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第四話:利権の魔手と、計算された反撃

王都魔導博覧会への参加を決め、街の活気が少しずつ熱を帯び始めた頃だった。

『踊る子鹿亭』の評判は、オルテンシアの城下町で静かに、しかし確実に広まりつつあった。「看板息子のアルトと、相棒の銀髪の少女が読み解く相場は、百発百中である」と。

その噂が、ある商人の耳に届いたのは必然だった。

王都の大手商会『金蛇ゴールデン・スネーク商会』の支部長、ヴィクトル。彼は太い葉巻をくゆらせ、派手な毛皮を纏った、この街の経済を裏で牛耳る悪徳商人だった。彼にとって、僕とティナの存在は、邪魔な小石でしかなかった。

「……ふん、子供が二人で、ままごと遊びか」

ヴィクトルは、僕たちの宿屋の前の路地裏で、部下たちに指示を出していた。

ある日の朝。宿屋の扉を開けた僕は、異様な光景に足を止めた。

宿屋の入り口に、見慣れない「営業停止勧告書」が張り出されていたのだ。理由は『魔導エネルギーの不法利用及び、市場操作の疑い』。

「そんな……っ! なによこれ!」

後ろから出てきたティナが、勧告書を見て叫ぶ。文字の横には、王都の魔導士ギルドの刻印が押されているが、明らかに偽物だった。

朝の仕込みの最中、食堂の客たちがざわめき始める。商売において、「悪評」は毒そのものだ。

「アルト、どうしよう。このままじゃ、宿泊客もみんな逃げちゃうわ!」

ティナの顔色が青ざめる。彼女の家出の理由である「自分の力で生きる」という覚悟が、根底から崩されようとしていた。ヴィクトルの目的は、僕たちの追い出しだけではない。僕たちが積み上げてきた信頼と、それによって生まれた「利益」の流れを、丸ごと乗っ取ることだ。

「大丈夫だ、ティナ。……この勧告書、偽造だよ」

僕は冷徹な目で、紙の質感とインクの匂いを確かめた。

「ギルドの刻印はもっと深いはずだ。それに、この時期にこんな勧告を出すなんて、正規の手続きを完全に無視している。……ヴィクトルの仕業だよ」

「あの太っちょの商会……! よくもやってくれたわね!」

ティナが拳を握りしめ、怒りに震える。僕は彼女の肩をそっと抱き寄せ、冷静さを取り戻すよう促した。

「怒っていても何も変わらない。僕たちがやるべきことは一つだ。彼らの悪事を、この街の商人たちに見せつけること。……それと、この窮地を逆に利用して、博覧会の軍資金を稼ぐことだ」

僕はキッチンのカウンターに、今日の日付と魔素の相場グラフを広げた。

「ヴィクトルは、僕たちが追い出された後のこの土地を買い叩くつもりだ。そのために、今日の魔素価格を『意図的』に暴落させようとしている。……彼が市場操作に使うのは、北の送魔導管のバルブを一時的に閉鎖する手法だ」

「……なるほど。あの大規模なエネルギー遮断ね。供給が止まれば、一時的に魔素の単価は跳ね上がるけど、その直後に『故障』という名目で市場を混乱させる……」

ティナの目が、次第に輝きを取り戻していく。彼女の中で、怒りが知的な闘争心へと変換されていた。

「アルト、なら簡単ね。彼らが操作する前に、私たちがその『故障』を予知して、先回りすればいいのよ」

「ああ。市場は『情報』が全てだ。ヴィクトルの汚いやり口を、逆に市場の波として利用しよう」

その日の午後。市場は異様な緊張感に包まれていた。

ヴィクトルの部下たちが、影で送魔導管のバルブを操作しようと蠢いているのが見えた。彼らがバルブを閉めれば、街中の魔導具が一瞬停止し、大混乱が起きるはずだ。

僕は、街の有力者や商会が集まる広場の掲示板の前に、昨日までに用意していた「魔素の供給安定化に関する論文」を貼り出した。

「おい、あれを見ろ! 宿屋の息子が、魔素の変動予測を公開しているぞ!」

商人たちが集まってくる。僕が書いたのは、単なる予想ではない。ヴィクトルたちが仕掛けようとしている「供給不安定化」のメカニズムを、科学的な数値として理論化したものだ。

「……つまり、特定の時間帯に供給が止まるなら、それは自然な揺らぎではなく、人為的な操作だというのか!?」

商人たちの中から、驚愕の声が上がる。ヴィクトルの部下たちは、顔を青くして動きを止めた。彼らの手口が衆人の前で暴かれたのだ。

「そんな……嘘だ!」

ヴィクトルが人混みをかき分けて現れた。だが、時すでに遅し。

僕の予測通り、バルブが閉められる直前に、僕たちは「特定の条件下で価格が急騰する」というデータを公表したため、商人たちは先を争って火属性の魔素を確保し始めた。価格はヴィクトルの思惑通りにはならず、むしろ彼らの操作を予測した商人たちの買い占めによって、市場は僕たちの描いた通りの波を描いた。

「どうだ、ヴィクトル。君が仕掛けた混乱は、全て僕たちの予測の範疇だ」

僕は彼を見下ろして言った。

「君たちが宿屋に貼った偽造文書、あれも証拠としてギルドに提出させてもらうよ」

ヴィクトルは歯ぎしりをして、怒りに顔を真っ赤にしながらその場を立ち去った。

市場の商人たちは、僕たちを拍手で迎えた。僕たちの評判は、もはや街の子供の遊びではない。「経済を左右する、若き知恵者」としての評価が、不動のものとなった瞬間だった。

その夜、宿屋『踊る子鹿亭』の食堂は、かつてないほどの賑わいを見せていた。

「アルト、やったわね! あの太っちょ、顔色が死んでたわ!」

ティナがビールジョッキ(中身はリンゴジュースだ)を掲げて笑う。僕たちを頼って相談に来る商人たちが、次々とやってくる。

「アルト殿、今日の予測は本当に助かった。礼を言わせてくれ」

「これからの相場はどう動く? 相談に乗ってくれないか?」

僕は客たちの言葉を聞きながら、ティナを見た。彼女もまた、客たちと楽しそうに語り合っている。

かつての僕は、相場を「数字」としてしか見ていなかった。でも今は違う。僕の予測は、この街の人々の生活を守り、少しだけ幸せにする力を持っている。

「ねえ、アルト」

夜遅く、客が帰り、ようやく静けさが戻った宿屋。ティナが僕の隣に座り、星空を見上げた。

「私、少し分かった気がする。商売っていうのは、数字を競うことじゃないのね。……誰かの役に立って、その結果として感謝される。それが本当の利益なのね」

「そうかもしれないね」

僕は彼女の瞳を見つめた。そこには、家出当時の不安げな輝きはなく、誇りに満ちた光が宿っていた。

博覧会まで、あとわずか。王都という大きな舞台には、ヴィクトル以上の敵が待っているだろう。でも、今の僕たちなら大丈夫だ。

「アルト、誓いましょう」

彼女が小さな手を出してきた。

「王都に行っても、二人で最高の成果を出すって。どんな汚い商売人にも負けない、私たちの経済学を証明するのよ」

「ああ、誓うよ」

僕はその手を握り返した。

宿屋の片隅で始まった、少年と少女の物語。それは、街の経済を変え、いつか王国全体を巻き込む大きな波になろうとしていた。

明日の朝食のパンを仕入れる時間、明日の天気、明日の魔素の価格。

全てを計算し尽くして、僕たちは眠りについた。

明日もまた、僕たちの「最高の一日」が始まるのだから。

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