第14話
「改めて――サーシャと申します」
「レイラです。かの名高き勇者様とお茶できて光栄です」
アヤトとルナリアのお茶会。そこに同席した二人のメイドは椅子に腰かけて深々と頭を下げた。アヤトは軽く頷きながら二人を見つめる。
サーシャは長い茶髪を揺らし、ゆったりと喋り方をしている。眼差しも柔らかく、にこにこしている。一方でレイラはきりりと表情を引き締め、真っ直ぐにアヤトを見ている。どことなく武人のような気配を感じる。
「サーシャは古くからこの屋敷にいる使用人で、レイラは士官学院で後輩でした。二人とも信頼のおけるメイドですよ」
ルナリアの補足に、へぇ、とアヤトは目を細めた。
「なら、ルナのこともよく知っている?」
「ふふ、当然です。といっても、知っているのはお嬢様の幼い頃だけですけど」
「私も学生時代のお嬢様だけです。恐らく今のお嬢様をよくご存知なのは――」
サーシャとレイラの視線が注がれ、ルナリアは頬を染めながら、ちら、とアヤトを見やる。三人の視線にアヤトは思わず頬を掻いた。
「――俺もルナの全部を知っているわけでは」
「でも、お嬢様がこんなに活き活きされているのは、アヤト様の前だけですよー?」
「全く以て。何しろ、学院時代は『氷の才女』と呼ばれるほど、笑わずストイックな先輩であられました」
(――氷の才女?)
信じられない異名だ。確かに軍に入ったときは笑顔が乏しく、いつも訓練をしている印象はあったが――今は子犬のように懐いている。
「レイラ、そんな昔のことを蒸し返さないでください。あの頃は未熟者で、周りを鑑みる余裕がなかっただけですよ」
ルナリアは何でもなさそうに言いながら紅茶を口にする。レイラはその彼女を見つめて小さく苦笑をこぼし、アヤトに視線を戻した。
「――こんな風になられたのは、勇者様に相見えた後です。それでいてお嬢様は強くなられています。この前の手合わせの際では、完膚なきまでに」
「アヤトさん、どんな風な薫陶をされたのですか?」
「そこまでのことは教えたつもりはないが――」
逆にアヤトに出会う前のルナリアがどうだったのだろうか、気になってしまう。ちら、とルナリアを見れば、彼女はほんの少し頬を染めた。
「アヤトさんにいろいろと教えていただきましたからね。身体にも、心にも」
「――おい、何だか語弊がある言い方だぞ」
アヤトは半眼になりながら突っ込むが、一方でサーシャはあらあらと目を丸くして続きを聞きたそうにする。レイラは無表情だが、微かに身を乗り出す。
その二人の様子を見ながら、ルナリアは頬に手を当ててわざとらしく身をくねらせた。
「語弊なんてありませんよ。だって、アヤトさんの攻め方はいつも苛烈なんです。弱いところを攻め立てて、ダメ、やめて、と言っても容赦ありません。だけど、終わった後はすごく優しく労わってくれて――」
「……っ、勇者様は意外と肉食系なんですね……っ」
「大人しい顔をしていて、意外と……さすが勇者様」
サーシャは目をきらきらさせ、レイラは視線を泳がせながら呟く。アヤトは軽く頭を押さえながら、ちら、とルナリアに視線を送った。
「――戦いの話、だよな? ルナ」
「ええ、もちろんですよ。当たり前じゃないですか」
アヤトの切り返しに、けろっと答えるルナリア。
サーシャは分かって乗っかっていたのか、ですよね、と当然のように頷く。一方でレイラはきょとんとした後に意味を理解したのか、一気に顔を真っ赤に染め上げた。
その様子にルナリアはにやりと笑い、悪戯っぽく片目を閉じる。
「レイラは何を想像したんでしょうね? 聞かせてもらえますか?」
「か、からかわないでください、先輩――っ」
その二人のやり取りをサーシャはくすくす笑いながら見守り、やれやれと思いながらアヤトは紅茶を口に運ぶ。ルナリアはひとしきり笑うと、目を細めながらアヤトを見た。
「でも実際、アヤトさんはいろんなことを教えてくれましたよ。戦い方はもちろん、人と向き合うこととか――おかげで私は少ししたたかになれましたね」
「少しどころではない気がしますがね。お嬢様」
「そうですね。つくづくそれは思います」
メイド二人は顔を見合わせて吐息をこぼしていたが、ふとサーシャが何か思いついたように視線をアヤトに向ける。
「そういえば、勇者様はお嬢様をどうご覧になられているのですか?」
「どう、というのは?」
「私どもは戦場でのお嬢様を存じ上げないので」
「私に至れば、士官学院の頃――氷の才女の一面しか存じ上げません」
なるほど、とアヤトは頷きながらルナリアを見る。目が合うと、彼女は視線を逸らして優雅な手つきで紅茶を飲む――ちら、とこちらを伺いながら。
気にしないふりをしているが、なんていうのか気になっているのだろう。
アヤトは目を細めながら小さく口を開いた。
「一言で言うなら――頼りになる戦友、かな」
その言葉はサーシャとレイラの意表を衝いたようだ。一方でルナリアは小さく吐息をこぼし、苦笑を滲ませている。
「まぁ、分かりますけど。女性に対して色気のない見方ですね」
「悪かったな。戦場では男も女も関係ないんだから」
軽口を叩きながらアヤトは視線をメイド二人に向けて続ける。
「俺の戦いにルナは食らいつき、背中を守り続けてくれた。それだけでなく、辛い時も苦しい時も一緒にいて、いろんなことを分かち合ってきたんだ。そのうち、俺の呼吸も理解して合わせてくれて、気づけば戦場では背中を任せるに足る相手だ」
ルナリアが除隊した後も、無意識に彼女の存在を探してしまったことは一度や二度ではない。去ってから改めて、ルナリアがどれだけ支えてくれたかと知らされた。
アヤトの言葉にルナリアは苦笑を続けながら軽く頷いた。
「それはアヤトさんがどこまでも真っ直ぐだからですよ。だから一緒にいたいと思いますし、支えたいと思います――こんな人、初めてでした。本当に」
「愚直だからな。それ以外のやり方を知らないんだ」
「不器用な人、とも言えますね――もう少し要領よくやればいいのに」
「要領よくやれていたら、こんなに苦労はしていないかもな」
小気味よいやり取りをしながら、アヤトはルナリアに笑いかけて続ける。
「そんな俺を支えてくれているルナを頼りに思っているぞ」
「嬉しいですけど、物足りないところではありますね」
ルナリアは唇を尖らせながらクッキーを口に運ぶ。さく、と音を立ててクッキーを齧る彼女の横顔を見つめ、アヤトはふと目を細める。
(――物足りない、か)
なら、少し踏み込んで本音を語ってみようか。
「あとは――俺には勿体ないくらいの女性だとも、思っているが」
その言葉にぴたり、とルナリアの動きは止まった。サーシャとレイラの目が細められ、微かに身を乗り出す気配が伝わってくる。
「戦場にいるときは意識しないようにしていたが――正直、ルナは美人だと思う。土に塗れても、傷ついても気高い美しさがあるな。言っても分からないかもしれないけど」
「――分かる気がします。お嬢様は戦うとき、瞳が鋭くなりますし」
「ああ、確かに。凄味があるよな。時々、目を奪われるときもある」
レイラの言葉に頷いていると、ルナリアの頬が急速に真っ赤になっている。それをごまかすように連続でクッキーに手を伸ばす。
それを横目で見ながら、さらに言葉を続けた。
「それでいて平時は明るく元気なところが魅力的だな。笑顔がかわいいし、勢いもいい。時々、勢いが良すぎるときがあるが」
「お嬢様、好きなものに対しては全力ですからねー」
「ああ、表情がころころ変わって飽きない。頭の回転が速いけど、そのせいで空回りしてしまうところもいいな。あとは――」
アヤトが指折り数えようとしていると、その手が横から伸びた掌で留められる。改めてルナリアを見れば、彼女は机に突っ伏すように俯いて顔を震わせていた。
「――もう、いいですから……っ、アヤトさん、そんなもので……っ」
「本当にいいのか? 折角の機会だぞ?」
アヤトはそう言いながらサーシャとレイラに目配せすると、彼女たちは目を光らせて頷いた。
「勿体ないです。お嬢様。アヤトさん、もう少し是非」
「紅茶のお代わりをお注ぎしますね」
「ありがとう――なら、そうだな、ルナのかわいいところをもっと言うと」
アヤトが口を開けば、ルナリアは腕を掴んでぐらぐらと彼を揺さぶり、涙目で睨んでくる。だけど恥ずかしがっているだけで、強引に止めようとはしない。
つまり、なんだかんだで彼女も聞きたいのだろう。
(――本当にかわいくて、素敵な女性だな。ルナは)
改めてそれを認識しながら、アヤトは紅茶で唇を湿らせてから口を開いた。
今なら彼女の魅力をどこまでも話せそうだった。




