64話 修行中……ってアリですか!?
この国、ウルシーラに来て何日経っただろう?
着の身着のままやってきて、住む所もないまま出会ったのは、ひっそりとした海の家を営む店長。
最初に惹かれたのは高い給料、そしてタダで寝泊まりできる場所。
水着で働かされたりとか、騙されたことはちょくちょくあったけど、そのおかげで良いこともあった。
フェンさんに出会えたこと、エレナさんに出会えたこと。
既に縁は切れたと思っていたけれど、私が思う以上に絆は固かった。それがとても嬉しい。
そしてその後、私にとって最大の転機が訪れた。
店長は、昔は“剣聖”と呼ばれるほどの剣の達人だった。
何を斬っても砕いてしまう、扱いが難しすぎる私からしてみれば、店長の指導は渡りに船。
だから、どれだけ厳しくても。
私は絶対について行くんだ――
「ほい、今日の給料だよ」
「…………」
「なんだいその不満そうな顔」
「不満そうじゃなくて、不満なんです」
私の手のひらに乗ったのは、硬貨が一枚。
一日働いて、これだけ。
「しょうがないだろ、今日何回やって、何回成功した?」
「…………30回中、2回」
「失敗したら包丁の代金分を給料から引くって言っておいたはずだよ」
だからって、だからって……!
「嫌なら良いんだよ辞めても。だけどあんたは自分を崖っぷちに置くことも出来ない、そんなんじゃ一生成功しないね」
「くぅぅ……っ!」
今握りしめている一枚の硬貨は、今現在の私の価値。
つまりこれっぽっちの価値しか無いっていうこと。
なのに、今の私よりもよっぽどダメだった昔の私を引っ張り上げてくれた人がいた。
シルフィさんは高い剣を用意してくれたり、フェンさんを雇ってくれたり、返しきれないくらいの優しさをくれた。
……もっと私の価値を高めないと。
今の私じゃ、謝ったところで許してなんてもらえない。自分自身も許せない。
「やりますよ……辞めませんよ!」
「へえ」
「絶対身につけてみせます……だから師匠、よろしくお願いしますっ!」
「良く言った。じゃあ明日は50回だね」
「えっ」
20回も増えるの?
今日みたいなペースじゃ、お給料もらえないどころか、マイナスなんじゃ……。
い、いや、弱気になっちゃダメ。
「が……………………頑張ります!」
「だいぶ返事に時間がかかったね」
「頑張りま……す!」
そして翌日。
「はい、今日の給料」
「…………これは?」
「見ての通り、貝だよ。貝殻」
「なんで貝殻なんですか!?」
「今日の成功回数を振り返ってみればいいさ」
……50回中、5回成功。
「もらえるだけありがたいと思うんだね」
「もらえたって言っていいんでしょうか……?」
「その辺で拾ったもんだけどね」
「じゃあいりませんよ!」
海に向けて放り投げる。
ぽちゃん、という音と共に小さな水柱が上がるのが見えた。
「あーあ、せっかくあげたのに」
「滞在費が……滞在費が……」
「滞在費? ああ、もうそんな時期になるのかい」
ウルシーラに滞在し続ける為には、お金を支払う必要がある。
延長するためには更に支払いが必要なんだけど……。
今のままじゃ支払えない。それどころか……包丁代でマイナスに!
「じゃあ支払っておいてあげるよ」
「えっ?」
「そうすれば、あんたは私に負い目が出来る」
「……イヤな予感がするんですが?」
「良い勘してるね。まあ露骨に言ったんだけど」
これ以上失敗し続けるわけにはいかない……!
何をされるかわかったものじゃない、基本的に優しいかも知れないけど……。
それ以上に、基本的にはがめついんだから!
「なんか失礼なこと考えてないかい」
「いえ、妥当な評価です」
「そうかい」
……だけど、なんで失敗するんだろう?
何回かは成功してる。つまり、やり方自体はあってるということ。
掴みきれていない、と言えばそれまでなんだろうけど、それで切り捨てちゃダメな気がする。
包丁だから? 切ってるのがスイカだから?
他の所為にするのは簡単だけれど、それじゃ進歩はしない。
なら……どうして……。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
悩んでいると、フェンさんがエレナさんと一緒に帰ってきた。
あれ、そういえばいつの間にか海の家で働いてるの……私だけのような?
「店長さん、これ約束の包丁」
「ああ、確かに」
ガチャリ、という金属がぶつかり合う音。
……いつもフェンさんに作ってもらってたんだ!?
「近くの鍛冶場を借りさせてもらってるんだ」
「借りれるモノなんですか?」
「頼めば大抵のことはいけるものだよ?」
そういうものなのかな……?
「フェン様のアドバイス目的です、ヴィーナ様。この人は痴女ですし痴女ですが鍛冶師としての腕は確かですから」
「あっはっはっ、褒められると照れるなぁ」
「このように自分に都合が悪い言葉は耳に入らないように出来ています」
確かにライラさんの斧もすぐ作ってたし、リースさんの大盾も作ってる。
二人には手に馴染むって絶賛だったことから、熟練の腕前だっていうのは疑いようもない。
……あれ、でも?
「大丈夫なんですか? 慣れない鍛冶場って……」
「いやあ、使いにくいよ。やっぱり慣れてるのが一番だよね」
「ですよね。怪我しないでくださいね?」
「任せてくれたまえ。欲情させることはあっても心配はさせないのが取り柄なんだ」
欲情もしませんけどね。
でもやっぱり、使い慣れてないと難しいよね。
私も包丁なんて料理にしか使わないから、空中で斬るパフォーマンスなんてものはやりづらくて……。
…………やりづらくて……?
「……フェンさん!」
「は、はい!?」
「私の手に馴染む剣を一本、作ってくれませんか!?」
「……剣を?」
「はい、今まで私が握っていたのは、フェンさんが打ってくれた剣です。フェンさんが作ってくれた剣なら、いつも通りの力を発揮出来る気がするんです!」
大切な仲間が作ってくれた剣なら、私はきっと成功できるはず……!
「……ヴィーナ様、いつも通りなら砕けてしまうのでは?」
「…………言い換えます。絶対に成功できる気がするんです!」
いつもフェンさんが作ってくれていた。
逆に言えば、私の手はフェンさんの作ってくれた剣しか馴染まない、ということ。
フェンさんに手を調べられながら、私は未来を想像して決意を固くする。
絶対に成功させる。いや、出来る! フェンさんが作ってくれた剣なら、出来るんだ!
「明日には…………いや、今から行こうかエレナくん、ついてきてくれないか?」
「かしこまりました」
「私も素振りしてきますっ!」
居ても立っても居られなくなった私は、木剣を持って外に飛び出す。
想像するのは成功した未来図。もしも失敗したら、なんて考えない。
自信を持って言える。フェンさんが作ってくれる私のための剣なら……絶対に!
「フェン」
「なんだい店長?」
「ついでに頼みがあるんだけどね」




