第28話
陰謀の全貌を暴くには、証拠が要る。
ローザたちは、密かに調査を始めた。皇帝の密偵網だけでは、宮廷の奥深くに巣食う敵の尻尾は掴みきれない。だからこそ、信頼できる者を増やす必要があった。
まず動いたのは、ハンナだった。
庶民出身の侍女は、宮廷の使用人たちの間に、自然に溶け込める。ローザは、ハンナにある頼みごとをした。
「皇太后様の宮で働く者たちから、それとなく話を聞いてほしいの。どんな些細なことでもいいわ。最近、変わったことはないか。妙な客人が出入りしていないか」
ハンナは、こくりとうなずいた。
「皇妃様のためなら、喜んで」
純朴なハンナは、疑われることなく、使用人たちの輪に入っていった。井戸端の噂話、台所の世間話。そうした何気ない会話の中から、ハンナは少しずつ、有益な情報を拾い集めてきた。
身分の高い者が探ろうとすれば、たちまち警戒される。だが、明るく気のいいハンナの前では、誰もが口を緩めた。それは、貴族にはできない、庶民出身の彼女ならではの働きだった。
一方、レオンは、別の方面から探りを入れていた。
近衛騎士という立場を活かし、宮廷の警備記録や、出入りの記録を調べる。誰が、いつ、どこへ出入りしているか。その動きの中に、不審な点を探した。
そして、ローザ自身は、毒の経路を追った。
皇帝に盛られている毒。それが、どのように宮中へ持ち込まれ、誰の手を経て、皇帝の口に入るのか。薬草の知識を頼りに、その経路を一つひとつ、潰していった。
調査は、地道な作業だった。だが、孤独な戦いではなかった。
かつてのローザは、何もかもをひとりで抱え込んでいた。家でも、宮廷でも。けれどいまは、共に動いてくれる仲間がいる。同じ目的のために、それぞれが力を尽くしてくれる。その心強さが、ローザの不安を、少しずつ溶かしていった。
ハンナの報告、レオンの記録、ローザの見立て。それぞれが持ち寄った断片を、夜ごと突き合わせていく。ばらばらだった情報が、少しずつ、ひとつの絵を描き始めた。
「皇太后様の宮に、近頃、妙な人物が出入りしているそうです」
ある夜、ハンナが、声を潜めて報告した。
「身なりは商人ふうですが、どうも、この国の者ではないようで。異国の訛りがあると、女中たちが話しておりました」
ローザの胸が、ざわついた。
異国の人物。皇太后の宮への、密かな出入り。それは、これまでの推測を裏づけるものだった。
「その者の名は、分かる?」
「いいえ。けれど、使用人たちは、皇太后様の“使節”と呼んでいるそうです」
使節。
その言葉が、ローザの記憶に引っかかった。以前、皇帝が口にした言葉。隣国とつながりのある、厄介な相手。
「レオン殿。出入りの記録に、その使節らしき人物は?」
「ある」
レオンが、記録を広げた。
「正規の手続きを踏まず、いくつもの夜、皇太后様の宮へ出入りした記録がある。だが、その素性は、巧妙に伏せられている。よほど、表沙汰にできぬ相手なのだろう」
点と点が、つながっていく。
毒の出どころは、皇太后の周辺。そしてその先に、隣国とつながる、ひとりの“使節”がいる。
陰謀の核心へと続く糸が、ようやく、その姿を見せ始めていた。
だが、まだ確証はない。使節の正体も、皇太后との関わりの深さも、すべては推測の域を出ない。決定的な証拠を掴むには、もう一歩、踏み込まねばならなかった。
ローザは、集めた情報を見つめ、静かに息を吐いた。敵の輪郭が見えてきた分、その危うさも、いっそう身に迫って感じられた。




