表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり花嫁は、皇帝陛下に正体を知られている  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/55

第23話

 皇帝の調査は、迅速だった。


 誰も信じられぬからこそ、皇帝は独自の情報網を築いてきた。宮廷の隅々まで目を光らせる、彼だけの密偵たち。その網が、いまローザの姉のために動いていた。


 数日のうちに、皇帝の密偵たちが、姉ヴィオレッタの失踪についての断片を集めてきた。その報告を、皇帝はローザと共に聞いた。


「妙な点が、いくつもある」


 報告書に目を通しながら、皇帝は言った。


「お前の姉は、婚礼の直前に姿を消した。表向きは、駆け落ちとされている。だが、その相手の男の足取りが、まるで掴めぬ。まるで、最初から存在しなかったかのように」


 ローザは、息を呑んだ。


「それだけではない。男が姉に近づいたのは、輿入れの話が持ち上がった、ちょうどその頃だ。あまりに、間が良すぎる」


 皇帝の指が、報告書の一点を叩いた。


「狙って、近づいたのだ。お前の姉に。輿入れを、ぶち壊すために」


 ローザの中で、ばらばらだった疑問が、一気に形を成していった。


 姉は、恋に落ちて姿を消したのではない。誰かに、意図的に近づかれ、利用され、輿入れ直前という最悪の時を狙って、失踪させられたのだ。


「なぜ、姉が……」


「お前の家との縁組は、辺境をつなぎとめる、重要な政治の要だ」


 皇帝の声が、低く響いた。


「その縁組を壊せば、辺境は揺らぐ。そして、私の足元も。誰かが――この帝国を、内側から弱らせようとしている。その手始めが、お前の姉の失踪だったのだ」


 ローザは、愕然とした。


 姉は、巨大な陰謀の、最初の駒にされた。そして、その陰謀は、皇帝への毒へと続いている。何もかもが、根のところで、ひとつだったのだ。


 あの美しく、誰からも愛されていた姉。家の中で輝いていた姉が、まさかこんな形で、闇の中に引きずり込まれていたとは。ローザの胸に、姉への憐れみと、企てた者への怒りが、同時に込み上げた。


「では……私が身代わりとしてここに来たことも」


「敵の、誤算だっただろうな」


 皇帝が、わずかに口元を緩めた。


「縁組を壊したつもりが、お前という、思わぬ駒が立った。しかも、毒を見抜く知恵を持つ娘が。敵にとっては、計算外だったはずだ」


 その言葉に、ローザはわずかに救われた思いがした。


 偽りの花嫁としてここに来たことが、皮肉にも、敵の企みを狂わせていたのだ。家のために、覚悟を決めて踏み出した一歩。それが、思いがけず、皇帝を守る盾になっていた。母から受け継いだ知識も、その盾を、いっそう強いものにしている。


 だが、安堵している場合ではなかった。皇帝の密偵が、もうひとつ、不穏な報せをもたらしていた。


「それと――もうひとつ」


 皇帝の表情が、再び険しくなった。


「敵の狙いが、お前の家にも及びつつある。アーベライン家の周辺に、不審な動きがあるという。縁組を壊せなかった敵が、今度は別の手で、お前の家を揺さぶろうとしているのかもしれぬ」


 ローザの顔から、血の気が引いた。


「実家が、危ないということですか」


 答えは、すぐには返らなかった。


 ローザの胸に、新たな恐怖が広がった。捨ててきたはずの家。けれど、そこには、守りたいと願った人々が、まだ暮らしている。その人々に、危険が迫っているのかもしれない。


 遠く離れた地で、ローザにできることは、何もなかった。


 無力感が、じわりとローザを蝕んでいった。


 姉を救うことも、家を守ることも、自分の手の届かぬところで起きている。皇妃という立場にありながら、本当に大切なものには、何ひとつ手が届かない。その歯がゆさが、ローザの胸を締めつけた。


 窓の外には、遠い辺境の空につながる、暮れなずむ空が広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ