第42話
応急処置で稼げた時間は、わずかだった。
ローザは、皇帝の枕元で、必死に頭を巡らせた。毒の進行を、少しでも遅らせる。完全な解毒に必要な生薬が手に入るまで、何としても、皇帝の命を繋がねばならない。
ローザは、手持ちの薬草を、すべて卓に広げた。
隣国産の希少な生薬は、ここにはない。だが、近縁の作用を持つ薬草を、いくつも組み合わせれば、毒の吸収と進行を、幾重にも遅らせることはできる。完全ではない。あくまで、延命の処置。だが、いまはそれしかなかった。
ローザは、危険と背中合わせの調合を始めた。
効きの強い薬草は、使い方を誤れば、それ自体が毒となる。量、組み合わせ、与える間隔。そのすべてを、寸分の狂いもなく見極めねばならない。一歩間違えれば、救うどころか、皇帝を死なせてしまう。
ローザは、ひとつの薬草を、ごく微量だけ加えた。これは、毒の巡りを抑えるが、量を誤れば呼吸を止める。別の薬草で、その作用を和らげつつ、効果だけを引き出す。まるで、刃の上を素足で歩くような、繊細な作業だった。一滴、一さじ。すべてが、生死を分ける。
ローザの指先が、緊張に汗ばんだ。
それでも、その手は止まらなかった。母から受け継いだ知識と、自らの研鑽。そのすべてを注ぎ込み、ローザは、いくつもの延命の処方を組み立てていった。
その間に、ローザは、レオンとハンナに指示を出した。
「要となる生薬を、探してください。異国産の、希少なもの。市中の薬種問屋、異国の商人――あらゆる伝手を、当たってほしいのです」
レオンとハンナは、すぐさま駆け出していった。
時間との、戦いだった。
ローザの延命処置で稼げる猶予は、長くて数日。その間に、生薬を見つけ出し、解毒薬を完成させねばならない。
夜を徹して、ローザは皇帝の看病を続けた。
脈を診て、呼吸を確かめ、わずかな変化も見逃さない。少しでも容態が傾けば、すぐに処置を施す。一睡もせず、ローザは、愛する人の命を、その手で繋ぎ続けた。
眠る皇帝の顔は、苦しげだった。けれど、ローザが手を握ると、かすかに、その指が応えるような気がした。気のせいかもしれない。それでも、ローザは、その手を離さなかった。あなたは、ひとりではない。私が、ここにいる。そう、伝えるように。
「陛下……どうか、ご無事で……」
うわごとのように、ローザは繰り返した。
やがて、レオンとハンナが、戻ってきた。だが、その表情は、暗かった。
「皇妃様……。市中を、隈なく探しました。ですが……」
レオンが、苦渋の面持ちで告げた。
「その生薬は、国内には、ひとつも存在しないようです。隣国でしか採れぬ、あまりに希少なもの。どの問屋にも、商人の手にも、ございませんでした」
ローザの胸に、絶望が、重くのしかかった。
稼いだ時間は、刻一刻と過ぎていく。だが、命を救う鍵は、どこにも見つからない。
これほど近くまで、陰謀を暴き、敵を追い詰めた。それなのに、肝心の人の命を、救えないというのか。あと一歩。あと、ほんの一歩のところで。ローザは、握りしめた拳が、白くなるのを感じた。
このままでは、皇帝は――。
ローザは、唇を噛んだ。
諦めるわけには、いかなかった。必ず、どこかに、道があるはず。
ローザは、自らの薬籠を、もう一度見つめた。そして、ふと、いつも肌身離さず持ち歩いている、あるものに思い至った。母の、形見。
その鍵が、思いがけぬところに眠っていることを――ローザは、ようやく、気づこうとしていた。




