第26話
刺客は、五人ほどいた。
黒装束に身を包み、無言で刃を構えている。その動きには、無駄がなかった。明らかに、訓練された者たちだった。
皇帝は、ローザを背に庇い、腰の剣を抜いた。
「下がっていろ」
短く告げると、皇帝は刺客へと向き直った。
冷酷無比と噂された皇帝は、剣の腕にも長けていた。襲いかかる刃を払い、鋭い一閃で、刺客のひとりを退ける。だが、相手は五人。しかも、皇帝はまだ、毒の影響から完全に回復したわけではなかった。
ローザは、丘の上から、その戦いを見つめていた。
心臓が、激しく打っている。助けを呼ぼうにも、護衛は離れた場所に待たせていた。視察を装った、二人だけの時間。それが、仇となった。
何かできることはないか。ローザは必死に頭を巡らせた。だが、武器の心得などない自分に、できることなど何もない。ただ、皇帝の無事を祈ることしか。その無力さが、もどかしかった。
皇帝は、奮戦していた。
だが、長くは続かなかった。一人を斬り伏せた瞬間、別の刺客が、その隙を突いた。
「陛下――!」
ローザの叫びと、皇帝の動きが、交差する。
刺客の刃が、皇帝に迫った。その瞬間、皇帝はとっさに身をひねり、ローザのほうへ向かってきていた、もうひとりの刺客の刃を、自らの身体で受け止めた。
ローザを、庇ったのだ。
鈍い音とともに、皇帝の肩から、赤いものが滲んだ。
「陛下!」
ローザは、駆け寄ろうとした。だが、皇帝は痛みをこらえ、なおも剣を振るい続けた。
その頃、ようやく異変に気づいた護衛たちが、駆けつけてきた。形勢は、一気に逆転する。残った刺客たちは、深追いをあきらめ、茂みの奥へと姿を消した。
戦いが、終わった。
ローザは、すぐさま皇帝のもとへ駆け寄った。
「陛下! お怪我を!」
皇帝の肩からは、血が流れていた。ローザは、迷わず動いた。母から受け継いだ知識が、こういうときこそ生きる。
ローザは、皇帝を木陰に座らせ、手早く傷を検めた。幸い、傷は深くない。ローザは、近くで見つけておいた止血の薬草を、すばやくすり潰し、傷口に当てた。
「動かないで、ください。すぐに、血を止めます」
その手つきは、慌てながらも、確かだった。皇帝は、黙って、ローザに身を任せていた。あれほど人を寄せつけなかった彼が、無防備に身を委ねている。その信頼が、ローザの胸を熱くした。
「なぜ……私を庇われたのですか」
手当てをしながら、ローザは尋ねた。
皇帝は、わずかに目を細めた。
「考える前に、身体が動いた」
それは、彼自身にとっても、意外な答えのようだった。
長く誰も信じず、誰のためにも動かずに生きてきた男。その彼が、何も考えずに、ローザを守ろうとした。それは、頭で考えた選択ではなく、心が先に動いた証だった。皇帝自身が、その変化に戸惑っているようでもあった。
誰も信じず、誰も守ろうとしなかった皇帝が、とっさにローザを庇った。その事実が、二人の間に、言葉にできぬ何かを残した。
手当てを終えたあと、ローザは、刺客が落としていった刃を、ふと拾い上げた。
その柄に、ひとつの紋章が刻まれている。
ローザは、息を呑んだ。
見覚えのある、その紋章。皇帝に盛られた異国の毒。茶会の異国の薬草。そして、姉のそばにいるという異国の男。それらと、同じ匂いのする――隣国の紋章だった。
ローザは、その刃を、皇帝に差し出した。
皇帝も、紋章を一目見て、表情を険しくした。これは、ただの物盗りの仕業ではない。明確な意志を持った、国家規模の陰謀。その尻尾が、ようやく目に見える形で、二人の前に現れたのだ。




