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婚約破棄された勇者、戦友の令嬢から溺愛される  作者: アレセイア
第三章

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第21話

 その言葉の後に重い沈黙が走った。テオドールも腕を組んで何も言わないため、アヤトは唾を呑み込んでからルナリアに訊ねる。


「――本当に、そうなるか? さすがに喧嘩程度で済むと……」

「逆です。喧嘩が起こったらおしまいなんです。そうなればどちらに非があったとしても、収監されるのは前線の兵士たち。そうなれば、他の兵士たちは黙っていません。将軍たちも抑えようとはする一方で、軍の面子もあるので、落としどころは求めるでしょう。さて、それを近衛騎士は果たして譲歩してくれるでしょうか?」

「……しなさそうだな」


 婚約破棄の場にいたフォースター卿の見下した目つきを思い出す。テオドールは補足するように口を開き、淡々と告げる。


「話に聞くと、アヤトの婚約破棄以来、近衛たちはつけ上がっているらしい。その愚かな近衛と我が前線の兵士たちが衝突することは過去にもあった。だが、その際に調停になったのは、先王陛下だ。あの方の仰せだからこそ、我々は引き下がった」


 今、その調停役を務める先王陛下はいない。

 他の王族がそれを務めようにも、事の発端が王女による婚約破棄だ。その調停に従う兵士たちはいないだろう。両者の対立は、恐らく歯止めが利かない。

 テオドールは深くため息をつくが、ルナリアは素知らぬ顔で茶を飲んで告げる。


「予め申し上げますが、私はアヤトさんを助けるためには全力を尽くしますが、軍同士のごたごたには関与しません。私は軍を辞めたので」

「分かっておる。そこまで手間を掛けさせるつもりはない。無論、アヤトにも」


 テオドールはきっぱりと告げると、二人を順番に見て続けた。


「ここに来たのは、これ以上迷惑をかけないためのすり合わせだ。これより第四軍から第七軍を集め、話し合いを実施する予定になっている」

「なるほど、そこで話し合うことは?」

「この件についての軍での対応。もちろんこれ以上、マーロックの屋敷に軍内の人間が押しかけないように調整を行う」


 その言葉にアヤトは安堵の吐息をこぼす。少なくともこれでルナリアやゲオルグにこれ以上、迷惑が掛かることはなくなるだろう。

 それにアヤトが感謝を述べる間もなく、ルナリアはぴしゃりと言う。


「それは当然のことです。本来ならば、ある程度の補償もいただきたいくらいです」

「る、ルナ……っ」


 厳しい言葉にアヤトが慌てるが、テオドールは苦笑しながら頷いている。


「で、あるな。アヤト、これもまた当然のことだ」

「しかし、元はと言えば――」


 自分のせい、と言いかけたアヤトに、ルナリアとテオドールの声が同時に響いた。


「違います」「違う」

「……っ」


 その語気に口を噤む。ルナリアとテオドールは視線を行き交わせると、彼女が譲歩するように、どうぞ、手で合図する。テオドールは頷くと、アヤトを真っ直ぐに見た。


「この件に関してはアヤトに責任は一切ない。婚約破棄はもちろん、これから起こる可能性が高い軍内の衝突、貴族たちが押しかけてくることも含めて、だ。アヤトは理不尽に巻き込まれ続けているだけだ」

「そもそも、王族や軍が果たすべき責任を果たしていれば、こんなややこしいことにはなっていないんです。ですから、補償を要求するのは当然なのです」


 テオドールの言葉を継いだルナリアはそう言い切ると、視線を今一度テオドールに戻した。将軍はその視線に応じると腕を組みながら訊ねる。


「回りくどいのは抜きにしようか。ルナリア嬢――何が欲しい?」

「話が早くて助かります。言質を取ってきていただけますか」

「何の言質だ?」

「軍はアヤトさんを支持する――その言質を」

「なるほど、なかなか難しいことを言う」

「できませんか?」

「まさか。お安い御用だ」


 テオドールとルナリアが小気味いいやり取りをしている。それについて行けずにアヤトが戸惑っていると、将軍が気づいて苦笑した。


「すまん。アヤトを蚊帳の外にしてしまった――つまり、ルナリア嬢はお前の味方を作ろうとしてくれているのだよ」

「――味方、ですか?」


 味方はたくさんいる。ルナリアはもちろん、テオドール、第七軍のみんなだ。それを改めて作る必要があるのだろうか?

 きょとんとしていれば、将軍が分かりやすく補足してくれる。


「確かにお前さんには味方がたくさんいる。だが、それをみんながみんな知っているわけではない。特に王族や近衛の連中は、お前の味方がいないと思っている」

「だから、それを明確にさせ、言質を取る――つまり、公式の場でアヤトさんの味方だと宣言させることで、彼らを後ろ盾にするのです。そうすれば、アヤトさんを蔑ろにすることができなくなります」

「……つまり、俺が困っていたら助けてくれる、ということ?」

「そうですね。そしてそれを宣言してくれる、ということです」

「なるほど、それはありがたいな」


 確かにアヤトは平民出身――だから、侮られることが多くあった。だが、軍の人たちが味方してくれれば、舐められることはなくなるだろう。

 そこまで考え、ルナリアは交渉してくれたらしい。

 アヤトは胸が熱くなるのを感じながら、彼女に軽く頭を下げた。


「――ルナにはなんてお礼を言ったらいいか分からないな」

「礼には及びませんよ。アヤトさん。何度も言っていますが、私が好きでやっていることになりますので」

「……なら、俺がルナにしてあげられることがあったら、何でも言ってくれ」


 瞬間、ルナリアが肩を震わせると、勢いよくアヤトを振り返った。それに驚いていると、彼女は食い入るようにアヤトを見ながら訊ねる。


「――今、何でも、と仰いました?」

「あ、ああ、何でも」

「そ、そんな言質、取らせていいんですか……?」

「まぁ、ルナだから」


 ルナリアなら無茶苦茶なことは言い出さないはず――そういう信頼はある。それを一言に詰めて返せば、彼女は言葉を詰まらせて視線を泳がせる。


「う、うう……どこまでお願いできるか……」

「思いついたら教えてくれ。ルナ」


 次第に顔を赤らめながら何か考え込み始めたので、アヤトは笑いながら視線をテオドールに戻す。彼は苦笑しながら茶器をアヤトに差し出した。


「お代わりをもらってもいいかね、アヤト」

「もちろんです。まだ時間があるなら、前線のことを教えていただいても?」

「うむ、無論だとも現状、戦線は膠着状態でな――」


 テオドールの言葉を聞きながら、アヤトはルナリアの傍から茶道具を取り、茶を点て始める。ルナリアはまだ思考の渦から帰ってきそうになかった。


   ◆


(しかし、アヤトを味方させる言質であるか――思い切ったな。ルナリア嬢)


 将軍、テオドールは顎髭を撫でつけながら、茶を点てるアヤトとその隣でもじもじしているルナリアを見つめる。若々しい二人の反応だが、その二人――特にアヤトの存在はこの国にとって重たいものである。

 本人に自覚はないようだが、彼の味方は信じられないくらい多いのだ。

 特に軍内には彼に命を救われたものは数知れず。第四軍から第六軍の将軍は彼に対して絶大な借りがあると考えている。特に第五軍の将軍はアヤトの戦いぶりにも心酔しており、あるときにはとんでもないことを口にしていた。


『もし、アヤトがこの国にクーデターを起こすのであれば、俺たちは喜んで馳せ参じる――それくらい、あいつには借りがあるんだ』


 それだけの求心力があることを、アヤトは全く自覚していない。

 複雑に思いながらアヤトを見ていると、彼は顔を上げて笑いながら器を差し出した。


「テオドール将軍、どうぞ」

「うむ、いただこう」


 その無邪気な笑顔に釣られて笑いながら、テオドールは茶を受け取って口に運ぶ。ルナリアの点てた茶とは違い、泡がきめ細かく口当たりが良い。


「――うん、美味い」

「それは良かったです――ルナもどうだ?」

「は、はいっ、いただきます……っ!」


 ルナの声に微笑み掛け、アヤトは丁寧にまた茶を点て始める。その姿は腰が低く、威厳が感じられない。こういう部分も舐められる要因なのだろう。


(それ故に王家は彼を蔑ろにした。彼に求心力があるとはつゆほど知らず)


 だからこそ、ルナリアは軍の言質を求めた。第四軍から第七軍がアヤトの支持を表明させることで、正式に軍を後ろ盾にするために。

 これが知れ渡れば、自ずと王家はクラリッサの婚約破棄が過ちだったと気づくはずだ。そして、そこから関係修復のために手を打ってくるはず。

 そこまで考えて、ふとテオドールの頭に嫌な予感が走る。


(――手を、打つよな?)


 少なくとも先王陛下なら確実にそうする。いや、そもそもあの方はアヤトの重要性を理解していたが故に、下手な手は打たなかったはずだ。


 だが、今の王家はどうだろうか?


 新たに即位した王はまだ若く、考えが浅いという話も聞く。それを大臣や官僚たちが支えていたようだが、ここ四年の間で人事改革という名の下に、先王時代の武官、文官は遠ざけられつつある。

 一方でその後釜に採用されているのは、貴族の若造たち。昨日、王城に足を運んでみたところ、顔を合わせるのはふんぞり返った若者ばかりだった。


 そんな彼らに、正しい判断ができるだろうか?


(仮に手を打たずにいたら、ルナリア嬢が黙っていないぞ――)


 テオドールは内心でため息をつきながら、二人の様子を見る。丁寧な手際で茶筅を動かす真剣な表情のアヤトと、それを恋する乙女の眼差しで見つめるルナリア。

 傍から見れば微笑ましいのに、二人を渦巻く環境が笑えなくさせている。


(二人をこれ以上、政治や大人の事情に巻き込みたくないものだ――)


 そう思いながら、テオドールは再び茶を口に運ぶ。

 その茶は今まで以上に苦々しい味わいだった。

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