたのだ。その用件は捜査協力――ルナリアも聞いたときは少し戸惑っていた。
だが、すぐに考えを巡らせてから『利用しましょう』と告げた。
『キリルハイム公爵家は王家側である可能性も否めません。ですが、彼らが王家を見限ってこちらにつこうとする動きなら、利用できる価値があります』
『だが、それを狙って取り入ろうとしている可能性もあるぞ』
『ですので、ユニウス辺境伯にもお声掛けします。これを機に、様々な貴族を囲い込んでしまいましょう』
その彼女の言葉を思い出しつつ、アヤトはテオドールに告げる。
「今、ルナリアはメリッサ嬢、ユニウス辺境伯たちを連れ、『今回の事件の黒幕に繋がる最重要人物を押さえたので、その身柄の確認にご協力して欲しい』という旨で、ここに案内しています」
「なるほど、ならばその貴族のお歴々はさぞかし驚くであろうな」
テオドールは苦笑しながら足元に転がっている一人の男に視線を向けた。
「この男は、シグバード陛下の乳兄弟にあたる男だ」
◇
「――なんということだ」
しばらくして部屋に入って来た辺境伯を始め、貴族の面々は顔面を蒼白にさせていた。そのうちの一人が信じられないとばかりに小さく告げる。
「人違い――では?」
「いいえ、人違いなどではありません」
断言したのは、メリッサだった。彼女も顔を蒼白にさせていたが、迷いのない口調ではっきりと言葉を続ける。
「私はこの方をはっきりと見たことがあります。間違いなく、この方は陛下の近衛を務めるドリウス殿です」
「であれば、もう疑いようはありません」
メリッサの言葉にルナリアは引き継ぎ、目を伏せながら言葉を続ける。
「勇者様を始め、我ら第七軍を害さんとしたのは、王家の意思と判断します」
「そ、それは――さすがに決めつけは早計では」
「では、お聞きしますが、陛下以外の誰がドリウス殿に命じられるのですか」
貴族の一言に鋭くルナリアの反論が突き刺さる。再び落ちた沈黙の中、一人の男の怒りを押し殺した声が響き渡る。
「度し難い――我が国を救いし英雄、彼を闇に葬ろうなどと。それが王のやることか……! これは尋常に抗議せねば気が済まん――!」
「待ってください。辺境伯。抗議して解決するとお思いですか」
ルナリアの冷静な声に、ユニウス辺境伯はきっと鋭い視線を突き刺す。だが、彼女は怯まずに冷静に諭すように続ける。
「王家は正々堂々とした手段ではなく、暗殺という手段を執ってくるのですよ。下手に抗議すれば、反逆罪を着せて逆に処断される可能性もあります」
「では、どうすれば良いのだ。マーロック家の令嬢よ」
「大義は我らにあります。ならば、それを大々的に喧伝すればいいのです」
ルナリアはそう言いながら横目でアヤトを見る。アヤトは頷き返すと、彼女は淀みのない口調で言葉を続ける。
「王家としても自身の信じる大義を主張するでしょう。そうなれば、抗議しても平行線。であれば、どちらが真実か決めるのは――」
「民衆、そして、貴族たち、ですね」
メリッサが言葉を引き継げば、ルナリアは我が意得たり、とばかりにしっかりと頷いてみせた。ルナリアはぐるりと面々を見渡して言葉を続ける。
「仮に我が勇者に大義あり、と思われるのであれば、ぜひとも皆様にはこの喧伝にご協力いただければと思います。無論、無理強いはしません。これは王家の意図とは異なる行為――下手をすれば、国賊呼ばわりされることになるでしょう」
「救国の英雄を斬ろうとする国主になんと呼ばれようとも、痛くも痒くもないわ」
いの一番に声を上げたのは、やはりというべきか、ユニウス辺境伯だった。彼は腕を組むと、アヤトに視線を注いではっきりと頷いてみせる。
「援軍を寄越さなかった王と、実際に駆けつけてくれた勇者――どちらを信じるかは自明の理よ。我らは信義を重んじる貴族にて」
「ありがたいことです。閣下」
「なんの。我らが受けた恩に比べたら、この程度、微々たるものよ」
ユニウス辺境伯はそう言いながら他の貴族たちをじろりと見る。
その視線に彼らは居心地悪そうに視線を逸らした。
彼らはどちらかというと日和見勢力だ。今回、同席したのは恐らく、ユニウス辺境伯やキリルハイム公爵の声掛けを断り切れなかったからだろう。
あるいは、こんな決定的な証拠が出てくることを覚悟していなかったのかもしれない。
その彼らの戸惑いの中から、一人の澄んだ少女の声が響き渡った。
「キリルハイム公爵家は、勇者様を支持いたします」
その言葉に他の貴族たちが固まる。その中で一人の令嬢が進み出た。豊かな金髪をなびかせ、聡明な瞳は真っ直ぐに勇者を見据えている。
アヤトはそれを見つめ返すと、静かに問う。
「よろしいのですか? 公爵家はこの国を譜代から支えてきた臣です。その王の意図に背くことになるかもしれません」
「譜代なればこそ、の務めにございます。主が過ちを犯したのならば、それを戒めるのも臣の正しき姿にございます」
メリッサははっきりとそう言い切ると、振り返って貴族の面々に説く。
「王は今、あるべき姿を見失っておられています。でなければ、救国の英雄であるアヤト様を暗殺しようとするでしょうか。今の陛下を肯定してしまえば、その歪はますます広がり、約定も信頼できなくなります」
その言葉に貴族たちは顔を見合わせる。その脳裏では損得の天秤が激しく揺れ動いているのだろう。その天秤を傾かせるべく、メリッサは弁を振るう。
「勇者様も王から賜った約束をふいにされたと聞きます。同じことが我々にも当てはまる可能性はあります。先祖代々の地を、王の一存にて奪われるかもしれません。そんな歪を許して良いのでしょうか。今こそ、臣としての正しい在り方を果たすべきです」
(――さすがの弁舌だな)
アヤトは感心しながらルナリアを見る。彼女は軽く肩を竦めてみせた。
本来なら、貴族たちを味方につけるのはルナリアの役目だった。現に彼女の兄、ゲオルグは訪問客たちに話しながら、アヤトに理があることを説いている。
その地道な努力に匹敵することを、メリッサはこの一瞬で実行したのだ。
見れば、貴族たちの戸惑う目つきに代わり、その瞳から決意に滲み始めていた。
それを見てルナリアは静かに口を開いた。
「これから我々はこのことを仲間たちに伝え、正当性を主張した上で、王城に抗議するべく向かいます。そこでは王家に謝罪と賠償を要求します。その際は皆さん、お力添えいただけますと幸いです」
「無論だとも。決起の日には必ず馳せ参じようぞ」
ユリウス辺境伯の言葉に貴族の大半が気づけば頷いていた。彼らは口々に勇ましいことを言いながら、その場から立ち去っていく。縛られて転がっていたドリウスたちも兵たちに連れ出される。
その後に残されたのは、アヤトとルナリア、そしてメリッサだけとなった。




