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婚約破棄された勇者、戦友の令嬢から溺愛される  作者: アレセイア
第二章

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第16話

 その言葉にこくんと頷くサーシャ。その表情は複雑そうだ。


(――いろいろ思うところがあったのだろうな)


 サーシャの出自について分からない。だが察することはできる――彼女の手の甲に現れていた魔紋は特徴的だった。きっと、それなりの魔術師の名門だ。

 彼女は落ちこぼれとして追放された身。片やルナリアは少し話を聞いただけで魔術をすぐさま身に着けていく――サーシャの心情は察しても余りあるほどだ。


「正直、私はお嬢様に嫌われていると思っていました」


 不意にぽつりとサーシャは告げる。視線を上げれば、彼女の瞳は微かに揺れていた。


「私が告げ口しなければ、士官学院に行くことも、軍に送られることもなかったはずです。だから、お嬢様がこの屋敷に戻られたときは顔を合わせづらかったものです」


 けど、とサーシャは吐息をこぼし、小さく笑って告げる。


「お嬢様は私を傍に置かれました。何の迷いもなく、『貴方を信頼している』と告げて」

「あー……なるほど」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナリアの意図が透けて見えた。

 ルナリアがサーシャのことをどう思っているかはともかくとして、サーシャが裏切りに似た罪悪感を抱えていることを見抜いていたのだろう。

 それでいて彼女は謝罪も、距離を置くことも許さず、敢えて傍に置いた。

 きっと軍人らしい厚顔さで、何も気づかないふりをして。


(そうなれば、常にサーシャは罪悪感を背負い続けることになり――)


 それが小さな棘になり、ルナリアを裏切れなくなる。


「――ルナリアらしいやり方だ」


 思わず口にすれば、サーシャは小さくため息をついて目を細める。


「やはり、勇者様の薫陶、でしたか」

「いや、そういうわけではないけど――」


 ただ、所属したての純粋なルナリアに、いろいろな搦手を教えた記憶はある。人を率いる者として感情を掌握することも大事だ、と。


(それを自分なりに生かしたのは、ルナリアの才覚だな)


 アヤトはハーヴティーを一口飲み、吐息をこぼしてから答える。


「ルナリアは士官学院、戦場と場を移しながら学び続けてきたのは事実だ。確かに最初の頃は少し遠慮がちであり、内気なところはあったと思う。だけど、戦場を前に彼女は変わらざるを得なかった――」


 来た頃の彼女を思い出す。大人しいかどうかは分からないが、あまり積極的に人に関わらず、ただストイックに研鑽を積むような子だった。

 一戦、一戦を経るごとに、彼女の目つきは鋭くなっていった。

 最初は放つのに迷いがあった攻勢魔術も、次第に早く強く放たれるようになり、全体を通した判断を的確にできるようになった。

 そして――より仲間を守るために、的確に動くようになった。


「俺が変えたんじゃないよ。戦場が人を変えたんだ」


(――俺も、ルナリアもな)


 自分の掌を見て目を眇める。この手が汚れることを厭わなくなったのは、いつからだろうか。拳を握りしめて軽く頭を振る。

 サーシャはその言葉に何も言えなくなり、視線を伏せさせる。

 その彼女を見ながら、アヤトは目を細めて声を掛けた。


「ただ俺から言えることは、ルナはサーシャを憎んでもいないし、実際に信頼していると思うぞ。むしろ、可愛がられている方だとは思う」


 ルナリアは信頼する相手と、それ以外の区別が凄まじい。

 前者には笑顔を見せ、ころころと表情を変えるが、後者には徹底した無表情――市井でいうところの塩対応、という奴なのだ。

 それを鑑みると、ルナリアが傍に置き、笑顔を見せること即ち、信頼を置いているということを示している。


(まぁ、それに胡坐を掻いていれば多分、見限られるとは思うが)


 心の中で付け足していると、サーシャはゆっくりと顔を上げた。その自信なさそうな表情を見て、アヤトは励ますべく微笑みかける。


「大丈夫だ。サーシャなら、大丈夫」

「……です、かね」

「不安なら肚を割って話すといい。真っ直ぐ向き合えば、きちんと応えてくれる。ルナはそういう女性だよ」


 その言葉にサーシャはアヤトをそっと見つめていたが、やがて小さく吐息をこぼして微笑み返してくれる。


「お嬢様が、勇者様を慕っている理由が分かった気がします」

「ちなみに、どういうところか聞いても?」

「ふふ、それは秘密ですかねー?」


 悪戯っぽく片目を閉じた彼女はお茶会のときのように楽しそうな口ぶりに戻っていた。アヤトは軽く笑いながらお茶を飲み干して机に置く。


「ごちそうさま。今日はよく眠れそうだよ」

「それはようございました――夜のお相手は、不要ですか?」


 サーシャはカップを片付けながら何気ない口調で訊ねる。その頬が微かに朱に染まっているのに気づかないふりをしながら、アヤトは軽く肩を竦める。


「ああ、大丈夫だ――ルナに嫌われたくはなくてね」

「それくらい許してくださりそうですが……そうですね、私も心の底から同感です」


 想像したのか身震いした彼女は軽く一礼し、失礼します、と口にした。


「おやすみなさい。アヤト様」

「ああ、またルナの話を聞かせてくれ。サーシャ」


 寝室を後にするサーシャをアヤトは見届け、小さく苦笑をこぼした。


(なんというか、ルナは相変わらずだな)


 前線でも将兵の心をよく掴み、敵の動きを見切って立ち回っていた。その鋭さをこのマーロック家に戻っても遺憾なく活かし、味方を増やしてきたのだろう。


(けど、ルナを怖がり過ぎだろうに)


 一つ苦笑をこぼす。ゲオルグもサーシャも、どこかルナリアを怒らせることを極端に恐れていたように見えた。そこまで恐ろしい女性ではないと思うのだが――。

 そこまで考え、欠伸をこぼす。ハーヴティーのおかげが、いつの間にか眠気が込み上げてきて、自然とアヤトは眠りにおちようとしていた。


 ――だからこそ、気づけなかった。

 ルナリアがマーロック家に戻った頃に起こった出来事。

 それがルナリアによって引き起こされ、それ故に恐れられているということに。

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