第39話
「結論から申し上げますと、あの拠点には決定的な証拠はありませんでした」
クルスの報告は端的だった。彼は荷物にしまっていた物品をいくつか机の上に並べながら、淡々と言葉を続ける。
「残っていたのはこのように暗号化された書状、暗殺用の武器ばかりです。書状のインクは特殊でしたが、武器などは手に入れようと思えばいくらでも手に入れることができる形状です。無論、硫黄や硝石も同じです」
その言葉にアヤトは小さく吐息をこぼした。
(クルスならもしかしたら、別の痕跡を見つけられるかと思ったが)
ミレーヌが鳥と意思疎通できるように、クルスもまた特殊な能力を持っている。それをもってすれば――と期待していたのだが。
アヤトは頭を振って切り替えると、彼に労いの声を掛ける
「手間をかけさせたな。クルス。わざわざ足を運んでもらったのに」
「いえ、隊長が謝られることでは――それに完全に無駄足だったわけではありません」
「と、いうと」
「男の匂いを追うことに成功しました」
彼はそう言いながら得意げに鼻を擦ってみせる。
「辺りを探ったところ、別の地点でも男の匂いが染み付いている場所があり、そこを詳しく調べてみると、同じく火薬や武器などがありました。どうにも複数に拠点を持っていたらしくて、そこを今、将軍たちが捜索しています」
「さすがじゃな。クルス――相変わらずの嗅覚じゃ」
ギリアスの誉め言葉にクルスは照れくさそうに笑った。
クルスの才能――それはその鋭い五感だ。特に嗅覚、聴覚は鋭く、斥候として暗殺者として戦場では才能を発揮している。
(正直、俺が戦果を上げられたのは、クルスとミレーヌ、この二人がいてくれたおかげなんだよな――)
何せ二人がいれば密林だろうが、暗闇だろうが、すぐさま敵の位置を特定することができるのだから。アヤトは目を細めながらクルスに訊ねる。
「そこではまだ証拠は見つかっていないんだな?」
「はい、そこまでは至っていません。が――」
クルスはそこで言葉を切ると、少しだけ眉を寄せて続ける。
「――その辺りから密かに僕を尾けている気配がありまして」
「尾けている――?」
その言葉にすぐさまルナリアは顔色を変え、すぐさま使用人たちに指示を出そうとする。だが、それをアヤトは手で制してクルスに訊ねる。
「確かか」
「はい、外見は普通の人間です。ただ、あまりにも血と鉄の匂いが染みついていました。どこに行ってもついてきていたので、探られていたのかと」
「そのことは将軍に伝えたのか?」
「もちろんです。そうしたら――そのまま、ここに行け、と」
クルスは言葉を切り、困惑したように視線をギリアスに向けた。
「それで、ギリアスさんの出番だ、とも」
「ほほっ、なるほどのぅ、テオドール将軍も粋なことを考えおる」
その言葉だけでギリアスは察したようだった。不敵な笑みを見せる彼に対し、アヤトとルナリアも頷いてみせた。
ミレーヌとクルスが斥候、ニムエが前衛、ルナリアが後衛兼参謀といったようにこの部隊には得意分野がある。その中でもギリアスは異質な得意分野を持っている。
それ故に彼は猛毒翁と呼ばれ、味方からも畏怖されているのだ。
彼は杖を突くと、目を細めて告げる。
「善は急げ、じゃな。隊長殿、クルス、準備するのじゃ」
「え、ギリアスさん、何を準備するのですか……?」
まだ理解が及んでいないクルスに対し、ギリアスはにっこりと微笑んで告げた。
「罠にかける準備じゃよ」
◆
(まさか、ここまで勇者たちの行動が早いとは――)
マーロック家を物陰から睨む一人の男――ドリウスは内心で焦っていた。
彼が計画した勇者の暗殺は失敗。それどころか、雇った男を捕らえられ、その拠点まで押さえられるという失態を冒してしまったのだ。
男が捕らえられるのはいい。
依頼に当たって彼には情報も何も与えていないし、指示書も暗号化している。だから、仮に捕らえられたとしても、憲兵を使って身柄を回収して処分すれば良い。何も証拠は残らない――はずだった。
だが、勇者の動きは想定外に早く、巧妙だった。
暗殺者を捕まえるどころか、それを泳がせて奴の拠点まで特定。それを軍が封鎖してしまったのである。そこまで抑えられてしまうと、憲兵でも押収は難しい。
事実、その場を抑えた第七軍は憲兵に引き渡しを拒否。『もしここを取り調べたいなら、将軍を通すように』と言い張られてしまっている。
(第一軍の将軍に抗議させれば、この封鎖は解けるだろう。だが――)
そうなれば事は大事になる。市井にも勇者が襲撃されたことが伝われば、王都を警備する憲兵たちの名に傷がつく。それは第一軍の将軍も嫌がることだ。
それ故に、ドリウスは手を出せない状況が続いていた。
(あの拠点は我々が用意したもの。もしかしたら何か証拠が残っているかも――)
それを見つけ出されたら、ドリウスの失脚――それどころか、王家の権威が失墜しかねない。ドリウスは歯軋りしながらマーロック家を睨みつける。
(もし何か掴まれたら、その時点で抹消しなければ)
動きを逐一逃すまい、と真剣な顔つきでドリウスはマーロック家の監視を続ける。
動きがあったのは、しばらく経ってからだった。
屋敷に入っていった一人の兵士が、勇者を連れて外に出てきたのだ。それから彼を案内するように足早に移動を始める。
嫌な予感がする。ドリウスは顔を隠すと、素早くその後を尾けて歩き始める。
少し距離を詰め、耳をそばだてれば、二人の声が微かに聞こえてくる。
「――本当か。証拠を掴んだのは」
「はい、念のために隊長にも見ていただきたく。この印が間違いなければ――」
その言葉に血の気が引く。まさか書状の一部に何かしらの印が残っていたのだろうか。
(いや、まさか、そんなはずは――)
ない、とは言い切れない。あの場所はドリウス以外の暗部の人間も使用するのだ。それらの中に王家の印でも混ざっていれば――。
ドリウスは焦りを押し殺し、軽く手を挙げて合図する。
それを受けて周囲に紛れ込んでいた部下たちが一斉に動き出す。彼のさりげない身振りで意図を察し、じわじわと勇者と少年兵の周りを取り囲むように。
二人の行く先は分かっている――スラム街だ。
(そこで全てケリをつける――)
ドリウスは覚悟を決め、二人を尾行して動き始めた。
だが、ドリウスはあまりにも集中し過ぎて気づかなかった。
周りにいたはずの部下が一人、また一人と消えていっていることに。
音もなく張り巡らせた蜘蛛の糸のような罠が、仲間を絡め取っていることを――。
そして、それに気づいたときには、すでにドリウスは死地に足を踏み入れていた。
「――っ」
突然響いた風切り音。ドリウスは正面の勇者の動きに注視していて、それにすぐさま反応できなかった。首に鋭い痛みが走ったと思った瞬間、ぐらりと足元が揺れる。
急速に意識が遠のく中、響いたのは呆れた老人の声だった。
「やれやれ、他愛もない連中だわい」




