第29話
「中に、カーチャという女性の兵士がいました。第五軍の、兵でしたね」
ちら、と第五軍の将軍を見れば、彼は腕を組みながら応じる。
「うむ、よく覚えておる。姉御肌の子でな、同じ軍内に恋人もいた。槍が得意で、軍内随一の腕前――それ故に、今回の作戦に勇者殿を支援するように命じたのだ」
「はい。彼女にはとても助けられました」
そのときもカーチャは獅子奮迅の戦いを見せていた。接近戦が不得手なルナリアに代わり、前線で奮戦。彼女が魔術を詠唱する時間を稼いでくれていた。
アヤトと合流してからは共に先頭を突っ走る。まるで槍のような女性だった。
それだけに無数の傷を負い、全身から血を流していた。
それでも、止まらなかった。彼女は猛然と槍を振るっていた。
「そしてある瞬間――敵の圧力が、一気に弱まりました」
次々と立ちはだかる敵たちが一気に薄くなったのだ。それと同時に現れたのは、ユリウス辺境伯の家紋を掲げた軍――。
「ユリウス領邦軍です。籠城戦で疲弊していたにも関わらず、彼らは打って出たのです」
包囲されていた城塞都市から一気呵成に飛び出し、敵を切り崩してくれたのだ。
アヤトたち十人はそれによって活路を見出した。彼らと協力し、敵の駆逐に動く。彼らの勇猛さに触発され、領邦軍も懸命に戦う。
「その先頭を駆けたのは、カーチャです。疲れを知らないかのように、彼女は全力で駆けていました。矢を受けても止まらず、ひたすらに槍を振るい続け、魔王軍が瓦解するまで戦い続けました。そして、軍勢が退いたのを見て初めて、彼女は槍を下ろしました」
アヤトが淡々と語る中、ルナリアは視線を伏せさせた。第五軍の将軍も拳を握りしめ、肩を震わせる。メリッサはその先を予感したのか、唇を震わせた。
「今でも覚えていますよ。彼女の最後の一言」
アヤトはそっとその言葉を唇に載せた。
「――『あんたと戦えて、楽しかった』」
共に戦ったのは短い期間。だが、頼れる姉御肌の女性だった。
人見知りの激しいルナリアに対しても気さくに接し、すぐに打ち解けていた。背中を任せるときにこれ以上なく、頼もしい人だった。
そして、燃える村を見て、どこまでも怒れる正義感の持ち主だった。
もしかしたら、アヤト以上に『勇者』の名に相応しい人だったかもしれない。
「――気づいたときには、彼女は死んでいました」
俺もだよ。そう笑い返すと、彼女は口元に微笑みを浮かべて。
その瞳から光が、炎が消えたのだ。それに気づいて声をかけても、彼女は一つの言葉も、一つの吐息もこぼさなかった。
微笑んだまま、目を見開いたまま、その場で立ったまま。
彼女は、息を引き取っていた。
「彼女の身体は、ずたぼろでした。血はとめどなくこぼれ、矢が身体に深く突き刺さっている。思えば、どこかで彼女は致命傷を負っていたのでしょう」
だからこそ、彼女は死力を尽くして戦ったのだ。
覚悟を決め、この場で命を使い尽くすと決めた。
そして、彼女はどこまでも一番槍として戦い――命を燃やし尽くした。
(――ルナリアも、泣いていたな)
たくさんの死を経験してきた。それでも彼女の死は辛かった。ルナリアは彼女の身体に縋りつき、揺さぶるようにして泣き叫んでいた。
仲間たちも泣いた。領邦軍も泣いていた。アヤトも――泣いた。
「カーチャとは短い間とはいえ、苦境も共にしました。毒蛇に噛まれたとき、血を吸い出してもらったときもあります。それすらも厭わない間柄でした」
言葉を切り、メリッサを真っ直ぐに見てアヤトははっきりと口にする。
「メリッサ嬢――これが、戦友です。これまでに深い仲なのが、戦友なのです。少なくとも、魔王軍との戦いを生き抜いてきた俺たちにとって、戦友という言葉はそれだけ重い意味を持ちます」
その言葉にメリッサは我に返ると、唇を噛みしめて肩を震わせた。だが、すぐに真っ直ぐにアヤトを見つめると、深々と首を垂れた。
「――申し訳ありません。そうとは知らず、妙な勘ぐりをしてしまいました。ルナリア様にも、心よりお詫び申し上げます」
「分かっていただければ良いのです。メリッサ嬢」
アヤトは吐息をこぼすと、彼女の方に手を差し伸べて訊ねる。
「お茶のおかわりは、いかがですか?」
「……いただきます」
メリッサの手から茶碗を受け取り、茶を点てていく。遠くで貴族たちの話し声が聞こえる中、茶席だけは静かだった。
全員がカーチャを始め、死んでいった仲間に想いを馳せていた。
アヤトは茶を差し出し、メリッサはそれを受け取って一礼。静かに茶を口に運んだ。それを味わってから、ふと苦笑を見せた。
「――苦いですね。本当に」
「まさしく。ただ、それが生きているということ」
「なるほど、確かに」
メリッサは再び味わうように茶を飲んでから、一つ吐息をこぼす。それからアヤトを真っ直ぐに見て小さく微笑んだ。
「――ケビンから聞いた通りでした。勇者様は、本当に真っ直ぐな方」
「……ケビン……もしかして、リーヒ村の?」
「はい、そのケビンです。今、実は我が公爵家で剣術指南役として抱えていまして」
「……そういえば、そんな手紙をもらっていましたね」
ルナリアがぽつりとつぶやき、アヤトも頷いた。
ケビンはアヤトが勇者と呼ばれる前から共に戦ってきた仲間だ。だが、ブリッツ谷の戦いで腕を失う大怪我を負い、除隊したのだ。
その後の手紙で、貴族に世話になっている、とは聞いていたが。
「まぁ、ケビンの剣の腕なら納得、か?」
「失った腕も利き腕じゃない方でしたし」
「隻腕ながら、我が家の中では随一の実力者です」
彼女はそう告げてどこか自慢げに微笑む。年相応な無邪気さに表情を綻ばせていると、ふとメリッサが遠慮がちに口を開いた。
「――その、勇者様、よろしければもう少しお話を聞かせいただけますか?」
「お話、というと――戦いのような?」
「ええ、実はその、勇者様の武勇伝を伝え聞くのが好きでして」
そう言いながら、ちら、と彼女は後ろを振り返る。そこには令嬢たちがその場で身を寄せ合いながら、じっとアヤトたちを見ている。
「彼女たちとよく語らっているのです。いつもはケビンから話を聞いているのですが、この機会ですし、ぜひとも勇者様の武勇伝を直接お聞きしたく――」
「ぶ、武勇伝と言われても――」
少し戸惑ってしまう。アヤトはただひたすらに戦っているだけなのに。
だが、メリッサはすぐに手招きし、その令嬢たちを呼び寄せてしまう。窮していると、ずっと見守っていた将軍の一人が声を掛けた。
「勇者殿、我が第四軍と実施した『金床とハンマー作戦』の話はいかがか?」
「いやはや、それならば我が第六軍との合同作戦『十二面埋伏』は?」
「ゆ、勇者様、良ければ、モーゲン城砦救援作戦をお聞きしたく――!」
気づけば、令嬢たちや将軍――そして遠くで話を聞いていたらしい貴族たちまでも集まってきて、毛氈の周りに人だかりができている。
それにアヤトは面食らいながら、ルナリアを見る。
彼女はやれやれとばかりに吐息をこぼすと、静かに告げる。
「では、間を取って、モリスト領大返し作戦を話しませんか。そちらは私も終始お傍にいた次第ですし、補足もできますから」
「ああ、なるほど――ええと、あれはもう三年前、になるのかな」
「ええ、三年前の春頃。丁度、『金床とハンマー作戦』の後になります」
ルナリアが絶妙な相槌を打ってくれるおかげで、その戦いが記憶に蘇ってくる。
(――あの戦いは戦死者が少なかったし、丁度良いかもな)
アヤトは気を取り直し、その戦いを思い出しながら口を開いた。




