第54話
正式な皇妃となったローザの周りには、確かな絆が結ばれていた。
かつて孤独だったローザの世界は、いまや、温かな人々に満ちている。家の片隅で、誰にも顧みられずに過ごした日々が、遠い昔のことのように思えた。
まず、近衛騎士のレオン。
あれほど頑なに、ローザを疑っていた騎士。その彼が、いまでは、最も信頼の置ける味方となっていた。
「皇妃様。先の重臣会議での、私の物言い、出すぎたものでしたら、お許しを」
ある日、レオンが、ぎこちなく頭を下げた。
「いいえ、レオン殿」
ローザは、微笑んだ。
「あなたが、誰よりも陛下を想い、お守りしてきたこと。私は、よく存じております。その忠義に、何度も助けられました」
「……恐れ入ります」
レオンは、わずかに照れたように、目をそらした。
かつて「化けの皮は、すぐに剥がれる」と言い放った男。その彼が、いまでは、ローザの最も固い盾となっている。疑念から始まった関係は、揺るぎない信頼へと、変わっていた。
思えば、レオンの疑いは、いつも皇帝を想う一心から来ていた。その忠義の純粋さを、ローザは初めから感じ取っていた。だからこそ、敵意を向けられても、彼を憎む気にはなれなかった。時をかけて、その忠義が、いまはローザにも向けられている。それが、何よりの証だった。
そして、侍女のハンナ。
純朴な庶民の娘は、最初から、ローザの傍にいてくれた。打算のない好意で、張りつめた日々を支え、陰謀との戦いでも、命がけで働いてくれた。
身分の違いなど、ハンナには関係なかった。ただ、ローザという人を慕い、力になりたい。その一心だった。宮廷という、誰もが腹に何かを抱える場所で、ハンナのまっすぐな心は、ローザにとって、一服の清涼剤のようだった。
「皇妃様が、正式に認められて……私、本当に、嬉しゅうございます」
ハンナは、涙ぐみながら言った。
「ありがとう、ハンナ。あなたがいてくれたから、私は、ひとりではなかった」
ローザは、ハンナの手を、優しく握った。
身分を越えた、温かな絆。それは、ローザにとって、かけがえのないものだった。
さらに――姉、ヴィオレッタ。
名誉を回復した姉は、囚われの日々の傷を、少しずつ癒やしていた。
「ローザ。あなたが、こんなにも立派になって……。私、誇らしいわ」
姉は、穏やかに微笑んだ。
かつて、ローザは、華やかな姉の影に過ぎなかった。だが、いまの二人の間には、優劣も、わだかまりもない。ただ、互いを想い合う、純粋な姉妹の絆があった。
苦難が、二人を変えた。姉は、囚われの果てに、自らと向き合う強さを得た。ローザは、戦いの中で、自分の価値を知った。かつては交わることのなかった二つの道が、いまは同じ場所で、温かく重なり合っている。
「お姉様も、どうか、ご自分の幸せを見つけてくださいね」
「ええ。あなたという妹がいてくれるもの。きっと、大丈夫」
姉妹は、微笑み合った。
レオン。ハンナ。姉。そして――皇帝。
かつて、家の片隅で、ひとりぼっちだったローザ。その周りに、いまは、これほど多くの、信頼と愛情で結ばれた人々がいる。
偽りの皇妃として、たったひとりで来たこの場所で、ローザは、かけがえのない絆を、結んでいた。
それは、家柄でも、立場でもなく、ローザ自身が、その心と行いによって、少しずつ育んできたものだった。誰かに与えられたのではない。自らの手で、結んだ糸。だからこそ、その絆は、何よりも強く、温かかった。
ローザの心は、満ち足りていた。
孤独だった少女は、もう、どこにもいなかった。




