表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり花嫁は、皇帝陛下に正体を知られている  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/55

第35話

 姉の居所は、帝都のはずれにある、人気のない古びた屋敷だった。


 皇帝の密偵網が、ようやく突き止めたその場所へ、ローザは密かに向かった。大夜会の前夜のことだった。レオンと、数名の手練れが、護衛として同行する。


 危険は、承知のうえだった。敵の懐へ、自ら飛び込むようなもの。だが、姉に会わねばならなかった。姉の証言こそが、明日の決戦を左右する。そして何より、ローザは、ひとりきりで苦しんでいるであろう姉を、一刻も早く救い出したかった。


 厳重な警備を、密偵たちが巧みに無力化していく。ローザは、息を殺しながら、屋敷の奥へと進んだ。


 長い廊下の先。鍵のかかった、ひとつの部屋。


 レオンが、慎重に鍵を開ける。


 扉が、軋みながら開いた。


 薄暗い室内に、ひとりの女性が座っていた。窓辺の椅子に、ぼんやりと外を眺めて。やつれてはいたが、その面影は――。


「お姉様……!」


 ローザは、思わず駆け寄った。声を抑えねばと分かっていても、堪えきれなかった。何か月も案じ続けた姉が、いま、目の前にいるのだ。


 女性が、振り返る。その顔が、驚きに見開かれた。


「ローザ……? まさか、ローザなの……?」


 姉ヴィオレッタだった。


 かつての華やかさは、影をひそめていた。痩せ、青ざめ、目には深い疲れが刻まれている。けれど、紛れもなく、ローザの姉だった。


 ローザは、姉を抱きしめた。


「お姉様、ご無事で……。ずっと、ずっと、お探ししておりました」


「ローザ……ああ、ローザ……」


 姉の目から、涙があふれた。


 二人は、しばし、ただ抱き合っていた。失踪以来、初めての再会。積もる想いが、言葉にならず、涙となってこぼれ落ちた。


 かつて、ローザは姉を、遠い存在だと思っていた。美しく、誰からも愛される姉。自分とは違う世界の人だと。けれど、こうして痩せ細った姉を抱きしめていると、込み上げてくるのは、ただ純粋な、肉親への情だった。どんな確執があったとしても、姉は姉なのだ。


 やがて、ローザは姉から身を離し、その顔を見つめた。


「お姉様。いったい、何があったのですか。あの手紙は……」


 姉の表情が、苦しげに歪んだ。


「あなたを、巻き込みたくなかった。だから、探さないでほしいと……。でも、あなたは、皇帝陛下のもとへ……私の身代わりとして……」


 姉は、ローザの装いを見て、すべてを察したようだった。


「私のせいで、あなたまで、危ない橋を……」


「お姉様のせいではございません」


 ローザは、姉の手を握った。その手は、かつての姉のものとは思えぬほど、やつれて冷たかった。囚われの日々が、どれほど過酷なものだったか。その手の冷たさが、何よりも雄弁に語っていた。


「すべては、お姉様を陥れた、何者かのせいです。お姉様もまた、被害者なのでしょう?」


 姉は、はっと顔を上げた。そして、観念したように、ゆっくりとうなずいた。


「……話すわ。すべてを。私が、どんな罠にかけられたのか。そして――この国を狙う、恐ろしい企みのことを」


 ローザは、姉の言葉に、耳を傾けた。


 姉の口から語られようとしているのは、失踪の真相であり、陰謀の核心でもあった。


 ついに、すべての謎が、いま明かされようとしている。長らく霧に包まれていた真実が、姉という生き証人を通じて、ようやくその輪郭を現そうとしていた。


 古びた屋敷の一室で、姉妹は、運命を変える対話を始めた。


 窓の外には、決戦の夜を翌日に控えた、深い闇が広がっていた。その闇の向こうで、明日、すべてが決する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ