第35話
「ん、ん……っ」
その日、いつも通り夜明けと共に目を覚ましたアヤトは身体を起こして背伸びをする。まだ半分動かない頭で周りを見渡せば、目に入るのは女性らしい部屋だ。
そして、その主は隣のベッドで穏やかな寝息を立てている。
アヤトはそちらを見ながらふと思う。
(――もう五日経ったか)
マーロック家の茶会と襲撃事件から五日。アヤトはルナリアの傍に控えて世話を焼き続けていた。アヤトが弱っていたとき、ルナリアがいろいろと傍にいてくれたように、アヤトもルナリアにいろいろと世話を焼き、寝食を共にする。
まるで、立場が逆になったような日々は存外面白く、あっという間に日が流れている。アヤトは一つ苦笑してから立ち上がり、ルナリアのベッドに歩み寄って声を掛ける。
「ルナ、朝だぞ。起きろ」
その言葉にぴくりと身体を震わせ、寝息がぴたりと止まる。だが、数秒経っても起きる気配がない。その姿にアヤトは苦笑する。
(――全く、またか)
ルナリアは寝起きが悪いわけではない。むしろ、軍人として訓練されていたため、一声かければ一瞬で起床することができるはずなのだ。
事実、アヤトの部屋でルナリアが寝起きしていたときは、アヤトより早く起床し、その気配でアヤトが目を覚ましていたくらいだ。
だから今、彼女はもう目を覚ましているはず――でも、起きないということは。
(特別なやり方で起こして欲しいんだろうな)
昨日の朝もこんな風にわざと狸寝入りしていた。そのときはくすぐり、彼女が我慢できなくなるまでやっていたのだが、同じやり方は芸がないだろう。
少し考えながらベッドに腰を下ろし――ふかふかな感触に気づく。
(ここで寝たら気持ちよさそうだな――)
ふとそう思ったところで、今日の起こし方を思いつく。アヤトは目を細めると、ルナリアの肩を軽く揺さぶってみる。
「ルナ、朝だぞ。起きないのか?」
「……まだ寝ています」
「そうか――なら、俺も一緒に寝るかな」
そう言いながらアヤトはルナリアの傍で横になった。瞬間、彼女の身体がぴくりと震えて固まり、吐息も止まる。
(大分驚いているな――まぁ、予想外だろうし)
アヤトは内心で頷きながらベッドの感触を確かめる。実際に寝てみると、想像以上に柔らかくて心地いい。どこまでも沈んでしまいそうだ。
個人的には少し硬い方が好みではあるものの、悪くない感触だ。
それを満喫していると、ふとルナリアの身体が近いことに気づく。
(近づいた――いや、違う……)
アヤトとルナリア、二人分の重さでベッドの中心が沈み、傾斜ができてしまっているのだ。身動きするだけで二人の身体は徐々に中心に寄っていく。
やがて、アヤトとルナリアの肩が微かに触れ合う。
それに彼女は身を震わせ――でも、まだ起きようとはしない。
「起きないなら――俺もずっと寝ているぞ?」
間近な距離で低い声で告げるが、彼女は狸寝入りを決め込んでいる。その大胆さに呆れながら、アヤトは何となく間近な距離のルナリアの顔を見る。
必死に寝たふりをし、目を閉じているルナリア。
こうして見れば、睫毛は長いし、顔立ちも整っていて可憐だ。頬は柔らかそうだし、ベッドの上で広がる銀髪も美しい。
(――この髪、指の通りが良くて綺麗なんだよな)
それをもう一度触れたくなり、そっと手を伸ばした。そしてその髪に触れるようにして、そっと彼女の身体を抱き寄せる。
柔らかくて、だけど芯のある身体。それがアヤトに実感をもたらす。
(ルナリアって――こんな可愛い女の子だったんだな……)
分かっていたつもりだった。だけど、この数日で触れ合ったことで改めて実感させられる。不思議と胸からむずがゆい感情が込み上げてきて――。
視線を少し下にずらせば、ルナリアとふと目が合った。
いつの間にか目を開いていたのか、彼女は瞳を揺らしながらじっとアヤトを見上げている。その切なげな瞳に吸い込まれるように、アヤトはその彼女に顔を近づけ――。
こつ、こつ――と、不意に固い音が響き渡った。
「――っ」
驚いたようにルナリアは目を見開いて身体を離す。アヤトも目を丸くし――だがすぐに苦笑を浮かべながら身体を起こした。
「ようやくお目覚めだな。ルナ」
「う、ぁ……」
その指摘にルナリアは目を開いてしまったことを自覚したのだろう。悔しそうな表情をしながらのろのろと身体を起こす。
「うう……おはようございます。チャンスを逃してしまいました……」
「狸寝入りも程々にな。ルナ」
アヤトは彼女の言葉に深く突っ込まず、苦笑交じりに言いながら視線を窓の方に向ける。固い音が響いたのは、そこからだ。
そこに見えるのは、窓枠に止まっている一羽の黒い鳥だ。嘴で窓を叩いている。
その足には細長い紙が結わえ付けられている。
(――こんなことをするのは、あいつしかいないな)
アヤトは確信しながら窓を開け、その鳥を部屋に招き入れる。鳥は慣れた様子で一羽ばたきすると、アヤトの肩に留まった。
ルナリアもその存在に気づき、ああ、と頷きながら目を細める。
「その子がいるってことは――」
「うん、そういうことだ」
アヤトは鳥の足についていた紙を取り、広げて中身に目を通した。それから視線をルナリアに向けて告げる。
「すぐに支度だ。ルナリア――仲間たちが、来てくれたようだ」




