第27話
それからアヤトはひたすら茶を点て続けた。
いつの間にか茶会が開いたのか、客はひっきりなしにアヤトの前に来て挨拶の口上を述べる。それに主に受け答えするのはルナリアだ。
アヤトは最低限の挨拶をすると、黙々と茶を点てていく。
それを客たちは興味津々に見て、茶を受け取り、立ち去る。かと思えば、また新しい客がやってきて、アヤトは茶を点てる。
その連続にうんざりしていた頃、ふと目の前に見覚えのある男が現れた。
「やぁ、アヤトにお嬢。数日ぶりであるな」
「――テオドール将軍。それに」
視線を後ろに向ければ、軍服姿の偉丈夫たちがずらりと並んでいる。いずれも軍を率いる将軍たちだ。第四軍、第五軍、第六軍――そして、見慣れない軍人が二人。
視線をテオドールに戻すと、彼はにやりと笑って告げる。
「この機会に第二軍、第三軍の将軍閣下もご挨拶をしたいとのことで、我ら軍を率いる者一同でご挨拶しに参った次第だ」
テオドールの言葉にアヤトは思わず目を見開いた。ルナリアも少し驚いたのか、目をぱちくりさせていたが、やがて小さく吐息をこぼす。
「王家の命で皆さん、王都から離れたと聞きましたが」
「なに、理由をつければいくらでも王都には戻って来れる故な」
第五軍の将軍が豪快に笑い、第四軍の将軍は苦笑いを滲ませる。
「ま、よくは思われないだろう。だが、ここで我らが雁首揃えて挨拶に現れることは、大きな意味があると考えられる――ほら」
彼の言葉に促され、アヤトは視線を庭園に移す。
茶席から少し離れた場所では、来場した客たちが立食形式のパーティーに参加していた。広々とした庭園だが、かなりの客が入っており、賑わいがここでも聞こえる。
その来場者のほとんどの視線が、アヤトたちに注がれていた。
「勇者殿を軍が重視している。これを貴族たちに示すことができた。これは大きいのではありませんかな。テオドール将軍」
「で、あるな。これで貴族はもちろん、王家はアヤトに一目置くであろう」
テオドールは腕を組みながら頷き、ちら、とルナリアを見る。
「まぁ、それはお嬢の目的だったのだろうが」
「それは否定はしませんが」
くすり、とルナリアは小さく笑ってから、ちら、とアヤトの方を見て訊ねる。
「アヤトさん、少し休憩にしますか。手も疲れられたでしょう?」
「ああ、少しな。ただ、将軍閣下が――」
「我らに気遣いは無用である。水でももらえればそれで」
「そういうわけにもいきませんが――サーシャ、紅茶をお願いします」
ルナリアは振り返り、傍に控えている使用人に声を掛けた。彼女は一礼すると、すぐに紅茶の支度を始める。アヤトは足を崩して軽く背伸びをすると、テオドールが毛氈の上に腰を下ろしながら笑う。
「しかし、大分人が集まったな。これもアヤトの名声故、であるか」
「いえ、ルナリアの辣腕あってこそ、でしょう。無論、俺に会いに来た、という人も少なからずいましたけど」
ユニウス辺境伯を始めとした、辺境貴族連合が最たる例だ。
彼らはわざわざ遠路はるばる王都まで来てくれ、ユニウス辺境伯に至っては多忙だったのか、汗まみれになりながら来て茶を三杯も所望。茶の点て甲斐のある方だった。
『我ら辺境連合、勇者殿には多大な恩がある次第にて、何かあればこのように馳せ参じる次第――! どうぞそれを頭の片隅に留めおいていただければ――!』
その熱烈な弁を思い出しながら、アヤトは苦笑を滲ませる。
「辺境伯たちを始めとした方々は本当に頼もしいですね。戦場でも貴族らしからぬ勇猛さを見せてくれましたが、このような場でも義理立ててくださるとは」
「それだけアヤトに恩義を感じている、ということであろうよ。特にユニウス辺境伯は孫たちを助けてもらった、という恩義も感じておられるはずだ」
「二年前の、包囲網突破戦でしたね」
ユニウス辺境伯は魔王軍の支配地域と接しており、二年前に大規模な攻勢を受けたことがある。その際、城塞都市が丸々魔王軍に包囲される事態になってしまった。
援軍に駆けつけようにも、他の都市も攻勢の最中で手が回らず、生存は絶望的。
そこに偶然にも、アヤトたちが駆けつけることになる。
(援軍が間に合ったのは、テオドール将軍の采配のおかげなのだけど)
テオドール将軍は前線の圧力が軽減したのを察し、魔王軍がどこかで大規模な攻勢を仕掛けているのではないか、と推測。そのために第七軍の精鋭部隊を密かに各地に派遣していたのだ。機動力があるアヤトたちは遠方のユニウス辺境領まで派兵。
そして、その急報を聞くと、包囲された城塞都市の後背を衝いたのだ。
本陣の後背は崖を背にしていたために全くの無防備。まさかアヤトたちが崖から飛び降りて奇襲してくるとは夢にも思わなかったのだろう。一瞬にしてアヤトたちは魔王軍の大将を討ち取り、包囲網を瓦解せしめた。
「あの突破戦の勲一等は、間違いなくテオドール将軍だと思いますが」
「まさか。実際に突っ込んで大将を討ち取ったのは、アヤトだ。他の誰でも同じことはできなかった」
テオドール将軍はしみじみそう言うと、ふと顔を上げて辺りを見渡す。
「――そうだ、それなら辺境伯に挨拶しておこうか」
「同行しましょうか?」
「いや、アヤトはこの席のホストであろう? 気にせず、務めを全うするといい」
朗らかに笑った将軍は腰を上げると、サーシャが差し出した紅茶のカップを受け取って貴族たちの方に足を運んでいく。
辺境伯たちは会場の隅で固まって談笑していたが、近づく将軍に気づいて気さくに声をかけている――そちらは気にせずとも良さそうだ。
「勇者様も紅茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう。サーシャ」
将軍たちに紅茶を出し終えたサーシャがカップを持ってきてくれる。それを受け取り、軽く喉を潤す。ルナリアも紅茶をちびちび飲んでいたが、ふと何かに気づいたように目を細める。
「――アヤトさん、おもてなしの準備を」
「ん、ああ」
その視線を追いかけて気づく。茶席に数人の令嬢が近づきつつある。先頭の少女はアヤトと目が合うと、周りの令嬢を手で制して一人だけで前に進み出る。
真紅のドレスが似合う金髪の少女で、どことなく顔立ちがクラリッサに似ている。そして、その肩に掛かっているケープには独特の刺繍が記されている。
キリルハイム公爵家だけが使える、刺繍が。
アヤトが膝を正して亭主としての居住まいを戻すと、令嬢は静かに歩み寄ってきて一礼し、気品のある微笑みを見せた。
「ご機嫌麗しゅう、勇者様。よろしければ少しお話させていただけますと」
ちら、とアヤトはルナリアの方を見る。彼女が見つめ返して目で頷いてきたのを見てから、彼はゆっくりと口を開いた。
「ええ、喜んで。メリッサ・モルト・キリルハイム嬢」




