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第六話:銀の道、雲の彼方へ――王都への旅路

オルテンシアの城門を背にした時、僕たちの胸には形容しがたい高揚感が渦巻いていた。

荷台には、僕とティナが数週間の眠れぬ夜を捧げた『予兆検知器プロフェシー・ゲージ』が、厳重な緩衝材に守られて積まれている。僕たちの手には、この街で得た経験と、何よりもお互いへの信頼という最大の資本があった。

「ねえアルト、見て! 王都へ向かう街道には、こんなにたくさんの馬車が行き交っているわ!」

ティナは御者台の隣で、目を輝かせながら周囲を見渡している。オルテンシアの小さな路地裏で経済を語り合っていた僕たちが、いまや魔導産業の中心地へ向かっているのだ。街道は整備され、遠くに見える王都の尖塔群は、陽光を受けて白銀色に輝いている。

しかし、この旅路は楽園への道ではなかった。

出発から二日目、雲行きが急激に悪化した。空を覆う灰色の雲は、単なる雨雲ではない。魔素の濃度が異常に高い、いわゆる「魔力嵐」の前兆だった。

「まずい……。この気圧配置、まさか……」

僕が呟くと、ティナは計算機アバカス・ルーンを操作して顔色を変えた。

「ええ、間違いないわ! 記録によれば、この街道で魔力嵐が発生するのは数十年に一度よ! ……アルト、このままじゃ馬車が魔素の過剰供給で暴走しかねないわ!」

案の定、馬を操っていた御者が青ざめた表情で叫んだ。

「お嬢ちゃん、坊主! 馬がいうことを聞かねえ! 魔導車輪が魔素を過剰に吸い込んで、ブレーキが利かなくなっちまってる!」

馬車が大きく揺れる。周囲の商人の馬車も次々と制御を失い、街道は混乱の極みにあった。このままでは崖の下へ転落するのも時間の問題だった。

「ティナ、あのバルブを全開放しろ! 僕が魔導回路を直接調整する!」

「了解!」

ティナは躊躇なく馬車の屋根に飛び乗ると、吹き荒れる魔風の中で器用にバランスを取りながら、魔導車輪の制御バルブを回した。僕は馬車の荷台から身を乗り出し、計算機とリンクさせていた予兆検知器のコアを抜き取る。

「無茶をするなよ、アルト!」

「これしかない! 嵐の魔力を逆流させるんだ!」

僕は計算機に全神経を集中させた。嵐が運んでくる膨大な魔素の波長を読み取り、それを検知器を通じて車輪の魔導回路へ流し込む。プラスとプラスの魔力がぶつかり合い、火花が散る。馬車は悲鳴を上げて軋んだが、僕は奥歯を噛み締めて入力を続けた。

「……今だ!」

ドン、という鈍い音とともに、馬車が停止した。

街道の脇に無事に停車した僕たちは、荒い息をつきながら互いを見つめ合った。雨は止み、嵐は去っていた。

「……助かった。ありがとう、アルト」

ティナが少し涙ぐんだ顔で僕の手を握る。その手は、嵐に立ち向かった時の強さを残したまま、僕の体温を求めていた。

嵐が去った後の街道はぬかるんでいたが、僕たちは馬車の修理を終え、再び王都を目指した。その日の夕暮れ、街道沿いの休憩所で、僕たちは一人の旅人と出会った。

深いフードを目深にかぶった、背の高い男だった。彼は焚き火のそばで、静かに魔導書を読んでいた。その男が顔を上げた瞬間、ティナが息を呑むのが分かった。

「……あなたは?」

男はゆっくりとフードを取り、柔らかな笑みを浮かべた。

「おやおや、小さな旅人さんたち。嵐の中、見事な魔導操作でしたよ。オルテンシアの宿屋から来た、あの『予兆検知器』の製作者かな?」

男の声には、不思議な親近感があった。

彼は名をエドワードと名乗った。王都の魔導士ギルドで「市場経済の魔術師」と呼ばれる、伝説的な理論家だった。

「君たちの検知器は、今の王都のシステムでは拾えない『微細な魔素の歪み』を正確に捉えている。……面白い。君たち、もし良ければ王都まで同乗しないか? 私の馬車なら、どんな嵐も防げる」

「……どうして、そんな親切を?」

僕が疑いの目を向けると、エドワードは楽しそうに笑った。

「君たちの経済学には、『温かさ』があるからだよ。冷徹な数字の裏側にある、人の暮らしを大切にする心。……それは、今の王都の市場が一番忘れているものだ」

その夜、僕たちはエドワードの馬車で夜通し語り合った。

彼は僕たちの理論を否定せず、むしろ博覧会で勝つためのヒントをいくつも教えてくれた。

「君たちは『正しい予測』をする。だが博覧会では、審査員たちは『予測を裏切る衝撃』を求めている。君たちの検知器に、もう一つだけ、魔法をかけてみないか?」

彼は僕たちの検知器に、彼が独自に開発した「共鳴回路」を組み込むことを提案した。

それを使えば、検知器は単なる道具から、市場と意志を通わせる「生き物」に進化する。

「……やってみる価値はあるわね、アルト!」

ティナが僕の目を見て頷く。

僕たちは徹夜で回路を組み替えた。エドワードの助言と、ティナの数式、そして僕の市場感覚。三つの力が融合し、予兆検知器はかつてないほどの鋭い光を放った。

「これで、王都の博覧会でも負けないわ」

翌朝、王都の巨大な門が見えてきた。

高くそびえる城壁、空を舞う魔導飛行船。そこはオルテンシアとは比べ物にならないほど巨大で、残酷なほど美しい、経済の心臓部だった。

「さあ、二人とも。王都へようこそ」

エドワードの言葉に、僕たちは気を引き締めた。

ここからが本当の戦いだ。

けれど、僕は確信していた。僕とティナ、二人で計算した答えは、必ずこの巨大都市をも変えることができるはずだ。

「行きましょう、アルト。私たちの経済学を見せつける時よ!」

ティナが握った僕の手は、どこまでも温かく、そして力強かった。

王都魔導博覧会という名の戦場へ、僕たちは自信を持って踏み出したのだ。

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