第22話
ローザは、姉の手紙を、何度も読み返した。
短く、断片的な文面。けれど、その行間からは、姉の置かれた境遇が、痛々しいほどに滲み出ていた。
元気にしているか、という妹を案じる言葉。自分のせいで苦労をかけて、すまない、という詫び。そして――決して、自分を探さないでほしい、という、奇妙な懇願。
その筆跡は、ローザのよく知る姉のものだった。けれど、いつもの伸びやかさはなく、どこか乱れて、ところどころ滲んでいる。涙の跡だろうか。それとも、震える手で書いたのか。読むほどに、ローザの胸は締めつけられた。
ローザは、眉をひそめた。
探さないでほしい。その一文が、ひどく不自然だった。駆け落ちした者が、なぜわざわざ、こんなことを書くのか。まるで、探されると困る理由があるかのように。
いや、と、ローザは思い直した。
探さないでほしいのではない。探せない、と言いたいのかもしれない。文字の運びには、どこか怯えがあった。自由に筆を執れぬ者の、もどかしさが。
手紙の端には、ほかにも気にかかる記述があった。
姉の周りには、見慣れぬ異国の品があるらしい。そして、駆け落ちの相手だという男についても、わずかに触れられていた。だが、その素性は、ひどく不穏なものだった。
異国の言葉を操り、裏の世界に通じているらしい、謎めいた男。
ローザの中で、ひとつの記憶が、ふいに重なった。
茶会で盛られた、異国産の薬草。皇帝を蝕む、異国産の毒。そして――姉のそばにいるという、異国に通じた男。
まさか。
ローザの全身に、冷たい戦慄が走った。
ばらばらだった糸が、一本の線へと、たぐり寄せられていく。姉の失踪と、皇帝への毒。この二つは、無関係ではないのかもしれない。
もしそうなら、自分がこの宮廷に来たことさえ、誰かの筋書きの一部だったことになる。姉が消え、妹が身代わりに立つ。そのすべてが、見えない手によって仕組まれていたのだとしたら。考えるほどに、足元が崩れていくような心地がした。
その夜、ローザは皇帝に手紙のことを打ち明けた。
「姉から、手紙が届きました」
ローザは、震える声で告げた。
「失踪したきり、行方の知れなかった姉です。文面は、要領を得ません。けれど――姉は、自由を奪われているように思えます。そして、そのそばには、異国に通じた、素性の知れぬ男がいるようなのです」
皇帝の表情が、鋭くなった。
「異国に通じた男、だと」
「はい。確証はございません。ですが――もしや、その男こそが、陛下に盛られている毒と、関わりがあるのではないかと」
皇帝は、しばし黙り込んだ。
そして、低く言った。
「お前の姉の失踪と、私への毒。それが、もし一本の糸でつながっているのなら――これは、想像以上に、根の深い陰謀だ」
ローザは、うなずいた。
偶然では片づけられない。姉の失踪は、ただの恋愛沙汰ではないのかもしれない。何者かの、大きな企みの一部として、姉は利用されたのではないか。
その予感は、不吉なほどに、確かなものになりつつあった。
「調べてみよう」
皇帝は、静かに告げた。
「私の手の者を使い、お前の姉の足取りと、その男の正体を、洗い出す」
ローザの胸に、不安と、わずかな希望が、同時に灯った。
失踪の真相に、ようやく手が届くかもしれない。だがその先に待つものが、決して穏やかなものではないことを、ローザは予感していた。
姉を救いたい。けれど、その糸をたぐれば、皇帝を狙う者の正体にも、近づくことになる。二つの願いは、いつしか分かちがたく結びついていた。ローザは、姉の手紙をそっと胸に抱いた。




