第33話
もう、ひとりで抱えてはいられなかった。
皇太后の宮を出たその足で、ローザは皇帝のもとへ向かった。すべてを打ち明ける覚悟で。
私室に入ると、ローザは膝をつき、深く頭を垂れた。
「陛下。お詫びせねばならぬことが、ございます」
ローザは、震える声で、すべてを語った。皇太后に正体を握られていること。皇帝を見捨てれば命を助けるという、取引を持ちかけられたこと。そして、それを拒んだこと。皇太后が、公の場で正体を暴くと宣言したこと。
「私の不始末で、陛下にまで、ご迷惑を……」
ローザは、唇を噛んだ。
これで、皇帝に疎まれるかもしれない。せっかく築いた信頼を、自ら壊してしまうかもしれない。それでも、隠したまま決戦を迎えるわけにはいかなかった。皇帝には、すべてを知ったうえで、共に戦ってほしかったのだ。
だが、皇帝の反応は、意外なものだった。
「知っていた」
静かな声に、ローザは顔を上げた。
「皇太后が、お前を呼び出したことも。何かを仕掛けてくることも。私の手の者が、報せてきた」
皇帝は、ローザの傍らに歩み寄り、その肩に手を置いた。
「お前が、私を見捨てなかったことも――聞いている」
その瞳には、これまでにない、深い色があった。
「命を懸けてまで、私を選んだのだな」
ローザの目に、涙がにじんだ。打ち明けることを、あれほど恐れていたのに。皇帝は、すべてを知ったうえで、責めるどころか、温かく受け止めてくれた。
誰にも理解されず、ただ駒として扱われると思っていた。けれどこの人は、ローザの選択を、ひとりの人間の意志として、尊んでくれた。その事実が、何よりも胸に沁みた。
「陛下……」
「礼を言うのは、私のほうだ」
皇帝は、ローザを立ち上がらせた。
「だが、嘆いている暇はない。皇太后は、必ず仕掛けてくる。ならば、こちらも、迎え撃つ準備をせねばならぬ」
その目に、戦略家の鋭い光が宿った。
「実は、私も考えていた。皇太后を、逆に嵌める策を」
ローザは、息を呑んだ。
「逆に、嵌める……?」
「そうだ」
皇帝は、低く語り始めた。
「皇太后は、お前の正体を、公の場で暴こうとしている。ならば、その場を、こちらの決戦の場に変えてやればいい。皇太后が攻めてくるその瞬間に、逆に、皇太后の罪を暴くのだ」
大胆な策だった。相手の攻撃を、そのまま反撃に転じる。
だが、危うい賭けでもあった。一歩間違えれば、こちらが先に潰される。証拠が不十分なまま暴露が先行すれば、ローザの正体だけが暴かれて終わる。綱渡りのような策だった。それでも、ほかに道はなかった。受け身でいれば、ただ破滅を待つだけなのだから。
「だが、そのためには、決定的な証拠が要る。皇太后が、隣国と通じ、私に毒を盛っているという、動かぬ証拠が」
皇帝は、ローザを見つめた。
「そして、その証拠を集め、毒の真相を語れるのは――毒と医術を知る、お前しかいない。この策の要は、ローザ、お前なのだ」
ローザの胸に、重い責任と、同時に、確かな決意が宿った。
「承知いたしました」
ローザは、力強くうなずいた。
「私の知識のすべてを、この策のために使います」
二人の視線が、固く結ばれた。
決戦の場は、近く催される、宮廷の大夜会。
すべての貴族が集うその場こそ、皇太后との、最後の戦いの舞台となる。
そこで勝てば、すべての糸が断ち切れる。負ければ、すべてを失う。一夜にして、運命が決する。だからこそ、それまでの限られた日々で、できる限りの証拠を固めねばならなかった。
偽りの皇妃と、孤独だった皇帝。二人は今、ひとつの覚悟を胸に、運命の夜へと向かおうとしていた。




