第35話
姉の居所は、帝都のはずれにある、人気のない古びた屋敷だった。
皇帝の密偵網が、ようやく突き止めたその場所へ、ローザは密かに向かった。大夜会の前夜のことだった。レオンと、数名の手練れが、護衛として同行する。
危険は、承知のうえだった。敵の懐へ、自ら飛び込むようなもの。だが、姉に会わねばならなかった。姉の証言こそが、明日の決戦を左右する。そして何より、ローザは、ひとりきりで苦しんでいるであろう姉を、一刻も早く救い出したかった。
厳重な警備を、密偵たちが巧みに無力化していく。ローザは、息を殺しながら、屋敷の奥へと進んだ。
長い廊下の先。鍵のかかった、ひとつの部屋。
レオンが、慎重に鍵を開ける。
扉が、軋みながら開いた。
薄暗い室内に、ひとりの女性が座っていた。窓辺の椅子に、ぼんやりと外を眺めて。やつれてはいたが、その面影は――。
「お姉様……!」
ローザは、思わず駆け寄った。声を抑えねばと分かっていても、堪えきれなかった。何か月も案じ続けた姉が、いま、目の前にいるのだ。
女性が、振り返る。その顔が、驚きに見開かれた。
「ローザ……? まさか、ローザなの……?」
姉ヴィオレッタだった。
かつての華やかさは、影をひそめていた。痩せ、青ざめ、目には深い疲れが刻まれている。けれど、紛れもなく、ローザの姉だった。
ローザは、姉を抱きしめた。
「お姉様、ご無事で……。ずっと、ずっと、お探ししておりました」
「ローザ……ああ、ローザ……」
姉の目から、涙があふれた。
二人は、しばし、ただ抱き合っていた。失踪以来、初めての再会。積もる想いが、言葉にならず、涙となってこぼれ落ちた。
かつて、ローザは姉を、遠い存在だと思っていた。美しく、誰からも愛される姉。自分とは違う世界の人だと。けれど、こうして痩せ細った姉を抱きしめていると、込み上げてくるのは、ただ純粋な、肉親への情だった。どんな確執があったとしても、姉は姉なのだ。
やがて、ローザは姉から身を離し、その顔を見つめた。
「お姉様。いったい、何があったのですか。あの手紙は……」
姉の表情が、苦しげに歪んだ。
「あなたを、巻き込みたくなかった。だから、探さないでほしいと……。でも、あなたは、皇帝陛下のもとへ……私の身代わりとして……」
姉は、ローザの装いを見て、すべてを察したようだった。
「私のせいで、あなたまで、危ない橋を……」
「お姉様のせいではございません」
ローザは、姉の手を握った。その手は、かつての姉のものとは思えぬほど、やつれて冷たかった。囚われの日々が、どれほど過酷なものだったか。その手の冷たさが、何よりも雄弁に語っていた。
「すべては、お姉様を陥れた、何者かのせいです。お姉様もまた、被害者なのでしょう?」
姉は、はっと顔を上げた。そして、観念したように、ゆっくりとうなずいた。
「……話すわ。すべてを。私が、どんな罠にかけられたのか。そして――この国を狙う、恐ろしい企みのことを」
ローザは、姉の言葉に、耳を傾けた。
姉の口から語られようとしているのは、失踪の真相であり、陰謀の核心でもあった。
ついに、すべての謎が、いま明かされようとしている。長らく霧に包まれていた真実が、姉という生き証人を通じて、ようやくその輪郭を現そうとしていた。
古びた屋敷の一室で、姉妹は、運命を変える対話を始めた。
窓の外には、決戦の夜を翌日に控えた、深い闇が広がっていた。その闇の向こうで、明日、すべてが決する。




