第45話
ローザは、仲間たちを集めた。
限られた時間の中で、それぞれが、役割を担わねばならない。ローザは、てきぱきと指示を出した。
「レオン殿。あなたは、私の実家へ。アーベライン家に、母の遺品の箱が残されているはずです。その中に、この薬草の種子があるかもしれません」
ローザは、押し花の標本を見せた。
「これと、同じものを探してください。早馬で駆ければ、間に合うかもしれない」
「承知しました」
レオンは、即座にうなずいた。
「皇妃様。必ずや、探し出してまいります」
彼は、押し花の写しを手に、すぐさま厩へと走った。これが、実家を頼る道――ルートAだった。
かつて、ローザを露骨に疑っていたレオン。その彼が、いまは命がけで、ローザの実家へと馬を走らせている。築かれた信頼が、こうして形になっていた。
次に、ローザは、ハンナに指示を出した。
「ハンナ。あなたは、調合の支度を。レオン殿が種子を持ち帰り次第、すぐに解毒薬を作れるよう、ほかの材料を、すべて整えておいてほしいの」
「はい、皇妃様!」
ハンナも、駆け出していった。
そして、ローザ自身は――皇帝の傍を、決して離れなかった。
延命の処置を、絶やすことなく続ける。一秒でも長く、皇帝の命を繋ぐ。それが、ローザの役目だった。生薬が届くまで、何としても、持ちこたえさせねばならない。
手当てをしながら、ローザは、眠る皇帝に語りかけた。聞こえていないと分かっていても、語らずにはいられなかった。もう少しだけ、頑張ってください。必ず、薬を作りますから。あなたと、また話したいのです。あの月夜のように。その声が、わずかでも、彼を繋ぎとめる力になればと願いながら。
だが、ローザは、待つだけを、よしとはしなかった。
ルートAだけでは、心もとない。早馬が間に合う保証も、種子が遺品の中にある保証も、ないのだ。ならば、もうひとつの道も、同時に動かすべきだ。
ローザは、保護されている姉ヴィオレッタのもとへ、密かに使いを送った。
「お姉様。あなたが、囚われの間に通じた、異国の密輸の筋。その伝手を、頼れませんか。希少な生薬を、取り寄せられるかもしれません」
それが――異国の伝手を頼る道、ルートBだった。
姉なら、あの密輸の筋を通じて、隣国産の生薬を手に入れられるかもしれない。それは、ローザひとりでは決して掴めなかった、姉だからこそ繋げる糸だった。
皮肉なことだった。姉が囚われ、苦しんだ日々。その中で得た、たったひとつの伝手が、いまや皇帝の命を救う、最後の望みになろうとしている。すべての出来事が、見えない糸で、繋がっていた。
二つの道。それぞれに、希望を託す。
皆が、それぞれの役を担い、動き始めた。
ローザは、皇帝の手を握りしめ、祈った。
どうか、間に合って。どうか、誰かが、あの生薬を――。
だが、その願いを嘲笑うように、ひとつの報せが、もたらされた。
レオンの使いが、息を切らして駆け込んできたのだ。
「皇妃様! 大変です! 街道が、嵐で寸断され……レオン様の早馬が、立ち往生していると……!」
ローザの顔から、血の気が引いた。
ルートAが――実家を頼る道が、断たれようとしていた。
よりにもよって、嵐。あの輿入れの夜も、嵐だった。運命は、また同じ顔で、ローザの行く手を阻もうとしている。母の遺品にかけた望みが、無情にも、閉ざされていく。
残された望みは、姉に託した、ルートBだけ。
時間は、刻一刻と、なくなっていく。
ローザは、皇帝の手を、いっそう強く握りしめた。まだだ。まだ、終わってはいない。残された一本の糸に、すべてを賭けるしかなかった。




