第27話
宮廷へ戻ると、二人はすぐに、密かな会議を開いた。
集まったのは、皇帝とローザ、そして近衛騎士のレオン。刺客の刃に刻まれていた、隣国の紋章。それを前に、三人は深刻な面持ちで向き合った。
ローザにとって、この場にレオンがいることは、意味のあることだった。あれほど自分を疑っていた騎士が、いまは同じ卓を囲んでいる。皇帝の傷を手当てしたことが、彼の態度を、わずかに和らげたのかもしれない。
「やはり、隣国が動いている」
皇帝が、低く言った。
「私への毒も、ローザの姉の失踪も、そして此度の刺客も。すべては、ひとつの大きな企みの一部だ。隣国が、この帝国を内側から弱らせ、影響下に置こうとしている」
レオンの表情が、険しくなった。
「ですが陛下、宮中で実際に毒を盛っているのは、宮廷内の者のはず。隣国の手の者だけでは、これほど長く、陛下のお身体に近づけません」
「そのとおりだ」
皇帝は、うなずいた。
「隣国が、毒と後ろ盾を用意し、宮中の何者かが、それを実行に移している。内と外。二つの勢力が、手を結んでいるのだ」
ローザは、これまでの出来事を、頭の中で整理した。
茶会で異国の薬草を用いた、皇太后アマーリエ。その威厳と権力。そして、何より――皇帝への、消えぬ敵意。
「宮中で動いているのは……皇太后様、なのではないでしょうか」
ローザが、おそるおそる口にした。
皇帝は、しばし黙った。やがて、静かに言った。
「私も、その疑いは持っている。だが、確たる証拠がない。皇太后を、軽々しく告発はできぬ。下手に動けば、こちらが潰される」
重い沈黙が、部屋に落ちた。
相手は、宮廷で最も重んじられる皇太后。その背後には、隣国という巨大な後ろ盾。あまりに、強大な敵だった。
立ち向かえば、自らの正体が露見する危険も増す。身代わりの皇妃という弱みを抱えたまま、これほどの敵に挑むのは、無謀とも言えた。引き返すなら、いまのうちだった。
だが、ローザの心は、決まっていた。
「陛下」
ローザは、まっすぐに皇帝を見つめた。
「私は、逃げません。姉を陥れ、陛下を蝕み、この国を狙う者たちを、必ず突き止めてみせます。母から受け継いだこの知識を、そのために使わせてください」
その瞳には、強い決意が宿っていた。
皇帝は、そんなローザを、じっと見つめた。
「ローザ。これは、危険な戦いだ。命を、落とすかもしれぬ」
「承知のうえです」
ローザは、ひるまなかった。
「それでも、私は陛下と共に、戦いたいのです」
言いながら、ローザは自分の心を、はっきりと自覚していた。これはもう、契約のためでも、家のためだけでもない。この人を守りたい。その純粋な願いが、ローザを突き動かしていた。
皇帝の瞳が、わずかに揺れた。そして、彼は、静かにうなずいた。
「ならば――共に、戦おう」
皇帝は、ローザに手を差し出した。ローザは、その手を、しっかりと握り返した。
「私も、お供いたします」
レオンが、片膝をついた。その目に宿っていた疑念は、もはや消えていた。
「陛下と、皇妃様のために。この剣、捧げまする」
三人の心が、ひとつになった瞬間だった。
偽りから始まった絆が、いまや、巨大な陰謀に立ち向かう、確かな同盟へと変わっていた。
ひとりでは、なすすべもなかった。けれど、三人なら。互いを信じ合える仲間がいれば、この強大な敵にも、立ち向かえるかもしれない。ローザの胸に、恐れと、それを上回る決意が、静かに満ちていった。
宮廷の闇へ、踏み込む覚悟が、静かに固まった。




