65話 師匠の剣って、アリですか!?
包丁でパフォーマンスをすること数日。ようやく準備が整った。
緊張の一瞬、これで私のすべてが決まる……かもしれない。
手に持っているのはいつもの包丁ではなく、剣。
フェンさんが昨夜渡してくれた、私のために打ってくれた剣。
「準備はいいかい?」
「……お願いします」
集中、集中……。
「さぁお立ち会い! 今からここにいる美少女が手に持った剣で作り出したるはかき氷! ただのかき氷じゃないよ、目の前にある氷の柱を剣で削り取り、見事かき氷を作ってみせましょう、成功すれば拍手を!」
フェンさんの威勢の良い呼び声に、海水浴を楽しんでいるお客さんたちは足を止めて注目する。
練習も何度も重ねてきた、大丈夫……絶対成功出来る……。
緊張で手が震える。もしも失敗したら……ダメ、失敗した時のことを考えちゃ。
集中しなきゃ、集中……。
「では当海の家看板娘ことヴィーナがお見せします、世にも見事な氷削りです!」
見据えるのは氷の柱。
周りには何も見えない。
振り上げて――振り下ろす!
柱の角スレスレを剣が通り抜けていき、氷が粒になってキラキラと宙を舞う。
「ほっ」
舞った氷をエレナさんがお皿で受け止めていく。
よし、もっと――!
下ろした剣を振り上げ、握り手を変えてまた振り下ろす。
何度も何度も剣を振り、その度に海の家の前で舞う氷はまるで雪のようにキラキラと魅せる。
舞う度に周囲から歓声が上がる。
……だけどエレナさんも凄い、削り取った氷を下に落とすこと無く全部お皿に受け止め、シロップをかけてお客さんに次々と渡していくんだから。
それも私の剣にあたらないように動きつつ。やっぱりただのメイドさんじゃない。
「残すところはあと半分。果たして全部成功いたしますでしょうか!?」
「やぁ!」
下の部分になればなるほど、集中力を保つのが難しくなる。
小さくなった氷は斬りづらく、失敗する可能性が高くなっていく。
だけど手を休めてなんていられない、今手を止めたらもう成功しない気がしてしょうがないから。
…………。
最後の一回を振り下ろした。氷はもはや欠片。コレを斬るのは流石に無理かな。
見た感じ、見てくれたお客さんには全員かき氷が手にわたったみたいで、残ったかき氷はフェンさんとエレナさんが食べていた。私の分もあったみたいで、息をついた私に渡してくれた。
「お疲れ様です、ヴィーナ様」
「エレナさん……ありがとうございます。はぁ……ふぅ」
「やぁやぁ、うまくいったね。大盛況かつ……武器が壊れてないじゃないか?」
「そうですね。この剣凄く握りやすいというか、手に吸い付くような……」
「だろう? ヴィーナくんの手をニギニギした甲斐があったよ」
「したかったから、じゃないんですね……」
「趣味と実益ってやつだね」
否定はしなかった。
……正直に言うと。
成功するとは思っていなかった。
フェンさんの打ってくれた剣は確かに私の手に馴染む。だけど何より、私が私を信じきれていなかった。
何処かで砕けるんじゃないか? そんな不安をずっと抱きながら、振り下ろす剣はとても冷たく、怖かった。
だけど結果は成功、ううん大成功。
少しは、私のことを信じてみてもいいのかもしれない。
「しかし、ここまでうまくいくとは……あいたたたた」
「そうですね、私も半信半疑でしたが……くぅ」
二人して頭を押さえながら。
「私もです、正直失敗すると思ってまし……うぁ」
私も、私もキーンときた!
かき氷を食べながら苛まれる頭痛の奥に思うのは、フェンさんが打ってくれたから。この一点につきる。
「何度も砕いたフェンさんの剣だからこそ、力の入れ具合とか……そんな細かい調整が出来たんです」
「となれば、今まで砕かれた彼らも無駄では無かったんだね」
「はい、フェンさんのおかげです」
「礼には及ばないさ。さあ、食べ終わったらもう一回やろうじゃないか!」
一回出来たからには、二回、三回と成功させないと。
一度出来たからって慢心しちゃいけない。
「あいたたた」
「くぅ……」
「うぁー……」
三人で頭を押さえながら、前を見据える。
これが当たり前になったら、私は……。
…………。
「やー……残念だね」
「まさか、最後の最後で……」
「ですが、大躍進ともいえますね」
最後の氷の柱の本当に最後の最後で、剣は砕けてしまった。
長くは続いたけれど、失敗は失敗。長く続いただけに、残念だった。
「しかしながら、最後のアレはどちらかというとヴィーナ様の集中力に耐えられなかったって感じに見受けられましたが」
「そう……でしょうか。でも……」
「普段であれば斬った後に砕けていますが、アレは斬ろうとした際に砕けてしまった……という風に思えました」
「と、いうことは……課題は耐久力かな。ヴィーナくん、気に病むのはわかるがね、キミほどの使い手が丸一日剣を酷使したんだよ? 剣の方が先に音を上げたというだけさ」
私を励ましている……という感じはしない。
あくまでも鍛冶師としての目線でいってくれているみたいだ。
「剣は美しく、そして繊細なんだ。だからこそしっかりとメンテナンスをしておかないと、すぐにその美しさは影を落とす。だからこそ、無理はさせちゃダメなんだ。ただ今日は我々全員が調子に乗ってしまったけれどね」
こうして話しながら、師匠の家へと戻って行く。
……っていうかあれ? 今日師匠いなかったような?
「ただいま帰りました」
「ただいま、じゃないよ。当たり前のように三人居座って……まったく」
中には師匠がいたみたいで、私たちを出迎えてくれながらも憎まれ口を浴びせてくる。
でも数日で学んだ、この憎まれ口こそが師匠の愛情表現みたいなもの。本当に思ってはいないんだと。
「で、どうだった?」
「最後の柱の最後の方で剣が音を上げたみたいだ」
「そうかい、なら上出来かもね」
「そう、ですか?」
「そうさ、前までは一振りで砕けてたんだろ、朝から夕方まで持てば充分だろうさ」
……まさか、褒められるなんて。
予想外の褒め殺しに、私はニヤけてしまう。失敗したのに、油断するわけにはいかないのにっ。
「……なんだい、気持ち悪いね」
「うっ……」
見られていた。恥ずかしい気持ちを逃がすように、頬をむにむにと揉み込んでいく。
「なら今度はこれに行ってきな」
そう言いながら見せてくれたのは、一枚の紙。
冒険者ギルドからの依頼書だった。
書いてある内容は……。
「サハギン……討伐?」
「ああ、この時期になると増え始めてね、数を減らさないと観光客に被害が出る。根絶やしにしたいところが、奴らの住処は海の底。物理的に無理なのさ」
「でも、武器が……」
「…………ほら、コレを使いな」
そう言って渡してくれたのは……師匠の剣?
でも、これって……。
「サビてたんじゃ……?」
「フェンが打ち直してくれたよ。柄もあんた向けに仕立て直してね」
「さすが元剣聖が持ってた名剣、サビ取りだけでも心が踊ったものさ」
「私には必要のないものだからね、あんたにやる」
「……いいんですか?」
「いらないならいいさ。素手でサハギンに殴りかかるんだね」
「わーっ! いただきます、ありがとうございます!」
「ああ」
……重い。
物理的な重さじゃない。今まで使っていた師匠の思いを、ずしりと手に感じる。
「……ありがとうございます」
「何回言うんだい。気持ち悪いね」
「えへへ……」
師匠が弟子に送る剣。
それがどういう意味かなんて、私にもわかる。
「頑張りな、バカ弟子」
「はい……!」




