第28話
キリルハイム家は、この国を支える四大公爵家の一つだ。
建国時、初代国王に手を貸した四人の騎士たちが家を興したとされ、王家と同じだけの歴史を持つ名家だ。彼らは王都の東西南北にそれぞれ領地を持ち、王都を守り、繁栄をもたらす者としての自負を持つ――と、されている。
(まさか、その公爵家から人が来るとはな――)
毛氈の上――そこに綺麗に正座したキリルハイム公爵家の令嬢、メリッサは丁寧にアヤトが点てた茶を飲んでいた。アヤトの傍に立つルナリアからは、どこかぴりぴりした雰囲気が伝わってくる。
無理もない。いろいろな意味で、ルナリアは意識せざるを得ない人物だ。
やがてメリッサは小さく吐息をこぼすと、懐から出したハンカチで飲み口を拭き、器を毛氈の上に置いて一礼した。
「結構なお手前にございます」
「――ありがたき言葉です」
頭を下げながら舌を巻く。茶の作法をある程度、学んできている。
つまり、それだけ文化に造詣が深いか、あるいは、事前に調べてきたということ。どちらにしろ、油断はできない相手だということだ。
彼女は顔を上げると、わずかにへにゃりと眉を下げて告げる。
「勇者様、改めてお時間をいただけたことに感謝と――心からのお詫びを」
「お詫び? 何のことについてでしょうか」
「それは――」
言いながら、ちら、と躊躇いがちに彼女はルナリアの方を見る。その視線に対し、ルナリアは平然とした口調で告げる。
「アヤト様と私は戦友同士にて、ここ一か月の出来事は全て共有しています」
「――全て、でしょうか」
メリッサは確認するようにアヤトの方を見る。彼は即座に頷いてみせた。
「無論。彼女は俺の右腕に等しい存在故に、隠し事は一切ない」
「では――申し上げます」
メリッサはその場に指を突き、深々と一礼してみせた。
「クラリッサ姉さまのご無礼、本人に代わりお詫び申し上げます。お詫びを申し上げたとしても、許されることではないと思いますが――平に、平に」
(やはり、婚約破棄についてか)
クラリッサの母親は、キリルハイム公爵家の現当主の娘であるため、メリッサとクラリッサは従姉妹同士に当たる。顔立ちが似ているのも無理もない話なのだ。
アヤトは吐息をこぼしながらどう応えたものか悩んでいると、ルナリアが口を開く。
「顔をお上げください。メリッサ様。アヤト様もお困りです」
「ええ、どうかお顔を」
ルナリアの言葉に乗っかってアヤトが声を掛ければ、おずおずとメリッサは顔を上げた。ルナリアは静かな口調で訊ねる。
「私が口を挟むのも差し出がましい話ですが――何故、メリッサ様がクラリッサ殿下の行いについてお詫びを申し上げるのでしょうか。従姉妹同士とはいえ、殿下は王家、メリッサ様は公爵家。立場が違いまする」
「確かに、ルナリア様の仰る通りです」
メリッサはルナリアに視線を向けながらも、体の向きはアヤトから変えない。彼女は討てば響くように明朗な声で答える。
「ただ、私は今回、祖父である現公爵の名代として出席するように仰せつかりました。祖父からすれば、クラリッサ姉さまは孫にあたります――祖父であれば、孫の無礼は必ず謝罪されます故」
「なる、ほど――との、ことですか。アヤト様」
ルナリアから発言を委ねられる――自由に答えて良い、ということだろう。
アヤトは頷くと、メリッサを見て穏やかに答える。
「まだ王家から発表がない以上、その謝罪を受け取ることはできません。ですが、メリッサ嬢、ひいては公爵閣下のお気持ちはしかと耳にしました」
「――ありがとうございます。そう言っていただけただけで気持ちが救われます」
メリッサは安堵の吐息をこぼしながら、へにゃりと笑う。その笑顔は幼い頃のクラリッサにそっくりで、胸が軋みを上げた。
たまらず無言になると、メリッサは視線をルナリアの方に向けて訊ねる。
「ちなみに、勇者様がマーロック家に逗留しているのは、いかなる理由でしょうか。軍の宿舎など、他にも逗留できる場所はあると思いますが――」
「アヤト様と私は戦友同士。故に、旧交を温めるべく、お誘い申し上げました」
「そうでしたか――ただ、戦友同士、としては仲が些か深いように見受けますが」
さりげない指摘は、どこかアヤトとルナリアの間を勘ぐるような気配を感じる。それにアヤトは眉を吊り上げ、ルナリアも唇を引き結ぶ。
だが、二人がそれに応える前に、横から低い声が響いた。
「戦友だからこそ、だ」
視線を向ければ、そこには第五軍の将軍が腕を組みながらアヤトたちの方を見ていた。第四軍、第六軍の将軍も刺すような視線を向けている。
戦人ならではの気迫にメリッサがたじろぐのを見て、アヤトは口を開いた。
「将軍の仰る通りです。戦友だからこそ、我らは友以上に親しく、家族同然の絆を感じています――そうですね、メリッサ嬢は我らの戦いについてはご存知で?」
「え、ええ、一通り」
「では、そうですね、巷でよく話されているオーガロック城塞都市の包囲網突破のお話をさせてください。」
これはユリウス辺境伯も息子や孫を助けた戦いだ。その激戦を思い起こしながら、ゆっくりとアヤトは語る。
「あのとき、我らはたった十人でした。急報に接した際は百人ほどの隊で動いていましたが、緊急であるために機動力に優れた十人で動く必要がありました。そのうちの一人が、ここにいるルナリア嬢です」
視線を向ければ、彼女は真剣な表情で頷いてみせた。アヤトは目を細めながら言葉を続ける。
「ルナリア嬢は限界まで魔力を振り絞り、風属性の魔力で我らを支援し、限界まで行軍速度を上げてくれました。他の仲間たちも駆けながら知恵を絞り、オーガロック城塞都市を救うための策を練りました」
一人は崖上の奇襲を提案、それを受けて一人がルートを選定、そのルートに準じて一人が先行して斥候として駆けた。全員が持ちうる能力を総動員していた。
「兵糧も最低限。だからこそ、全員で食糧を分かち合い、苦境を共にしました。そして、現場に到達すると休む間もなく、敵陣に斬り込みました」
アヤトの語りに将軍たちは腕を組みながら頷いている。メリッサは聞き入るように瞬き一つせず、じっとアヤトを見つめている。
それに応えるべく、アヤトはゆっくりと言葉を続ける。
「敵陣には無数の兵がいました。ただ、誰もが油断しており、そこを我らは剣を抜いて斬り掛かりました。ルナリア嬢の魔術が初撃、混乱したところを斬獲。自分は真っ先に斬り込み、目星をつけていた大将に斬り掛かりました」
爆炎。立ち込める黒煙。無数の叫び声と血の臭い。
その中でアヤトは駆け、天幕を斬り裂いた。中にいたのは五人の魔王軍将校たち。誰もが剣を手にし、状況を確かめに動くところだった。
「夢中でしたので、仔細は覚えていません。ですが、覚えているのは逃げようとした大将を背後から斬りつけたこと。その後に首を刎ねたことです」
その間に仲間たちは至るところで戦っていた。混乱から立ち直った一部の兵たちによって応戦し、取り囲まれつつある。アヤトはすぐさま、そこの支援に駆けた。
「討ち取った後の方が、大変でした。何せ、四方が敵なのですから」
崖から飛び降りたのだ。当然、退路はない。
つまり、活路は正面――敵がひしめく場所だ。
生き抜くためには、全員で力を合わせて突っ込んでいくしかない。
一人、また一人と合流。そしてひたすら正面に向かって斬り続ける。叫び声、悲鳴、その中でも不思議と仲間たちの頼もしい声が響き渡っていた。
疲弊しながらも、この九人とならどこまでも行けると思っていた。
――思っていた、のに。




