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婚約破棄された勇者、戦友の令嬢から溺愛される  作者: アレセイア
第四章

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第36話

 マーロック家の屋敷から少し離れた場所にある広場。

 そこにアヤトとルナリアが足を運ぶと、アヤトの肩に留まっていた鳥が不意に飛び立ち、羽ばたいて真っ直ぐに飛ぶ。

 その飛んだ先にいるのは、すらりとした一人の黒髪の女性だった。彼女が差し伸べた腕に黒い鳥は留まると、機嫌よさそうに一つ鳴く。女性はそれに目を細めて指先で毛づくろいを始めた。

 そこへアヤトとルナリアが向かうと、彼女はすぐに表情を消して頷いた。


「こんにちは、隊長――お呼びに応じて参上したわ」

「ああ、助かるよ。ミレーヌ。他のみんなもわざわざ呼び立てて済まない」


 視線を他の物陰に向ける。その言葉に応じるように、次々と四人の人影が姿を現した。杖をついた微笑む初老の男性、黒いフードを目深に被った少年、全員よりはるかに背丈が高い巨漢、きりりと顔つきを引き締めたまだ幼い少女――。

 もう飽きるほど見てきた、大切な仲間たちの姿だ。


「――と、クルスがいないか?」

「あの子はテオドール将軍と先に、例の襲撃者のねぐらに行ったとも。彼の嗅覚ならば、何か手がかりを掴めるやもしれんからの」


 そう告げたのは初老の男性だ。朗らかな笑みを浮かべつつも、その目つきに油断はない。彼は前に進み出ると、ルナリアを見て軽く頭を下げた。


「久しいのぅ、ルナリアちゃん。元気だったかね?」

「はい、ギリアス翁。おかげさまで」

「ルナリアちゃんの辣腕は伝え聞いておるよ。お父様はお元気かね?」

「――相変わらず翁は食えない方ですねぇ」


 ルナリアの苦笑とギリアスの笑みが交錯する。二人とも目が笑っていない。


(二人とも同じ参謀タイプだからな)


 それ故に互いに認め合っている節がある。アヤトが思わず笑っていると、地面を踏みしめる音と共に一人の巨漢が歩み寄って来た。彼は膝をつくと、アヤトと視線を合わせながら低い声を届かせる。


「大丈夫、か? アヤト」

「ん、大丈夫とは?」

「将軍から、いろいろと、聞いた」


 ゆったりと、一言一言区切るような言葉。その瞳には温もりがあふれており、厳めしい顔とは裏腹に優しい雰囲気が伝わってくる。

 アヤトは肩を竦めてから軽く肩を叩いた。


「ありがとう、マーク――今は、大丈夫だとも」

「そう、か。俺、アヤトの仲間、だから」

「――うん、ありがとう」


 マークと話すとゆったりとした気分になれる。アヤトは微笑みながら最後に視線を無言の少女に向ける。目が合うと、彼女はこくんと頷く。

 アヤトも会釈を返す――とりあえずは、それで十分だった。

 ギリアスはルナリアとの言葉の応酬を切り上げると、こほんと咳払いして杖を軽く地面を打った。アヤトは彼に視線を向けると、目を細めて言う。


「大概のことは聞いた上に、将軍殿から情報も頂戴した。ただ――にわかには信じられない故に、隊長殿の口から改めて聞きたいの。一体何があって、何をしようとしているか」

「ああ、分かっている。ギリアス。みんなも聞いてくれるか」


 アヤトは全員が頷いたのを見て、彼は手頃な木箱に腰を下ろして語り始める。

 アヤトがクラリッサに婚約破棄されたこと。傷心のアヤトをルナリアが見つけ、保護してくれたこと。将軍たちが心配してくれた一方で、襲撃者が差し向けられたこと。

 そして――それによって、ルナリアが傷つけられたこと。

 そこまで語り切ると、無言を貫く少女が初めて口を開いた。


「刺客を差し向けた相手は、分かっているんですか?」

「ニムエちゃん、分かっておるじゃろ。もはや誰が黒幕は自明の理。だからこそ、隊長殿は儂たちを呼び寄せたのです」

「分かっています。分かっていますが――信じられません」


 少女――ニムエは無表情を強張らせ、拳を握りしめて身を震わせる。


「我々は王国の盾であり、剣。それなのに、これだけの仕打ちができるものでしょうか。だとすれば、カーチャ姉さまの犠牲が報われません」

「――ニムエ」


 ニムエは、オーガロック城塞都市の包囲網突破で戦死したカーチャの妹分だ。カーチャの遺志を継ぎ、彼女はわざわざ第七軍に移籍してきてくれた。

 カーチャをよく慕っていただけに、怒りを隠し切れないのだろう。

 それに対してギリアスは動揺なく、ただ事実を受け止めるように頷く。


「上が理解を示さぬのは、よくあることよ――ただ、ここまでとは儂も思わなんだが」

「人間は愚かよ。まだ動物たちの方が素直でマシ」


 ミレーヌはそう告げながら腕に留まった鳥の頭を指先で愛おしむように撫でている。相変わらずの面々にアヤトは苦笑し、ルナリアは遠い目をする。


「懐かしいですね、この雰囲気」

「相変わらずだよ。この部隊は」


 アヤトの部隊はギリアス、ミレーヌ、マーク、ニムエ、ここにはいないクルスが中核メンバーになっている。無論、他にも数人いるが、まだ歴は浅い。

 彼らがいたからこそ、アヤトは勇者と呼ばれるだけの実力を振るうことができ、修羅場を共に超えることができた。大事な、大事な仲間たちである。


(だからこそ、俺のことに巻き込むのは申し訳ないが――)


 アヤトは咳払いをすると、面々を見て告げる。


「故に――頼みがある。みんな」


 その頼みの内容を言う前に、ギリアスが穏やかな声で告げた。


「落とし前を、つけるのじゃろ」

「ん、俺、手伝う」


 マークもその言葉に続き、他の面々も首を縦に振って同意を示す。アヤトは見開きながら、少し待て、と身振りをしながら言葉を続ける。


「一応考えて欲しい。下手をすると、国全体を敵に回すことに――」

「誰であっても、変わらないわ。アヤト隊長」


 穏やかな口調でミレーヌは言うと、同意するように彼女の腕の鳥も軽く鳴き声を響かせた。彼女は頷きながら静かに言葉を続ける。


「国に見捨てられた私たち一族を助けてくれたのは、アヤト隊長たちだけだった。だから、私は貴方のことを一族のように思っているし、貴方と貴方の仲間を傷つける相手がいれば、それは誰であれ、許すつもりはない」


 それに、と彼女は光の消えた瞳で、淡々と言葉を続ける。


「一度はアヤト隊長の顔に免じて赦したけど――これで二度目。私としてはもう許せないし、完膚なきまでに叩きたい」

「俺も、同じ。アヤトの敵は、俺の敵だ」

「ちなみに、クルスも同じ意見じゃったし、儂も賛成じゃ――こんな面白いこと、見逃せるはずがないじゃろ」

「――アヤトさんの面前ですよ。猛毒翁」

「おや、これは失敬」


 ルナリアの指摘に悪びれもしないギリアス。アヤトは思わず笑ってしまいながらも、心から感謝を口にする。


「みんな、ありがとう」

「礼には及ばんのぅ。そもそも、儂たちが傷ついたら隊長殿は烈火のごとく怒るじゃろ。それを儂らは同じじゃよ」


 ギリアスはそう告げると、その瞳に強い光を宿しながら杖で地面を突いた。ミレーヌもその隣に並び、踵を鳴らして告げる。


「命じて。アヤト隊長――お願いだから」


 その場にいる全員の視線が注がれる。その揺るがない視線にアヤトは胸が熱くなる。ルナリアはアヤトの隣に立つのを感じると、アヤトは深呼吸して告げる。


「了解した。では諸君たちの意思を確認したところで、命を下す」


 一息。それからはっきりと淀みない口調で告げる。


「今回、俺とルナリアが攻撃を受けたことを受け、我々に敵対する勢力がいることを確認した。ついてはこれを速やかに同定し、排除することが目的である。尚、敵対勢力は状況証拠から高位の貴族、あるいはそれ以上の存在だと考えられる」


 アヤトは言葉を切ると、面々を見渡した。


 ギリアスは愉快そうに唇を歪めながら頷いている。

 ミレーヌは光を失った瞳でアヤトを真っ直ぐに見ている。

 マークはその巨漢から怒りのオーラを漂わせながら頷き返す。

 ニムエは拳を握りしめながら戦意を滾らせている。

 そして――ルナリアはアヤトをひたすらに信じる眼差しを向けている。


 全員が臆していないことを確かめると、アヤトは不敵に笑って告げる。


「だが――誰であっても構うことはない。魔王軍であろうと、神であろうと――王であろうと、我らに敵する者はひたすらに斬るのみだ」


 王と敵対する。その意思を強く宣言し、アヤトは命を下す。


「全員、剣を執れ。戦いの時間だ」

「了解!」


 全員が敬礼し、戦意を滾らせた兵士たちが目を爛々に輝かせた。

 今、王都に歴戦の兵士たちが解き放たれようとしていた。

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