第38話
「まずは証拠固めじゃな。隊長殿」
アヤトとルナリアが部隊の仲間たちと合流したその日の昼下がり。
部隊はマーロックの屋敷に場所を移し、今後の方針について話し合っていた。口火を切ったギリアスの言葉にアヤトは頷いてみせる。
「ああ、恐らくこの一件は王家が糸を引いている。だが、証拠がなければ大義がなく、我々はただの犯罪者になってしまう」
「逆に錦の旗を手にすれば、私たちは王家に刃向かえる、ということね」
「そうですけど――もう少しいい言い方はないんですか、ミレーヌ」
ルナリアの呆れた声に、ミレーヌは無表情でふんと鼻を鳴らしてみせた。
「敵対する行為に、いい言い方も何もないでしょう? むしろ、言葉など不要よ」
「それはそうだが、ここはいつもの戦場とは違う。言葉の使い方も気をつけておいた方がいい。つまらないミスで足元を掬われたら笑えないぞ」
「――それもそうね。隊長がそういうなら気をつけることにする」
アヤトの言葉にミレーヌは素直に頷いた。それをルナリアは複雑そうに見て吐息をこぼした。
「相変わらず、アヤトさんの言うことは素直に聞きますね。ミレーヌ」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。ルナリア」
「ふ、二人とも、落ち着く、のだ」
二人の睨み合いをマークがおろおろして宥めようとする。一方でニムエは無関心に自分の短刀を磨き始めている。昔を思わせる雰囲気にアヤトとギリアスは笑みをこぼした。
「懐かしいのぅ、この感じ」
「ああ、全くだ」
野営地で焚火を囲んでいるときも、よくこんなやり取りをしていた。思わず和んでいると刃を研いでいるニムエが半眼で口を開く。
「和むのはいいですけど、さっさと仕事を始めましょうよ。隊長さん」
「ああ、それもそうだ。さて、みんな」
軽く手を叩いて注目を促す。全員が口を噤んで視線を集めたのを見てから、アヤトは淀みなく声を掛けた。
「現在、襲撃者の拠点はテオドール将軍たちによって抑え、調査が進んでいる。憲兵たちの横槍が入っているが、今のところは問題ない。ただ、一方で黒幕の特定に繋がりそうな物品は非常に少ない」
「ふむ、書状や武器、火薬などはあったとのことじゃが」
「ああ。それを充分に用意できること、そしてこれまでの背景から王家が絡んでいるというのが、俺とルナの推理だ。ただ、特定には至っていない」
「つまり、その特定に必要な証拠を手にしなければならない、と」
ニムエの確認にアヤトが頷けば、彼女は難しそうに腕を組む。
「とはいえ、それは難しいですよ。隊長さん。私たちはあくまで戦闘職――将軍たちで証拠を掴めないのに、我々だけで掴めるとは思えません」
「ああ、だから別の角度から調査を進めたい」
アヤトはそう言いながらルナリアを見ると、彼女は頷いて静かに言う。
「敵は魔王軍よりも間抜けです。それに恐らく一枚岩ではない。どこかでボロは必ず出すはずです。近衛、侍従、官僚――その辺から攻めるのが良いかと」
「ミレーヌ、出番だ。力を貸してくれるか」
「――仕方ないわね」
ミレーヌは小さく吐息をこぼすと、椅子から立ち上がって窓の方に向かう。窓を開け放つと、彼女は軽く口笛を吹いた。
それに応じるように羽ばたきが聞こえ、数匹の鳥が窓枠まで飛んでくる。
(さすがミレーヌ――王都でも権能が健在か)
彼女の一族は鳥や小動物と意思を疎通できる力を手にしていた。話によれば、魔族の血が少し混ざっている影響らしい。
だが、彼女たちも魔王軍の侵攻を受けてしまう。何度かは動物たちの助けを借りて退け、その間に王国に助けを求めた。だが、王国はそれを黙殺してしまい、王国軍に救援要請が届くことはなかった。
ただ、アヤトだけは魔王軍の妙な動きから攻撃を受けている友軍がいると察知。ルナリアたちと共に救援に向かい、間一髪のところで壊滅しそうになっていたミレーヌの一族を助け出すことに成功したのだ。
以来、彼女はアヤトの恩を感じ、客将として部隊に加入してくれた。彼女は狩人としての実力だけでなく、その権能を活かして動物たちから情報収集。特に鳥から得られる航空からの高度な情報は非常に作戦に役立ってくれた。
そして、今も彼女はその力を活かし、鳥たちと対話している。
「みんな、力を貸して頂戴――」
ミレーヌはそう声をかけてから、口を動かした。時折響き渡るのは、掠れたような高い音――人間の耳には聞き取れない言葉。
それに耳を傾けていた鳥たちは一声鳴く。ミレーヌは優しく微笑んで一度ずつ鳥を撫で、空へと解き放っていく。放たれた鳥たちは真っ直ぐに王城へ飛んで行った。
それからミレーヌは振り返ると、表情を消して告げる。
「鳥たちには王城の周りを探らせているわ。様子を見て近衛たちの話も聞いてもらうつもり。あとは――ネズミも放ちましょうか」
「ありがとう。ミレーヌ」
「さすがは我が部隊の鷹の目じゃな」
「まさしくですね」
アヤトたちが賞賛するがミレーヌはにこりともせず、鼻を鳴らすだけだ。だが、ギリアスは気にした様子もなく、よし、と一つ頷いてみせる。
「儂も不慣れじゃが、酒場で情報でも集めるかの」
そう言いながら立ち上がったギリアスにルナリアは半眼を向けた。
「貴方、ただ飲みたいだけじゃないですか、猛毒翁」
「仕方ないもの。儂は諜報とか得意じゃないし」
「それなら得意の罠でも仕掛けて、敵を釣り出してくださいよ」
「とはいえ、良い餌もないじゃろ? 隊長殿を囮にしていいなら構わんが――」
「それはダメです」
アヤトが答える前にきっぱりと断るルナリア。それにアヤトは思わず苦笑する。
「俺にできることなら、するつもりだけどな。多少の危険を冒してでも」
「それでもダメなものはダメです。下手をすれば尊厳の方を傷つけられます」
「ルナリアちゃんは相変わらず過保護じゃの」
ギリアスは肩を竦めつつも軽く頷いて椅子に腰を下ろした。
「ま、ルナリアちゃんの言うことも一理ある。ここは儂たちが得意としている戦場ではない――故に、迂闊にリスクは取れんわな」
「その通りです。少なくともクルスくんが戻ってくるまで待つのも良いかと」
その言葉に今、まだ顔を見せていない部隊の一人を思い浮かべる。
今、彼はテオドール将軍と共に、襲撃者の家を探っているはずだ。普通の兵ならば気づけない情報も彼ならば気づけるかもしれない。
ギリアスはその言葉に頷いていると、応接間の扉がノックされた。
「お嬢様、クルス様がお見えになられました」
「噂をすれば――ですね。お通ししてください」
「かしこまりました」
その言葉と共にメイドが扉を開いた。その外から姿を見せたのは、小柄な少年だった。少し不安そうにきょろきょろしていたが、アヤトたちを見るとぱっと笑顔を花咲かせた。
「隊長っ、お久しぶりですっ」
無邪気な笑顔と共に歩み寄ってくる少年――クルス。その顔立ちは中性的で少女のように見えるが、彼もまた歴戦の兵士の一人だ。
彼はきりっと表情を引き締めると、様になった敬礼をして告げる。
「遅参お詫び申し上げます。隊長。クルス、ただいま参上しました」
「ああ、お疲れ様。前線では大事なかったか?」
「身体が鈍りそうでした。それだけ将軍の作戦が上手く行っているということですけど」
クルスの屈託のない笑顔に部隊の全員が釣られて笑う。無表情なミレーヌでさえもほのかに微笑みながらクルスを手招きする。
「お疲れ様。クルス――こっちにおいで。紅茶があるわ」
「はい、ミレーヌ姉さん。あ、ルナリアさんもご無沙汰しています」
「はい、お久しぶりです。お菓子もありますからね」
「ありがとうございます……! あ、でもその前に」
クルスはそちらに歩もうとして我に返り、アヤトに向き直る。
「隊長、調査した結果について取り急ぎ、ご報告があります――!」




