第49話
皇帝の回復は、目覚ましかった。
毒が完全に解けたことで、長年の不調が嘘のように消えていった。日に日に、皇帝は本来の力を取り戻していった。やがて、政務に復帰できるまでに、回復したのだ。
顔色は良くなり、かつての鋭い眼光も戻った。あの、床に崩れ落ちた姿が、信じられぬほどだった。ローザの解毒が、確かに、この人の命を取り戻したのだ。回復していく皇帝を見るたびに、ローザの胸は、温かい喜びで満たされた。
力を取り戻した皇帝が、まず着手したのは――陰謀の、完全な始末だった。
皇太后アマーリエは、大夜会で糾弾された直後、その場で身柄を押さえられていた。姉の救出によって隠れ家を知られ、逃亡していたユリウスも、皇帝の密偵網が執拗に追い、ほどなく潜伏先で捕縛された。
捕らえられた二人は、別々に厳しい尋問を受けた。
はじめは、口を閉ざしていた二人。だが、揃いすぎた物証の前には、もはや言い逃れはできなかった。やがて、それぞれの自白が、引き出されていった。
とりわけ、ユリウスの捕縛は、大きな意味を持っていた。姉を誘惑して囚え、皇帝に毒を手配し、皇太后に身代わりの証拠を流した張本人。皇太后の宮へ夜ごと忍んでいた謎の“使節”も、素性を偽ったユリウスその人だった。姉の件、毒の件、隣国の件。そのすべてを結ぶ、ただ一人の人物。彼を捕らえたことで、ばらばらに見えた陰謀の全体が、ひとつの像を結んだ。
アマーリエは、皇帝の傀儡化と、摂政としての権力掌握を企てたこと。ユリウスは、隣国ヴェルダの密偵として、毒を手配し、姉を囚え、すべての糸を引いていたこと。
二人の自白と物証から、隣国ヴェルダの関与が、動かぬ形で立証された。
皇帝は、その証拠を背景に、隣国へと外交の刃を向けた。
「ヴェルダ王国が、我が国の皇帝暗殺を企てた。動かぬ証拠が、ここにある」
皇帝は、隣国の使者を前に、毅然と告げた。
「この事実を、諸国に公表してもよいのだぞ。それを望まぬなら――関与を認め、相応の償いをすることだ」
証拠は、完璧だった。言い逃れの余地は、どこにもない。
追い詰められた隣国は、ついに、関与を認めた。
皇帝は、外交の場で、隣国を完全に屈服させた。賠償を取り立て、二度と手出しできぬよう、楔を打ち込む。さらに、国内に潜んでいた隣国の密偵網も、皇帝の手の者によって、一掃された。
武力に訴えることなく、証拠と外交だけで、隣国を追い詰める。それは、力を取り戻した皇帝の、見事な手腕だった。かつて冷酷無比と恐れられたその知略が、いまは帝国を守るために、存分に発揮されていた。
長年、皇帝の盲点であった、隣国の浸透工作。それが、ローザという思わぬ存在によって暴かれ、ついに、根こそぎ断たれたのだ。
アマーリエ派の残党も、次々と制圧されていった。
宰相グレゴールをはじめ、連座した貴族たちは、その地位を追われた。皇太后を支えていた勢力は、瓦解した。
長年、宮廷の奥深くに根を張っていた、アマーリエ派。その権勢が、大夜会での暴露を境に、音を立てて崩れていった。誰も、もはや、罪を逃れることはできなかった。
継承を巡る動揺も、収束へと向かい始めた。
皇帝が、毒から完全に回復し、その威光を取り戻したことで、宮廷の不安は、急速に鎮まっていった。世継ぎなき玉座を狙う、不穏な動きも、影をひそめた。
ローザは、その様子を、傍らで見守っていた。
あれほど巨大に思えた陰謀が、いま、確かに崩れ去っていく。皇帝の傍で、命を懸けて戦った日々が、報われていく。
ひとりでは、何もできなかっただろう。皇帝の決断、レオンの忠勇、ハンナの献身、姉の贖罪。そして、母から受け継いだ知識。すべてが、ひとつに結ばれて、この勝利を手繰り寄せたのだ。ローザは、深い感慨を覚えた。
黒幕の影は――もう、どこにも残されていなかった。
長く帝国を蝕んできた闇が、ついに、晴れようとしていた。




