表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり花嫁は、皇帝陛下に正体を知られている  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/55

第36話

 姉ヴィオレッタは、ぽつりぽつりと、真相を語り始めた。


「あの男は……ユリウスと名乗ったわ」


 苦しげな声だった。


「輿入れの話が決まった頃、突然、私の前に現れたの。優しくて、博識で……私は、すっかり、心を奪われてしまった。けれど、それは、すべて仕組まれたことだったのよ」


 ローザは、息を呑んだ。ユリウス。その名を、しっかりと胸に刻む。


「ユリウスは、隣国の密偵だった。私を誘惑して、輿入れの直前に連れ出し、縁談を壊すために近づいてきたの。皇帝陛下を、孤立させるために」


 姉の声が、震えた。


「気づいたときには、もう遅かった。私は、囚われの身。逃げることも、助けを呼ぶこともできなかった。あなたに手紙を書くのが、精一杯だったの」


 姉は、ふと、声を落とした。


「ただ……囚われている間に、ひとつだけ、知り得たことがあるの。ユリウスは、異国から、さまざまな品を密かに運び込んでいる。その裏の筋に通じた者と、私は、ひそかに言葉を交わす機会があったわ。あの男たちは、金さえ積めば、どんな珍しい品でも、国境を越えて運んでくる」


 ローザは、その言葉を、心の片隅に留めた。いまは意味の分からぬその情報が、のちに大きな意味を持つことを、このときはまだ知らなかった。


 ローザは、姉の手を、強く握りしめた。


 姉は、恋に溺れて家を捨てたのではない。巧妙に誘惑され、利用され、囚われたのだ。皇帝を狙う、大きな陰謀の、最初の駒として。


「ユリウスは、ほかにも、恐ろしいことを企んでいるわ」


 姉は、声を潜めた。


「この国の、皇太后様と通じているの。皇帝陛下に盛る毒を、異国から手配し、皇太后様に渡している。すべては、ユリウスが、糸を引いているのよ」


 ローザの中で、すべての糸が、一本に結ばれた。


 姉の失踪も。皇帝への毒も。茶会の異国の薬草も。刺客の紋章も。そして、皇太后が握った身代わりの証拠さえも。すべては、ユリウスという、ひとりの密偵に、つながっていた。


 彼こそが、この陰謀の、黒幕だったのだ。


 顔も知らぬ、その男。姉を陥れ、皇帝を蝕み、皇太后を操り、この国そのものを内側から崩そうとしている。すべての悪意の源が、いま、ひとつの名を持った。ユリウス。その正体を掴んだことは、大きな前進だった。


「お姉様」


 ローザは、まっすぐに姉を見つめた。


「明日、宮廷で大夜会が開かれます。そこで、皇太后様が、私の正体を暴こうとしています。けれど、私たちは、それを逆手に取り、陰謀を暴くつもりです」


 ローザは、声に力を込めた。


「そのためには、お姉様の証言が、必要なのです。ユリウスのこと、皇太后様とのつながり、毒のこと。すべてを、貴族たちの前で、語っていただけませんか」


 姉の顔が、こわばった。


 証言すれば、ユリウスや皇太后の敵に回ることになる。命を、狙われるかもしれない。


 長い沈黙のあと、姉は、ゆっくりと顔を上げた。その目には、決意が宿っていた。


「……証言するわ」


 姉は、はっきりと言った。


「私のせいで、あなたや陛下を、危険にさらしてしまった。せめて、その償いをさせて。たとえ、命を狙われることになっても」


 ローザの目に、涙がにじんだ。


 囚われ、利用され続けた姉が、いま、自らの意志で、立ち上がろうとしている。かつての、ただ美しいだけの姉ではない。苦難を経て、覚悟を知った、ひとりの女性がそこにいた。


 姉妹の心が、ひとつになった瞬間だった。


 ローザは、姉を安全な場所へと移すよう手配し、明日の段取りを確かめた。


 決戦の夜は、もう、目の前に迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ