第51話
陰謀が完全に断たれ、宮廷に平穏が戻った頃。
ひとつの問題が、改めて浮上した。
皇妃の、正当性である。
現在の皇妃は、本来嫁ぐはずだったヴィオレッタではなく、その妹のローザ。身代わりの婚姻という、前例のない事態。それを、どう扱うべきか。重臣たちの間で、議論が起こったのだ。
帝国の皇妃という地位は、軽々しく扱えるものではない。その正当性が揺らげば、皇室の威信そのものに関わる。事は、ローザ個人の問題に留まらなかった。
やがて、その問題を審議するため、重臣会議が開かれることになった。
会議の席で、一部の重臣が、慎重な姿勢を示した。
「身代わりの婚姻が、はたして正当と言えるのか。前例もなく、形式上の問題も残ります。慎重に、検討すべきかと」
もっともな意見だった。婚姻の経緯を思えば、そう言われても仕方がない。
ローザは、別室で、その審議の行方を、不安な思いで待っていた。
偽りで始まった自分が、本当にこの場にいてよいのか。その負い目が、胸を塞いでいた。
国のために尽くしたという自負は、ある。皇帝への想いも、本物だと言える。けれど、それでもなお、自分は姉の名を騙ってここに来た身。その出発点の偽りが、いまも消えぬ棘となって、ローザの心を刺し続けていた。どんな顔をして、この裁定を受ければよいのか。ローザには、分からなかった。
だが――。
会議の流れは、ローザの予想とは、違う方へと動いていった。
まず声を上げたのは、近衛騎士のレオンだった。
「お待ちください」
レオンは、毅然と進み出た。
「私は、この目で見てまいりました。皇妃様が、いかにして陛下のお命を救われたか。毒を見抜き、密かに解毒を続け、最後には、自らの身を削って、陛下を生死の境から繋ぎとめられた。あのお方なくして、陛下も、この帝国も、ございません」
かつて、誰よりもローザを疑っていた騎士。その彼が、いまや、誰よりも力強く、ローザを擁護していた。
「化けの皮は、すぐに剥がれる」。かつて、そう言い放った男。けれど、彼が見てきたのは、化けの皮どころか、誰よりも誠実に、命を懸けて主君に尽くす一人の女性の姿だった。レオンの言葉には、その変化のすべてが、込められていた。
レオンの言葉に、ほかの者たちも、次々と続いた。
ローザの解毒の功績。陰謀を暴いた働き。姉を救い、隣国の企てを打ち砕いた数々。それらを知る者たちが、口々に、ローザの正当性を訴えたのだ。
「身代わりであったことなど、些細なこと。あのお方こそ、皇妃にふさわしい」
会議の空気は、ローザを擁護する方へと、大きく傾いていった。
それでも――形式上の問題は、残っていた。
いかに功績があろうと、当初の婚姻が身代わりであった事実は、消えない。それを、どう正式に決着させるか。
その時――会議の席に、皇帝が、自ら姿を現した。
重臣たちが、いっせいに頭を垂れる。
毒から完全に回復し、本来の威光を取り戻した皇帝。その堂々たる姿に、会議の場は、静まり返った。誰もが、皇帝の言葉を待った。この件の決着は、最終的に、皇帝の意志にかかっている。
皇帝は、ゆっくりと一同を見渡し、おもむろに口を開いた。
「皆の者。この件については――私が、決断を下す」
その声には、これまで誰も聞いたことのない、重い響きがこもっていた。
皇帝が、何を語ろうとしているのか。
会議の場が、固唾を呑んで、その言葉を待った。
別室で待つローザの耳にも、やがて、皇帝が会議に臨んだという報せが届いた。胸が、激しく高鳴る。自分の運命が、いままさに、あの場で決されようとしている。ローザは、ただ祈るような思いで、その時を待つしかなかった。




