第七話:黄金の都と、支配者の影
王都の門をくぐった瞬間、僕たちはその圧倒的な「格差」に呑み込まれた。
オルテンシアの城下町とは比較にならない規模。空を覆うほどの巨大な魔導飛行船が行き交い、街全体が琥珀色と青の魔素の光に満ち溢れている。石畳は鏡のように磨き上げられ、行き交う人々は絹の衣装をまとい、その手には最新の魔導具が握られている。
これが王国の中枢。僕たちの戦場だ。
王都魔導博覧会の会場は、かつて王宮の庭園だった広大な敷地に設営されていた。黄金と大理石で彩られたパビリオンの数々は、ただそこにあるだけで威圧感を放っている。
「すごいわね……アルト。オルテンシアの市場とは、何もかもが違う」
ティナが呟く。彼女の声は小さく、少しだけ震えていた。かつて彼女が「家出」をして飛び出した場所。彼女の過去、彼女の血筋、そして彼女を縛り付けていた鎖が、この街のどこかで待ち構えている。
博覧会の初日は、まさに王国の経済を動かす「権力者たちの社交場」だった。
僕たちのブースは、エドワードの紹介もあり、なんとか会場の端に確保できた。だが、周囲のライバルたちは格が違った。
『聖域商会』。
彼らは魔素の生成技術を独占し、神官のような白衣を着た魔導士たちを従えていた。彼らが展示しているのは、僕たちの検知器とは比較にならないほど巨大で、精巧な「魔素供給制御装置」。その周囲には常に貴族たちが群がり、華やかな拍手と歓声が響いている。
「あれが、王都のスタンダードなのよ」
ティナが悔しげに唇を噛む。彼女の視線の先には、聖域商会の中心で微笑む男がいた。その男――カインは、ティナと同じ銀色の髪を持っていた。
「……お兄様」
ティナが呟いたその瞬間、カインは僕たちのブースに気づき、優雅な足取りで近づいてきた。周囲の空気が一変する。
「おや、ティナ。こんな場末の宿屋のようなブースで、何をしているのかな? 逃げ出した先がオルテンシアの宿屋とは……呆れて物も言えないよ」
カインの声はどこまでも冷ややかで、完璧な礼節に包まれていた。彼は僕を一瞥し、まるで塵でも見るような目で検知器を眺めた。
「父上は君の帰りを待っている。この『ゴミ』のような検知器を壊して、今すぐ戻りなさい。それが公爵家の娘としての唯一の務めだ」
「……私は戻らない。アルトと、私自身の力で証明するの。この検知器が、正しい市場の姿を映し出すって」
カインは鼻で笑い、僕の方へと向き直った。
「宿屋の息子さん、忠告しておくよ。この博覧会は、君たちの遊び場じゃない。ここで恥をかけば、君の宿屋ごと取り潰すことになる。公爵家の慈悲だと思って、今すぐ荷物をまとめて消えなさい」
彼が去った後、会場の熱気は冷たく僕たちを襲った。ティナの肩は大きく上下し、僕たちのブースを訪れる客は一人もいなくなった。
博覧会は、僕たちにとって絶望的なスタートとなった。
その日の午後。
僕たちは、ティナの検知器の調整を行っていた。エドワードから授かった「共鳴回路」は、王都の魔導システムとあまりにも密接に繋がりすぎていた。
「……アルト、変よ。検知器が異常なほど熱を帯びているわ。まるで、会場全体の魔力循環を飲み込もうとしているみたい……!」
ティナが計算機を叩きながら絶叫した。
その時だった。会場を揺るがすような轟音が響いた。
予兆検知器の光が突如として赤く反転し、会場内に設置されていた聖域商会の巨大な制御装置と激しく共鳴し始めた。僕たちの検知器が拾い上げたのは、王都の市場システムが隠し持っていた「不正な魔素の横流し」の歪みだった。
システムがそれを排除しようと、逆に僕たちの検知器を攻撃――暴走させたのだ。
「市場が……暴走している!?」
会場の水晶板が一斉に真っ赤に染まった。
魔素価格が、秒単位で乱高下する。王都中の投資家たちが悲鳴を上げ、パニックが広がる。検知器が過剰な魔力を吸い上げ、王都の経済中枢システムを巻き込んで巨大な価格変動を引き起こしているのだ。
「止めないと! このままだと、王都の市場が崩壊する!」
「できない! 共鳴が強すぎて、回路が引き剥がせないわ!」
会場は阿鼻叫喚の地獄と化した。貴族たちは怒号を上げ、警備兵が僕たちのブースへ雪崩れ込んでくる。その中心で、カインが不敵な笑みを浮かべていた。彼にとっては、僕たちを「市場を混乱させたテロリスト」として処刑するための絶好の口実が出来上がったのだ。
「見ろ! あの宿屋の息子と家出令嬢が、市場を破壊したぞ!」
カインの扇動で、会場の空気が僕たちを追い詰める。
その時、人混みをかき分けて、ひとりの老人が現れた。公爵だ。ティナの父。
彼は冷ややかな目で、娘と僕を見つめた。
「期待していたよ、ティナ。お前がこのような形で、公爵家への反逆を証明してくれることを」
「お父様……!」
公爵は冷酷に告げた。
「警備隊、彼らを拘束しろ。市場を混乱させた罪は重い。王都の監獄へ放り込み、明日には極刑を執行する」
武装した兵たちが、僕とティナを囲む。
逃げ場はない。王都の広大な会場の中で、僕たちは完全に孤立した。
検知器は火を噴き、僕たちの手の中で震えている。
「……アルト、ごめんなさい」
ティナが僕の手を握りしめる。彼女の瞳には、かつてないほどの決意が宿っていた。
「私の家族が、この王国の経済を支配している。でも、計算結果は嘘をつかないわ。……アルト、検知器の共鳴を、最大まで解放して」
「……それは、僕たちの検知器も、会場のシステムも全部焼き払うことになるぞ」
「構わないわ。それで、この国を縛る『嘘の数字』が崩壊するなら。……ねえ、最期まで一緒に計算してくださる?」
僕は、彼女の強い意志に胸が熱くなった。
僕たちは、王都の権力者が敷いた完璧な舞台の上で、彼らのシナリオを真っ向から否定する。
「ああ、計算しよう。僕たちの、最高に不敵な解答を!」
周囲の兵士が剣を抜く。
公爵が鼻で笑う。
僕は検知器のメインスイッチに指をかけ、ティナと二人で、王都の運命を変える数字を打ち込んだ。
――市場よ、今こそ全ての真実を吐き出せ!
光が会場を飲み込む。
すべてが白く染まる直前、僕はティナの温かい手を感じた。
ここからが、僕たちの「経済学」の本当の正念場なのだ。




